研究
「えーと、じゃあツネヤマさん、相談したいことってなんですか?」
あの流れでここまであっさり協力するものか?
いや、思い返せば、先に謝ってきたのはミオさんだった。それなら協力するほうが、人として自然な行動だろう。
善意を受け取らないのも失礼だし、素直に相談するか。
「と言っても、根本的にダメダメでしてね。まずもって何を研究するかすら決まっていないんです」
「つまり、何を研究するか決めたい、ということですか」
「そういうことです」
ミオさんはコップの水をちびちびと飲みながら、話を進める。
「何かやりたい研究はあるんですか?」
「いえ、特には。強いて言えば、短期間で実益に繋がるものなら、モチベーションも上がるかと」
「実益……例えばどういうものですか?」
そうだなぁ。
実益に繋がる研究は数多くある。ただ、コンピューターみたいに、この世界に無いものを引き合いに出してもわかりにくいだろう。
なら、
「水、をきれいにする方法とかですかね」
ミオさんのコップを指差しながら、例を挙げる。
「川の水をそのまま飲むと危険、と聞いたことがありまして。だったら水をきれいにするのは、十分実益に繋がるのではないかと。……ところで、飲み水はどうやって確保しているんですか?」
「えーと、普段はリサさんがやっているので、自信はないですけど。確か、ろ過して、沸かして、たまにハーブを沈めたりしていたような」
ふむ、つまりろ過の研究は意味なし、と。
「まぁ、何を研究すれば実益に繋がるかは、この街を知らなければわからないでしょう」
「そういうものなんですか?」
「もちろん。短期間で成果をあげるなら、目的の明確化は必須ですから」
それに、すでに実現されているものが、想像以上に高レベルだ。事前調査を省ける状況ではなさそうだ。
「……」
「どうしました、ミオさん?」
「あ! いえ、私が相談相手になっても良かったのかな、ってちょっと不安になって」
「どうしてです?」
ミオさんは十分良い相談相手だ。きちんと会話に注意を向けてくれるし、研究者として先輩でもある。
「魔法研究ギルドは研究結果を売っている、という話は聞きましたか?」
「はい、実益に拘るのも、ある程度それが理由です」
「私、研究成果が売れたのは一度だけで、しかもティムさんに助けてもらった時のもので……」
「実益に繋がる研究については、助言が難しいと?」
「はい」
そんなことか。
「それならむしろ好都合です。一から十まで教えてもらったんじゃあ、不正も良い所ですから。この世界の人として、常識的な回答があれば十分、畑違いでも研究者の助言がもらえたなら言うことなしですよ」
ミオさんは研究のために、昼夜逆転した生活を送っている。そのために不便な思いもしている。相当熱心な研究者じゃないと、そんなことはできない。
相談相手として力不足、ということはないだろう。
「何か困っていることを挙げてもらうだけでも、研究対象を決める助けになります」
「うーん、困っていること……」
まぁ、すぐに答えられるものではないだろう。
人は慣れる生き物だ、とは誰の言葉だったか。年月が経てば、大抵の問題は気にならなくなる。そして、
問題を問題とも思えなくなる。
それが悪いことだとは思わない。常に不満を抱き続ける人生よりも、それなりの満足感がある人生のほうが良いに決まっている。
「あ」
「? 何か思い当たることがありましたか?」
「いえ、私のことではないんですけど……そうですね、実際見てもらったほうが早いかも。今から街の外まで行けますか?」
「もちろん問題ありませんが、街の外?」
「はい、実物は今手元にないので」
随分と親身になってくれるものだ。だが、
「ミオさんの都合は大丈夫ですか? 街の外となると、手間も時間がかかりますし」
「大丈夫です。街の外と言っても、遠い場所ではないので」
「それなら良いのですが……」
償いをすると言った手前、負担になるようなことは頼めない、常識的に考えて。
だから一度は遠慮する。それでも意見を曲げないなら、それはミオさんの意志だ。こちらに不都合がある訳でもないし、尊重しよう。
行動が決まってからは、サクサクと事が進んだ。
準備と言っても、ミオさんが護身用の弓矢を持って来ただけで、ほとんど何もしていない。
人通りの少ない大通りを進み、街の門へ。入って来たときとは別の場所だが、構造はだいたい一緒だった。
門では街に入ってきた時と同様、魔道具らしき水晶で犯罪歴を調べられた。街の中で犯罪をした人を逃さないためだろうか。
街を出たら壁に沿って移動する。
「ここです」
そうミオさんが指差した先にあったのは、川だった。




