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ギルドマスター


「失礼しまー――」


 扉を開けた瞬間、爆発音と共にグサッと右目に何かが刺さる。傷を再生しつつ引っこ抜くと、そこそこ大きいガラス片が取れた。


 まさかこんなところで危険な目に遭うとは。いや、あらかじめ危ないと警告されていたが、せいぜいカッターの刃で指を切らないようにとか、その程度の危険だと思っていた。

 やはり、と胸を張って言えることではないが、危険予知能力の低さを補うのに、チート能力が良い働きをしてくれる。


「あのー、すみません。ガラス片が飛んで来――」


 顔を上げると、並べられた机と机の間に、緑色の髪をした男性が倒れているのを見つける。


「……」


 この程度で動揺などしない。これはあれだ、徹夜のし過ぎで倒れた研究員Aだ。ゲームやアニメで見た記憶がある。

 遠目から見た範囲では、怪我らしい怪我は負っていない。爆発と彼が倒れていることは無関係だろう。


 硬貨を入れた袋はベルトループに括り付け、剣は扉の横に倒して置いた後、彼を起こさないように注意を払いながら側まで近寄る。


「ガラス片が服や髪にかかっているけど、それだけだ。うつ伏せに寝ていたことと、爆発が机の上で起こったのが不幸中の幸い、ってところか」


 息をしていることを確認し終え、とりあえず一安心。

 周囲を見回すが、この倒れている人以外に誰もいない。というか、共用の研究室と言う割には荷物の置かれていない机が多く、普段から一、二人だけしか使っていないようにも感じる。


 安全のために彼を起こそうかと考えたが、爆発が起きても眠ったままなのだから、相当深い眠りなのだろう。

 多少の刺激では起きないだろうし、放置しておこう。


 また爆発が起きたら面倒なので、爆発の起こった机の上を調べる。

 形を残しているのは、鉄製の小型ランプ、匂いからしてアルコールを燃料としたものと、ガラス器具が乗っていたであろう針金製の三脚。アルコールランプにはまだ火がついている。

 あとはガラス片と、燃えカスが少量、机の上に残っていた。


「何があったのかはわからないけど、とりあえず、火は消しておこう」


 爆発で吹き飛んだのか、地面に転がっていたカップ状の蓋を拾う。確かアルコールランプは蓋を被せて火を消すはずで――


「よし、義務教育万歳」


 昔取った杵柄、と言うのだろうか、小学生のときに学んだことが、今になって『使える』知識になるとは。


「うう、眠い。……誰かいるのか?」


 声に釣られ後ろを振り向くと、件の男性が起き上がろうとしていた。

 見た目は人間でいうところの三十代、あるいは二十代後半くらいだろうか。研究者といえば『白髪白髭の老人』を思い浮かべるので、それにしては若いな、とやや失礼なことを考える。

 特徴的なのが、猫背なのに目線の位置が高く、背筋を伸ばせば二メートル弱はあるのでは、と思う程背が高い事だ。


「お邪魔しています。ここで働こうと思っていまして、見学も兼ねてご挨拶をと」

「そうか」


 彼は未だ目を閉じて、眠たそうにしている。


「あの、ガラスの破片が散乱しているので、気をつけてください」

「ん? あー、これはやってしまったか。君は大丈夫だったかい?」

「幸運なことに、大丈夫でした」


 彼は軽くガラスを払い落とし、嫌そうに「後で掃除しなきゃ」小さく愚痴を溢している。


「……あれ? 今日見学者が来るなんて言っていたかな」

「実を言うと、今さっきここのことを知ったばかりでして。事前に連絡することなく押しかけてしまい、すみません」

「いいや、ここで働くつもりなら、見学自体は問題ない。だが事前に話がなかったということは、ギルドの誰とも関わりがなかったのか?」

「ええ、まぁ」


 眠たそうな表情は変わらないが、返答を聞いた彼は驚いているように見えた。


「魔法を研究するだなんて、普通は怪しまれるだけだからな。事実、掲げた看板とやっていることは違うし……何にせよ、勧誘されていないのにここに近づくとは、君、正気かい?」


 散々な言われようだな。


 にしても、魔法を研究することが怪しい……?

 堂々と『魔法研究ギルド』と看板を出せるあたり、深刻な問題でもなさそうだが、流石に安直な判断が過ぎたか? 付け加えて、実態が『魔法研究』と違うという発言まで出てきてしまった。

 ……まぁ、面白そうだし、いざという時が来ない限り大丈夫だろう。


「そういえば、名前をお聞きしていませんでしたね」

「言われてみれば……」

「ではこちらから。(らく)、楽常山(つねやま)です」

「僕はティム・ラング。一応ギルドマスターという事になっている」

「ギルドマスター?」

「書類上ではそうなっている、というだけの話だ」


 書類上そうなっているだけ、という台詞を初めて聞いた。


「僕よりギルドマスターらしいのはリサさん……多分、君が受付で出会った人だよ。その人が一番それらしいことをしているし、殆どの事務作業もリサさんがやっている」

「リサさんは大丈夫なんですか? 過労で倒れたりとか……」

「そもそもこのギルドの活動はそんな大きくないし、大丈夫だと思うよ。君がここに入ってきた時も、リサさんは書類と格闘していた訳じゃないだろう」


 確かに、改めてギルドに入ってきた時の事を思い出すと、受付の人、もといリサさんはぼーっとしていた気がする。


「事務作業は然程無いと。……じゃあ、働くとなると何をすれば良いんですか?」

「専ら研究だね。例えばこれは、爆発草の未熟な実をすり潰して、加熱したらどうなるか調べる実験だ」


 ラングさんはちらっと机を見て、そう言った。


「爆発草って何ですか?」

「乾燥していてて、且つ他の草があまり生えていない場所で育つ植物だよ。その成熟した実は、ある程度の熱や衝撃で爆発して、種子を遠くへ飛ばす」

「成熟した実? 実験に使っていたのは未熟な実では?」

「そう、そこだ」


 ティムさんは気だるげな姿勢を崩さないが、何処か研究者としてのスイッチが入ったように見えた。


「爆発草の成熟した実は、戦いにおいて相手を驚かせたりだとか、昔からそれなりに使われてきたものなんだよ。だが、その不安定さが原因で扱いが難しく、危険性に対して得られる利益が少ないことも同時に知られていた」

「それで、なぜ未熟な実が出てくるのですか?」

「未熟な実は、成熟した実が爆発するような衝撃を加えても、形が変わるだけで燃えもしない。この安全性を維持したまま爆発性を引き出せれば面白いと思ったのだが……経過を観察する前に寝てしまったようだ。近場に爆発草の群生地がなくてだな、鮮度も考慮して急ぎ足で長旅をしたのだが、思ったより負担が大きかったらしい」

「まだ材料は残っているんですか?」

「ああ、だがもうすでに乾燥していて、未熟な実とは別物になっていると思うぞ」

「でしたらそれも踏まえて――」






 ――その後、日が傾ききるまでの間、実験とディベートは終わらなかった。

 今更ながら企業秘密を知っってしまった気分だ。後で口封じとかされないよね?


息をするように致命傷を負う主人公……

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