街
「見えてきた」
再生能力を使えば、疲労、空腹、眠気その他諸々の問題が一気に解決する。でなければ、今頃延々と「疲れた」「お腹すいた」「眠い」と愚痴り続けていた事であろう。
商人風の男に見捨てられてから、その姿を追う形で道なりに進んだ。
二日ほど休憩を挟まずに歩き続け、今ようやく人工的な壁のようなものが見えた。門の横に立っている兵士の姿を確認できる。
「盗賊から盗っ……もとい、拾ったお金があるから、税金関係は多少何とかなりそうなものだけど」
盗賊の持ち物は、大半が溶けた身体で汚れていたので、お金と剣を一振りだけ貰って残りは放置した。
硬貨はファンタジーでよく見る銅貨、銀貨、金貨の三種類。大きさはどれも五百円玉くらいで、見たことない動物や植物が描かれていた。
剣は短剣ではなく、全長が一mを超える両手剣だ。重さがある分、ただ上から振り下ろすだけで致命打になりそうなのが良い。
他の物を運ぶのは、体力的に言えばまだ余裕があるのだが、何せ袋が無い。今も財布代わりの皮袋を右手に、剣を左手に持っていて両手が塞がっている。
まぁ、実際は何かを手に入れたところで、換金できる術がなかったのだが。
「すみません」
守衛に声をかけてみた。
フルプレートアーマーを着けているので表情こそ見えないが、頭の向きでこちらを見た事はわかる。
「街に入りたいのですが、如何せん故郷から出た経験が乏しく、必要な手続きとかよく分からないもので……」
「そうか、なら門の内側にある部屋に入れ。その後は中にいる兵に聞けば良いだろう」
言葉遣いこそ威圧的だが、話し方は穏やかだし、根が良い人なのだろう。
「ありがとうございます」
感謝の言葉を述べ、案内された通りに進んだ。
※ ※ ※
「太陽の位置からして、昼過ぎか。夜間に到着しなくてよかった」
この街に入る時に税金の類でお金を払う必要は無く、魔道具らしき物で犯罪歴を調べられただけだったので、手続きは案外簡単に終わった。
そして今、街の中にいる。
「おぉ! 髪の色がカラフルだ」
今まであった人間の殆どは髪が見えなかったし、唯一髪を見た商人風の男は黒髪だったので、いまいちファンタジーが足りなかった。
ここで思う存分ファンタジー要素を蓄えなければ。
「しかも亜人がいる」
エルフ、ドワーフ、獣人、ぱっと分かるだけでもかなりの数の亜人がいる。
特に冒険者の獣人が目につく。商売をしている獣人も一定数いるが、ヒューマンやドワーフに比べれば割合が少ない。それを除けば、全体的にヒューマンが多く、他の種族は同等数いる感じだろう。
人ではなく、建物も興味深い。
レンガ造りの家は少なく、骨格はほとんどの建物で木が採用されている。街は森のど真ん中に位置していたし、木が使われるのは必然か。
五階建ても珍しくないし、相当栄えている街なのだろう。個人的には農村のほうが好みなのだが、部外者に対する寛容さを考えると、最初に到着したのが都市で良かった。
「観光はこのくらいにして、次はギルドに行かないとな」
不老不死プラス寝る必要がないので、食住分の費用は浮かせられる。
しかし、だからといって働かないと、異世界を満喫できない。
「人に聞くのが手っ取り早いが、敢えて自力で探してみよう」
門に通じる大通りを歩く。
左右には様々な店があり、同時にそれを求める客も多くいる。
店の種類は、食べ物を売っている屋台が一番多く、次に宿、後チラホラと道具やっぽい店を見つけた。
「ここらへんの店に来ている人は、武装している人が多いみたいだ」
場所の問題だろうか、子供連れの母親のような人は見かけず、冒険者か傭兵みたいな出で立ちの人が多い。スキンヘッド、眼帯、ゴリマッチョという、明らかに強者のオーラが漂う人も見かけた。
観察を続けると、屋台に来る人物は街の外から、屋台で食事を買い終えた人物は街の外へ向かう傾向がある。腹が減っては戦はできぬ、という事なのだろうか。
ただ、ここが異世界と思っているうちは面白いと感じたが、現実としては物騒極まりないと思う。
「まぁ、剣をあっさり持ち込めた時点で、剣を持つことが一般的なのだろうとは思っていたけど」
そうこうしているうちに、建物の趣きが変わり始めた。
中世ヨーロッパ、が何たるかを知らないが、漫画やアニメで見る町並みである事には変わりがない。しかし、先程までが商店街だったとするなら、この場所は『冒険者街』とでも言うべき場所だ。
武器や防具を身につける人の割合が増え、店もそういったものを売っている店ばかりだ。
何より、
「ここが冒険者ギルドか」
日本語でそう書かれた看板を見つける。
ヨーロッパ風なのに日本語で書かれているのは若干残念だが、読めないよりは便利に違いない。
「荒くれ者の溜まり場、とは違いそうだな」
出入りする人間は、予想に反して普通の人が多そうだ。
普通の人というのは、何も武装していない人のことだけを指すのではない。冒険者らしき人にも女性がいたり、さほど筋肉質じゃない青年が木製の槍を持ってギルドから出てきたりと、死の危険を感じさせない空気が漂っている。
「ハードボイルドも好みなんだけどぁ。まぁ、平和であるならそれに越したことはないか」
そう呟きながら足を踏み入れた
――魔法研究ギルドに。