森
目が覚める。
小鳥の囀りが聞こえ、視界に無数の木の葉がある事から、ここは森だと分かった。
上体を起こし、自分の状態を調べる。
服装は……ふむ、ファンタジー系のゲームでよく見る、如何にも村人といった感じの服だ。全体的に茶色がかっていて、汚れてはいないがきれいでもない。
武器や防具は見当たらない。というかアイテム一つ見つかりやしない。
「こんな状態でどうしろと」
いや、そのためのチート能力か。
不死身であれば、どんな敵とエンカウントしようとも、死ぬことだけはない。食事や睡眠が不要なら、それこそ何もなくたって生きていける。
お金に関しても心配いらない。危険な仕事をノーリスクでできるなら、どこに行っても食い扶持には困らないはずだ。
「人生楽勝、とは行かないだろうけど、それはそれで楽しめるだろ」
過去のことは一旦忘れ、未来に目を向けよう。
転移するまでのストーリーがテンプレをなぞっているなら、その後もテンプレに沿った通りになるのは、別段不思議ではない。
「創造神もそれを望んでいたみたいだしな。……だとすれば」
次に起きる事はいくつか考えられる。
一、街か道を見つける。
二、魔物に襲われ、そこを誰かに助けられる。
三、二つ目とは逆に、道中で会った誰かを助ける場合。
イレギュラーを含めれば無数に可能性があるが、ひとまず考えない。
「それが起きるまでに、いくつか調べる事があるな」
異世界転移者は何かと厄介事に巻き込まれる。
それも、先程あげた三つのパターンは、物語が始まるトリガーとして機能しているのではないかと思う。
所詮はラノベの受け売りだけどね。
体を起こし、立ち上がる。
とある実験をするのに使えそうなものを探すが、地面には落ち葉、他には木しか見当たらない。
「石とかが良かったんだけど。まぁ、枝でも代用できるかな」
落ち葉をかき分けたりしながら、木の枝を探す。
直接木から枝を折り取るには、枝のある部分が高すぎて無理だ。木登りは出来ないし。
時々現れる虫に驚きつつも、落ちた枝を見つける。
それを、
――迷う事なく自分の腕に突き刺した。
「これで二つはクリアかな」
血が一筋の線を作るのを眺めながら、そう呟く。
要望として出していたものの中に、『自傷行為への忌避感を無くす』『痛覚を無くす』の二つがある。
せっかく不死の身体になったのだから、生存本能に邪魔されて自由が利かない、なんてことは避けたい。
ここまでくれば不老不死の人間というより、アンデットみたいなものだが、そこは気にならない。少なくとも見た目は人間のはずだし、今のところ精神性も人間離れはしていないはずだ。
「後は再生するかどうか」
枝を引き抜き、数秒治るなと意識し続けると、その間は傷が治らない。
治れ、と思うと、たちまち治ったので、『再生するタイミングを自由に変えられる』能力もあるとわかった。
「これだけ確認できれば、ある程度は安心できる」
戦闘能力のチート能力が貰えなかったし、『普通の高校生(笑)』みたいに武術を習った経験も無い。
魔物や盗賊に会ったら、確実に怪我をすると思う。
その時頼れるのは、神様から貰ったチート能力だけなので、能力があると確認できる事は大きい。
「それに痛いのは嫌だからな。それを恐れなくて良いのは気が楽だ。……一応あれも調べておくか」
枝を再度腕に突き刺し、先端に血をつける。
今から調べようとしているのは、『再生する箇所は、その大小に問わず任意に選べる』という能力だ。
例えば指が切り飛ばされた場合、常識的に考えて治すのは欠損した指だ。
しかし、見方を変えれば欠損したのは『指』ではなく『指以外』とも、言えなくもないのかもしれない。流石に無理があるか?
どちらにせよ、この要望が理想通りに反映されていたら、この枝に付いた血から体を再生できる。
「これを投げれば、疑似テレポーテーションも出来る……ッ!」
全力で投げた枝は、木に阻まれて10mも飛ばなかった。
しかし、気にしない。
これはあくまでも実験だ、監禁されかけたときに、逃げ出す手段があるかどうか確認する為の。
「まだ本体だな」
再生が出来るのは、最後に再生を行った一部のみ。
逆に言えば再生をするまでの間、千切れたり切り飛ばされたどの破片からでも体を作れる。
枝についた血も、まだ本体だと本能的にわかった。
「さて、再生!」
血から再生するイメージで、能力を使う。
一瞬視界が暗転し、次に目を開いた時には景色が変わっていた。
まさに枝が着地した場所だ。足元にあるキノコが、枝の落ちた場所にあったものと同じだし。
「服は、……ちゃんとあるな」
『欠損した部分に装備を着けていた場合、再生したときに欠損部から装備を本体に移す』能力が無ければ、全裸になっていた。勿論その能力があるから、疑似テレポーテーションを実行した訳だが。
元々は『再生は装備にも適応される』だったが、それでは使いようによって聖剣すら量産できてしまうので、代用案として考えてもらったこれを受け入れた。
そういった能力について、女神様と直接相談はしていないが、紙の最後に『異議がなければ、これを能力の詳細として採用します』と書いてあったので、わざわざ聞く必要はないと考えた。
それなら実験する必要もないだろ、とは思わないが
「最後に」
後ろを振り返り、元々立っていた位置を見る。
そこには案の定、何もなかった。
『再生する時、本体を離れた部位を消せる』という能力だ。
「今更だが、これを一つの能力と言えるのだろうか……」
本当に今更過ぎる疑問だが、個人的には得しか無いので良しとしよう。
「さて、この後どうするか」
最低限の安全は確保された、いや、確保してしまった。
命の危機があったなら、生きることを目的に行動できる。水を探す、食料を探す、街を探すみたいに。
その必要がなくなった以上、今後の行動はあまりにも自由に決められてしまう。
まぁ、街か村でも見つけない限り、楽しいことはないと思う。だから街を探すこと自体は決定事項だ。
ただ、必死になって探すか、行き当たりばったりで探すかは、自らの気分次第で変えられる。
それは良いことに違いないが、「街を見つけるぞ!」というモチベーションを下げる要因にもなる。
いっそのこと、このまま森で過ごそうかな……
「なまじできそうなのが危うい。一度そんな生活をしてしまったら、二度と人里に降りれなくなるぞ」
気が変わる前に、街を目指すと心に決める。人付き合いの仕方を覚えているうちに、人間と関わる人生を送っておこう。仙人になるのはその後だ。
街がどこにあるかわからない。わからないなら探すしかない。
何をしても死ぬことはないだろうと、気楽に一歩目を踏み出した。
ストックはもう無い……