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助力


 ギルドに戻り、諸々の用事を済ませた。


 ミオさんが朝食をとっているうちに、部屋に戻り代金を用意する。そして休憩室に戻り、固辞するミオさんを説得し、お金を渡した。


「では、私の知っている範囲で、捩石についてお話しします」


 朝食を終えたミオさんは、自らそう申し出てくれた。


 捩石は『たった一つの欠点』に目を瞑れば、そこそこ良い素材であるらしい。

 河原で拾える程度にありふれている。金属のように硬さと柔らかさを兼ね備え――つまり展性や延性などに優れた丈夫な素材であり――耐熱性も十分にある。

 深い青色は装飾品としての価値につながる。錆びないという点では、金にも匹敵する物質だと思う。

 大きさによって密度が変わることは、さほど重大な問題ではないらしい。質の差が激しい木材に比べれば、規則的な密度の変化などかわいいもので、しかも密度の変化もある程度で頭打ちになるらしい。

 導電性についてはわからないが、今の所気にしなくてもいいだろう。


 問題は、形を固定できないこと。


 捩石という言葉の通り、この物質はひとりでに捩れていくそうだ。

 勝手に変形するとなると、精密機械はおろか、装飾品としてすら使えない。どんなに美しい装飾品を作っても、一日も経たず変形してしまうなら使えない。


「私が知っているのは、だいたいこのくらいです」

「ありがとうございます。興味深いですね、この素材は」


 たった一つの欠点を克服すれば、金に匹敵する、いや、金をも超える素材になるポテンシャルがある。

 メッキ加工はどうだろうか。防錆だけでも十分価値がある。夢が広がる話だ。


「そうだ、お礼をしないとですね」

「お礼? いえ、そんなつもりは……」

「大したことではないので、そうかしこまらなくとも大丈夫ですよ。ミオさんと同様に、ちょっと知識を話すだけです」


 どの程度の益があるか定かではないが。


「ミオさんは夜空草の研究をしているんですよね?」

「はい」

「それで、夜空草は夜になると花が光る、と」


 ぱっと話せそうなレベルの知識は……


「花が光る仕組みはわかっているんですか? あるいは、その点については特に研究していないとか」

「いえ、光る理由はわかっていません。わかれば明かりとして使えると思っているんですけど、まだまだ詳しいことはわかっていなくて」


 なら、使える知識を提供できるかもしれない。


「光り方はどうですか?」

「光り方?」

「例えば、本当に光っているときと、光っているように見える場合、この二つに分けてみましょう。

 火は前者です。暗闇でもそれ自身が光っているので、周囲を照らし、ものを見ることができます。

 水面がキラキラと光って見えるのは後者です。要は光を反射することで輝いて見えるだけで、それそのものは光を発していない場合です。

 夜空草はどっちですか」


 実際に光っているところを見ない限り確かなことは言えないが、夜空草は後者じゃないかと疑っている。

 蛍やクラゲのように、発光する動物は知っているが、発光する植物は聞いたことがない。それならまだ『光って見えているだけ』のほうがあり得ると感じる。

 夜にしか光らないのではなく、日中では周囲が明るすぎて光っているように見えない、とか。


 ミオさんは数秒ほど思案する。


「たぶん、一つ目だと思います。夜空草を集めて籠に入れるんですけど、下の方の、光が当たりにくい場所の花も、他と同じように明るかったので」

「なるほど」


 なんというか、日本では見られない町並みなんかよりも、よほどファンタジーを感じることだな。


「じゃあ、ぱっと思いつく仕組みは、二種類ですかね」

「二種類」

「あくまでも大雑把な分類ですけどね。

 一つは、何かを消費して光っている場合」


 どこで知ったかは忘れたが、確か、蛍は化学反応を用いて発光していたはず。しかし、化学反応が通じるかわからないので、もう一つの仕組みとの対比で説明する。


「たき火の明かりは、木を消費して得られるものですよね? それと同様、と言うと語弊がありますが、それに近い仕組みで光ることが考えられます。

 もう一つは蓄光です」

「チッコウ?」


 ミオさんは言葉の響きすら知らない様子だ。


「簡単に言うと、光を吸収し、暗いところで放出することです。一つ目との大きな違いは、光るための機構があるというよりは、光る素材そのものであることですね」


 ペンライトは一度使ってしまうと、もう一度光らせることができない。一方、蓄光塗料は特別なメンテナンスをしなくとも、何度も光らせることができる。


「見分ける簡単な方法としては……摘み取ったあとでも平常通り光るなら後者、そうでないなら前者です。

 前者なら、何を使って光っているかを調べれば、明かりとして使えるかもしれません。例えば、花の中にある液体と、葉に流れる液体を混ぜ合わせることで、光を発するだとかなら、その二つの液を別々に採集すれば良いでしょう。

 後者なら、花弁に含まれる物質を抽出して集めることで、明かりとして使えるようになったり。

 ……まぁ、素人の浅知恵ですが」


 ミオさんがこれらの知識に対して、どの程度重きをおくかがわからない。

 軽視してもらうほうが気楽だが、優しいミオさんのことだ、少なからず参考にしようと思うはずだ。

 しかし、この世界の物理法則がどうなっているかわからない以上、元の世界の科学知識が通用するとは断言できない。変に思考を狭める可能性だってある。

 あまり重視しないよう言っておくべきか。


「だとしたら……」


 ミオさんは真剣な表情で、何やらブツブツと呟いている。

 しばらく待っていると、突然ハッとした顔をし、勢いよく立ち上がった。


「仕組み、わかったかもしれません! ありがとうございます!」

「あくまでも素人の発言ですからね? 感謝は理論の証明ができるまで、取っておいてください」

「はい、覚えているうちに内容をまとめたいので、一度部屋に戻ります」

「夜通し活動していたのですから、あまり無理はしないように気をつけてください」

「はい!」


 ミオさんは勢いよく休憩室を飛び出した。


 ……ひとまず、これくらいで良いだろうか。

 この程度のことで償いになるとは思っていない。もとより、お礼以上の意味はない。


 ミオさんと関わる上で、うまくいったパターンを知られたのが、今回の収穫だと思う。

 今度は知識チートみたいな手抜きではなく、もっとしっかりと向き合えれば、そう思う。


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