嘘のつき方
「あら、今日は随分と賑やかね」
「おはようございます、リサさん」
「お、おはようございます」
第三者の存在を確認した直後、意識が切り替わる。
さっきまでの出来事が、すべてリセットされたかのような気分だ。
理由はわかっている。
ミオさんとの問題は、他の誰にも話すべきではない、と半ば無意識的に考えていたからだ。
当事者であるミオさんと話すだけでも大変なのに、事情を知らない人まで対応できる気がしない。
リサさんが『常山楽』という名前、顔に反応していない以上、申し訳ないが、秘密にさせてもらう。
なんとも自己中心的な考えだが、結果的にはリサさんにとっても益のある選択、のはずだ。
時間は有限。手の出せない問題に時間を取らせるくらいなら、何も伝えないほうが良い。
知らぬが仏、言わぬが花だ。
となると、多少はぐらかす必要があるだろう。
「何を話していたの?」
「軽い雑談ですよ、ねぇ、ミオさん」
「う、うん?」
なぜ疑問形。
いや、嘘をつこうとしなければ、引っかかる表現だったな。
恋バナをしていた、などとあからさまな嘘をつくことに比べれば、よっぽど気が楽な表現だと思う。
とはいえ正確さに欠けているのも事実。嘘をつくという心構えがなければ、戸惑うのも無理はない。
ただなぁ、こんな反応をされると、疑われる。疑われるというか、会話の内容に興味を持たれてしまう。
「隠し事? もしかして、私が寝ている間に何かあったのかな?」
こんな風に。
唯一、いや、二点だけ良かったことがある。それが救いだ。
一つはリサさんの反応。不審がるというよりは、単なる好奇心。好意的な捉え方をしてもらっている分、はぐらかすのも楽になる。
二つ目はミオさんの立ち位置。あの件を秘密にするつもりはなさそうだが、特段「リサさんに事情を打ち明けなければ」と意気込んでいる様子もない。
そういった諸々の条件を考えると、リスクの低い答えは……
「そんなまさか。初対面でいきなり告白とか、そういう面白いことはありませんよ?」
「確かに。ミオちゃんがもし告白されてたら、もっと慌てているはずよね」
「ミオさんの研究について、色々と教えてもらっただけですよ」
リサさんの質問に対する受け答えは、このくらいで良いだろう。
次は、ミオさんの反応に、都合のいい意味付けをする。
「いえ、努力の成果である研究について聞いておきながら、『だけ』と表現するのはいけませんね。雑談と表現したことも含めて、ミオさん、すみませんでした」
「いえ、そんな! そもそも私から始めた話題ですし……」
おや? 思ったよりも良い反応。
この様子なら、リサさんも違和感を持たずに受け入れてくれるだろう。
これでリサさんが『ラクさん』関係の問題に気づく可能性はなくなった。
リサさんとて、ただの雑談に深い意味を求める気はないはず。ある程度納得できる理由があれば、その後の話題にもよるが、わざわざ根掘り葉掘り聞きはしないだろう。
実際、先程の会話で満足したのか、リサさんはそれ以上質問をしてこなかった。
会話はした。リサさんがミオさんをかわいいと言ったり、夜空草に興味があると言ったら「なら今夜三人で見に行くのはどう?」とリサさんが冗談を言ったり、他愛のない話だ。
しばらく話をしたあと、リサさんは街を見回りに行った。見回りと言っても、自警団的な意味ではなく、ご近所付き合いの延長みたいなものらしい。
何でも、これをしないとギルドの存続に関わるとか。何故かは知らないので、また機会があれば訊こう。
その間、ミオさんはほとんど喋らなかった。
途中から会話に入ろうとしていたが、念の為、無理のない範囲でミオさんに発言させないように、会話の流れを誘導する。
結局ミオさんは『ラクさん』の件を口にしなかった。
そのおかげで、リサさんには例の件を隠せたと思う。
※ ※ ※
「……」
リサさんが出ていったあと、ミオさんが何やら言いたげ表情でこちらを見てくる。
「どうかしましたか?」
悩んだ末、下手な言い訳も推測も口にせず、ミオさんの発言を促した。
確かに話しづらい空気だ。リサさんの登場で話の腰を折られ、どこまで話を巻き戻せば良いのか、あるいは過去は振り返らないほうが良いのか、わからない。
ミオさんが会話のきっかけを持っているなら、活用させてもらおう。
「……どうして誤魔化したんですか」
まずは直前の話題を消化しよう、そういうことか。
いきなりラクさんの話をするよりは、話すべき内容がわかりやすい。
「自分自身でも十分に理解できていない問題を、他の誰かに説明できるとは思えないからですよ」
ひとまず無難な回答をする。面倒くさいとか、そういう感情面の動機を省けば、まともな意見を言っているように見えるはずだ。
「別に責める意図はないのですが、ミオさんこそ良かったんですか? リサさんに事情を説明しなくて」
「わ、私も説明できる自信がなくて」
ミオさんが目をそらしながら、やや申し訳無さそうに答える。
十人十色と言うくらいだし、もっと違う理由で黙っていたのかと思っていた。
しかし、同じ人間である以上、極端に異なる行動原理を持っていることも少ない、そんな感じか。
同じ原因によって同じ行動をとったことに、妙なシンパシーを感じていた。
「ままならないですね」
そう自分で口にしておきながら、ワンテンポ遅れて失言だったと気づく。
非常に曖昧な、誤解を生みやすい表現をしたのも、気の緩みの現れだ。
それ以上に、自身が問題の原因であることを棚に上げ、同情すると態度に示したのがまずい。「隠し事は大変ですね」なんて、思っていても口に出してはいけなかった。
冷静さを保つためにも、意図してゆっくりと動き、ミオさんの様子をうかがう。
幸いにして、ミオさんは目に見えるような反応はしなかった。
この短い間の付き合いを信用するなら、ミオさんはポーカーフェイスを好まない。不快だと感じれば、わかるように反応するはず。
その反応がないということは、さっきの発言は流されたとみていいだろう。
関係の悪化を回避できた幸運に感謝しつつ、次の行動について考えた。




