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盗賊と商人


 数時間もせずに道を発見した。石畳のようにわかりやすくはないが、森の中であるにも関わらず、木も草もない空間が一本道を作っていた。

 街を見つけるうえで道は重要だ。それがこんなにも早く見つけられたのは幸運だろう。


 だが、それ以上に興奮するものが目の前にある。


「おー」


 今までテンプレテンプレが繰り返されてきたが、ここまでテンプレを完璧になぞるとは想像していなかった。


「今すぐ、持っている荷物の半分を置いて行け。そうしなければ……どうなるか、分かっているよな」

「い、命だけはご勘弁を!」


 視線の先では、布で顔を隠し、武装した五人組の怪しい集団と、商人風の男性が対峙している。


「本物の『盗賊に襲われる商人』だ」


 少し、いや、かなりの感動を覚えながら、その様子を見守っていた。


 ん? 助けないのかって?

 そもそもの話、刃物を持った人間と戦える力は無いし、下手に部外者が首を突っ込めば、事態がややこしくなる可能性だってある。

 不老不死になったお陰で死ぬ心配はないが、商人にはそれが当てはまらない。


 まぁ、このままいけば商人が殺される事は無さそうだし、介入せずにじっとしておこう。


「お前ら、積み荷を確認しろ。持てるだけ持ったらすぐに逃げる」

「待ってください!」

「おとなしくしろ。こっちだって無闇に人殺しをするつもりはない」

「……荷台にはいくつも箱が載っていますが、金目になるものはおろか、まともな食料も入っていません。何せ家を襲われ、準備をするまもなく、ここまで逃げてきましたので」


 盗賊と商人の間にピンと張り詰めた空気が漂う。


「その話を聞いたとして、見逃すとでも思ったか? 品定めをする理由が増えるだけだ」

「でしたら私の手で積み荷の半分、いえ、三分の二をここに置き、すぐさま立ち去りましょう。ですから、積み荷には触れないでいただきたい」


 様子がおかしいな。


 商人風の男は、少なくともさっきまでは怯えているように見えた。

 しかし今はかなり強気に交渉している。


 何よりその交渉内容が変だ。荷物に触れさせないためだけに、差し出す品の量を増やしても良いと言っている。

 何が何でも譲れないものがある、というならこの交渉も理解できるが――


「それで空箱ばかり押し付けられる訳にはいかない」


 そのことに気づかないほど、盗賊側だって馬鹿じゃないだろう。

 盗賊のリーダーらしき男、商人風の男はお互いに様子をうかがっている。聞こえるのは箱が動かされる音だけ……ん?


「ごちゃごちゃとうるさいっすよ。五対一で負けるはずもないのに、いつまでボスはそのおっさんに気を使うつもりなんすか」


 先ほどまで商人風の男と話していたのとは別の男、口調やしぐさからしてチャラそうな男が、荷台から顔を出した。


「勝手な行動はやめろ」


 予想外にも、その行動を咎めたのは盗賊のボスだった。


「ちっ、貴様が誰かは知らんが、深入りするべきではないと俺の勘が言っている。俺たちが引き下がれば、穏便に済むのか?」

「それを言うのであれば、早くあの男を止めていただけないでしょうか」

「あぁ。おい! 勝手な行動はするなと言っているだろ」

「ボス!!」

「おい、さっきからやめろと言っ――」

「箱の中から()()()が出てきたっすよ!」


 直後、盗賊の間に緊張が走ったように見えた。


「剣を抜け!!」

「ボス、何を言っているんすか」

「理由はわからずとも、荷物に偽装して人を運ぼうとしているやつが、真っ当な商人であるわけがない。荷台に乗ってたやつにも気をつけろ、殺しても構わん」


 盗賊のボスは二本の剣を抜きながら、真剣な表情で語る。

 ふと商人の方を見ると、さっきまでの怯えた様子は鳴りを潜め、懐から短杖とモノクルを取り出している。イメージとしては魔法を使うのに必要な道具っぽいけど。


「やはり、貴様は……」

「俺、流石に人殺しはしたこと無いっすよ!」

「死にたくなければやれ」


 そう言ってボスと呼ばれた男は、商人に斬りかかろうとする。


 ――その場に飛び込む人影が一つ。


「間に合え!」


 何故飛び込んだのか。


 ――面白そうだったからに決まっている。


 今までは事態を悪化させる可能性があったので、おとなしくしていた。

 しかし、これ以上悪くなりようのない今なら、心置きなく首を突っ込める。


「ぐべっ」

「……」

「……」


 突然現れ、突然目の前でこけた人物がいたせいか、二人の動きが止まった気がする。うつ伏せになっているからよくわからない。

 勢いよく走りだしたのはいいものの、低木の枝か何かに引っかかったのかして足が上がらなかった。


「痛ったー、くないけど、血は出ているな」


 顔に触れると、所々に怪我をしているらしい事がわかる。

 こういう時痛覚が無いのは不便だ。


 左右を見る。どうやら両陣営に敵だと思われているようだ。


「……いやー、やっと人を見つけられました! 気がついたら山の中ですし、どこにいるのか全くわからない中で不安だったんですよー、って剣んん!? ここって熊とか出るんですか!?」


 やけくそである。

 格好良く登場しようと思っていたのに出鼻を挫かれ、助けようと動いたのに矛先を向けられるし、踏んだり蹴ったりだ。


 道化を演じるのも楽しいけど。


「ホントラッキーだったですよー。このままじゃいつ野垂れ死んでもおかしくなかったですし」


 そう言いながら盗賊に近づく。

 最悪斬りあいになっても、両者の間にいれば、この身で剣を受け止めることができる。死人が出ないように立ち回るなら、できる限り彼らに近づいておくべきだ。


 とは言っても、やっぱり殺意剥き出しの人と向き合うのは怖いなぁ。


「あ! 町の方向ってわかります? お金は持っていないですけど頭は――」


 盗賊のボスがこちらに剣を向けてくる。


「お前、誰だ」


 どう考えても怪しいですよねー、そうなりますよねー。


 一般人と言う割には、剣を持つ人間に対して恐怖を露わにしていなかったし、さり気なく近付こうとしたのも悪手だったのだろう。完全に暗殺者のそれだし。


 ……この後どうしよう。


 逃げるための()()()が済んでいるとはいえ、途中で投げ出すくらいなら首を突っ込まなかった。

 いや、そもそも異世界転移すら受け入れなかったか。


 命の危険はないけど、必死に頭をはたらかせてみる。

 そんな時だった。


「詠唱開始。

 魔法指定番号132、対応している発動解除番号は25イ3――」


 背後から魔法の詠唱(?)らしき声が聞こえる。

 位置的に商人風の男が発しているのだろう。


「クソッ!」


 目の前にいる盗賊のリーダーが、左手に持った剣を投げた。

 しかし詠唱は止まらない。外したのか、商人風の男が避けたのか。


「あのぉ、皆さん殺し合いなんてやめませんか?」

「それは魔法を使おうとしているあの男に言うんだな」


 言葉の通りに、商人風の男に声をかけようとしたが、盗賊は剣を使ってそれを止めようとする。正確には、不審な動きが見られたからけん制しただけなのだろうが。


 死人が出なければ、気が楽なんだけどなぁ。

 そんな思いに反抗するがごとく、現実は非情にも『戦いの終わり』をむかえた。


「――発動」


 この言葉が聞こえた瞬間、


「う、うわぁぁ!」

「体が溶けていく」


 盗賊の悲鳴が耳に入り、目の前の男も徐々に輪郭がおかしくなっていく。


「クソッ、不運、だ、った」


 剣は地面に落ち、男も段々と人の形を失いつつある。

 最後に残ったのは、盗賊のボスだったであろう濁った赤い水溜りと、盗賊が身につけていた物だけ。


「本当に溶けた……」


 見た光景が余りにも非現実的過ぎたのか、それとも人の形を残していない為か、不思議と心は静かなままだった。嫌悪感も、何もなかった。


 暫くの間呆けていると、背後から声がかけられる。


「そこのお前。何者だ」

「……ただの遭難者ですよ。この場に居合わせたのも偶然ですし」


 信じてもらえるとは思っていないが、一応事実を言っておく。


「それが本当なら、どうして首を突っ込んできた」

「面白そうだから、じゃ駄目ですか?」

「ふざけているのか」


 商人風の男はあくまでも静かに、しかし馬鹿にされたと思ったからなのか、怒気を含ませた口調で問う。


「ふざけていませんよ。ただ、自分の命がどうなっても良い、と思っているだけです」


 さて、向こうはどう出てくるか。


「正直な所、私はお前を殺したほうが得になると思っている。しかし」


 商人風の男はちらっと荷台を見たあと、ため息をつく。


「お前がいたおかげで生き延びたのは事実だ。その上、罪なき人間を殺せる立場でもない」

「えーと、遭難しているっていうのは事実なんですけど」

「生憎、一緒に連れていく事は出来ないな」


 男はそう言い残すと、御者台に乗り込み馬車を動かした。


 去って行く馬車を見ながら思う。


「……主人公補正なんて無かったんや」


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