協力
協力すると決めたのなら、出し惜しみはしない。結果がどうであれ、努力という過程さえ頑張れば、ミオさんとの約束は果たせる。
さしあたってすべきことは……
「ミオさん、リサさんがどこにいるか、知っていますか?」
「リサさんですか? 部屋にいるはずですが……」
ミオさんは、理由がわからないと目で訴える。
「ベイレンさんを連れて来たのはリサさんです。協力することを伝える相手としては、一番適切だと思います。ベイレンさん本人は、どこにいるかわかりませんし」
取り次いでもらうという意味でも、リサさんに話しておかなければ。
「確かにリサさんの部屋はわかりますが……この時間だと、もう寝てると思います」
「それはわかっています。ただ、事が事ですから、そういった事情はむしろ気にしていられないという考えも」
「そういうことでしたら、案内します」
ミオさんに連れられ、場所を移動する。
階段を下りリサさんの部屋へ向かう。
「ここです」
そう言いながらミオさんが指差した扉、その隙間からうっすらと光が漏れていた。
「もしかして、起きているんですかね」
「みたい、ですね」
ミオさんと顔を見合わせる。
リサさんのことをよく知らない身としては、こんな日もあるだろう、程度に感じている。
一方でミオさんは、そこそこ困惑している様子だ。リサさんは規則正しい生活を徹底するほうなのだろうか。
恐る恐る扉をノックする。
「誰?」
扉越しで少しこもった声が聞こえる。良かった、起きていたみたいだ。
「常山です」
端的に告げるが返答はなく、物音だけが部屋の中から発せられる。
そして、静かに扉が開かれた。
「ツネヤマくんと……ミオちゃん?」
リサさんは困惑したような表情を浮かべる。
「どうしたの、こんな時間に?」
「過程は、話すと長いのですが……結論から言うと、ベイレンさんに協力することになりました。その報告と、協力するにあってリサさんの助力が必要だと判断したので、ここに来ました」
「……わかったわ。まずは二人とも、部屋に入って」
今まで聞いたことのない、落ち着き払った声色で、リサさんは指示する。
リサさんの個室も、割り振ってもらった個室と同じものだった。
寝るためのベッドと、ちょっとした作業ができる程度のスペース、たった一つの窓。ギルドの重要なポジションにいそうなリサさんでも、待遇が特別良い訳ではないらしい。
違いは、物で部屋が満たされていること。
別途持ち込まれたと思われる棚には、大量の書類が整理され、一定の規則に基づいて置かれてある。
邪魔じゃないかと思うほど大きなクローゼットも目を引くが、その上でホコリを被っているよくわからない工芸品なども、この部屋には似つかわしくないと感じる。
部屋の主の几帳面さと、それでも隠しきれない混沌さが滲み出た、不思議な部屋だ。
「椅子が足りない分は、その辺りにある丈夫そうな箱を代わりに使って」
「大丈夫ですか?」
「物をもらったときの箱だから、最悪壊れても問題ないの」
リサさんはベッドに腰掛け、続いて箱を引き出して座り、最後にミオさんが椅子に座った。
ミオさんが座ったのを確認してから、リサさんはこう質問した。
「正直に訊くけど、どうして今になって協力しようと思ったの?」
さて、どこから話したものか。
「先に言っておきますが、心変わりした訳ではありません。今だって助けられるとは思っていませんし、努力するだけ無駄だと考えています」
「だったら、なおさらどうして。ミオちゃんにお願いされたから、協力しようと思ったの?」
はっきり肯定するのも一つの手だ。実際、ミオさんに頼まれなければ、ベイレンさんを助けようとはしなかった。
ただ、リサさんが険しい表情をしているのは気がかりだ。
事が深刻な分、安易な考えは印象が悪い。
もちろん、印象が良くない程度のことで協力を拒みはしないだろうが、積み重なれば不審に思われるかも。
ミオさんのお願いをやり遂げるには、程々でも信頼して貰わなければならない。完全に怪しまれたら、手を貸すこと自体不可能になる。それでは信条に従えない。
それはそれとして、理由を説明するのは面倒くさい。
ミオさんのように事情を一部でも知っていたならともかく、何も知らないであろうリサさんに、今までの経緯を話す必要はあるのか?
……いや、この考えは良くない。これは妥協だ。
わざわざ結果ではなく努力を約束した以上、妥協だけはできない。
もし今話すのが難しいと思うなら、そう――
「リサさん、先に一ついいですか」
「なに?」
「ベイレンさんに手を貸すと決めたのは、信念によるもの。自分の生き死にすら左右する大切な信条が理由です。にわかには信じられないかもしれませんが、必要とあらば、すべてを話す覚悟もあります」
リサさんは静かに話を聞いてくれる。
「しかし、現時点で優先しなければならないのは、ベイレンさんのことであって、そうするに至った経緯ではありません。
ですから約束してください。ベイレンさんを助けるにあたって、リサさんの協力が必要なんです。協力してくれると約束してもらえるなら、事が終わったときにすべての説明を……それだけじゃありません、わがままを言った償いも含めて、全部」
リサさんは考え込むように目を閉じ、数十秒ほど考え込む。
それから、ふぅ、と一息してから、口を開いた。
「今の説明で納得するのは、ちょっと難しいわ」
それは、そうかもしれない。でも、リサさんに協力してもらわなければ、信条が……
「でも、何というか本気さは伝わった。少なくとも、普段は楽観的なツネヤマくんがそんな表情をするくらいには、大事な何かがあるのはわかる」
リサさんは人差し指を立て、こう言った。
「だから一つ、正直に答えて。どうして最初は助けないなんて言ったの?」
何度も繰り返された質問。その度に正直に答えてきたが、信じてもらえたことはなかった。
誤魔化すべきか、そうすべきでないか。
「……この一件は、あまりにも重すぎる。話を聞いただけで物怖じしてしまうような人間では、役に立たないどころか足を引っ張ってしまう。とてもじゃないけど『助ける』だなんて言えません。
ミオさんのお願いは、結果でなく過程についてのものでした。それが最初との違いで、『約束』できる範囲かそうでないかの差です」
言い方は違うが、間違いなく最初から言い続けていることだ。
リサさんはこの答えに対し、苦笑いという考えの読めない反応を見せた。
「なるほどね。理解できなくもない理由だわ。でも、そういう考え方は好きじゃないし、良くないと思う」
「協力はしてもらえない、と?」
「そこまでは言っていないって。ただ、これだけは覚えておいて」
リサさんは立ち上がり、こちらに歩き寄ってくる。
そして肩に手を置き、膝を曲げて目線を合わせ、微笑みながら話す。
「できるかできないかは、実際やってみるまでわからない。だから、やる前に『できる』って約束しちゃいけないし、やる前から『できない』と諦めても駄目。
するかしないか、それが重要なの。だから、ツネヤマくんがベイレンさんを助けようとしている限りは、協力するわ」
脅しではなかった。
しかし、リサさんの発言の裏にあるものを感じ取れないほど、鈍感でもない。
静観する、その選択肢がなくなったことをはっきりと認識した。
妥協ではなく、最善を掴み取るための不干渉――そう言い訳し続けてきた過去と未来の、目を背けてきた事実を抉り出されたような感覚。
酷く不愉快で、それでいて取り返しのつかない場所に来てしまったような気持ちが湧き上がっていた。




