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第六章 リハーサルで、、、

「それではリハーサルを始めます。D組の人、準備してください」


とてつもない緊張と絶望感。なんと、リハーサル当日の朝に発表された順番が、8クラス中一番始めになってしまった。


…一番嫌な予感が当たっちゃったよ。


これも抽選って言ってたから、今年のクラスはくじ運が悪いのかも。


でも、ここまできたらやるしかない。


指揮も上手いし、大丈夫だよね。と拓の方を見ると、


「コトハ、オレ、ヤバイ」


「…え?」


「キンチョウデ、ハラガイタイ」


え?嘘でしょ?


あんなにクラスの前では、プロっぽくしていたのに、今は息をするのも辛そう。


励まそうとしたら、近くにいた千春に、


「もうみんなステージ袖行っちゃったから早く行こ?」


と急かされ、苦しそうな拓を二人で支えながら移動しながら声を掛けた。


「今、過呼吸になったら大変だから深呼吸して」


ほら、体は二人で支えてるから、と一緒にスーハースーハーしながら、とりあえずステージ袖には着いた。


「拓って、そんなに緊張しやすいタイプだっけ?」


部活の大会でも緊張しているのは見たことがない。てっきり、肝が座っているタイプだと勝手に思っていた。


「水泳と音楽は違うだろ」


呼吸が整ってきたようだ。普通に話せるようになった。


だけどまだ顔は強張ったままだ。


どうすればいつもの拓に戻るだろう、と考え、パッと頭に浮かんだのは何週間かか前の自由曲の発表の時のこと。


あのときみたいに、違う意味で心臓バクバクさせればいいのでは?


時間がもう迫っている。迷わず私は行動に移した。


「拓?伴奏は私なんだよ?だから安心して振って」


そう言って私は、拓の体にそっと抱きつき、上目遣いで見上げた。


それで案の定、拓の顔が真っ赤になり、そっぽを向いた。


「だーいじょうぶ。拓ならきっとできるよ」


拓の背中をトントンっとたたくと、ちょうどアナウンスが入った。


「一番。D組。自由曲、川は走る」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


指揮と伴奏だけお客さんに礼をすると、私はピアノの前に座った。


さっきは拓のことで精一杯だったからどこかに行っていた緊張が、一人になったら急に戻ってきてペダルに乗せた足が小さく震えていた。


私の合図があり、スッと上げた拓の手も、少し震えているように見える。


…しっかりしなきゃ。私が伴奏なんだから安心しろって言ったばっかりなのに。


ゆったりとした前奏が始まって、私はあるマズイ状況に気付いてしまった。


楽譜が、前後にピラピラと揺れている。


体育館のドアが開いているのか。正面からの風通りが良すぎて、弾いている側に楽譜が倒れてきそうになっている。


私の楽譜は、教科書やテキストを印刷したのを黒い画用紙に貼っただけ、ということも原因の一つだろう。


課題曲は暗譜しているが、ギリギリ倒れるか倒れないかのところで楽譜が揺れているのが嫌でも目に入り、ヒヤヒヤしながら伴奏を続けた。


…あと少し。このサビが終わったら。


倒れそうな楽譜で気が散って、指揮とも合わせられてるかわからない。だけど、伴奏がストップするよりマシなはず。


結局楽譜は、無事歌が終わり、ピアノの最後の音まで弾き終わってホッとしたところで落下した。


…よかった。ストップせずに済んだよ。


問題は、自由曲もおんなじような軽い楽譜だということ。


ドアの近くにいる先生からは、私の楽譜との闘いが見えなかったらしいから、閉めてくれるのを期待するだけ無駄だと思う。


…うーん。一応自由曲も暗譜してあるんだよね。


ピラピラ揺れる楽譜に気を取られて指揮とずれるよりは、最初から無い方がいいのかな。


家では何回か、楽譜を見ずにノーミスな演奏をすることに成功している。学校ではやったことないけど。


とりあえず、ここでうじうじしていても仕方がない。


自由曲の楽譜は傍に置いたまま、私はピアノの上に指を乗せて、拓に合図を出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お前、大変だったな」


演奏が終わって、ステージを降りて自分の席に座ると、指揮者だから近くにいる拓に苦笑いされた。


「あんなにヒヤヒヤすることになるなんて、想像できなかった」


「いや、だけど琴葉のとっさの判断にはビビったけどな。よく弾けたな」


「ほんとにね。自分でもよくやったなーって思う」


「あの状況でノーミスだったんだから、本番も大丈夫だよな」


「…拓が大丈夫だったらね」


リハーサルが終わったということは、本番まであと一週間。本当の戦いはここからだ、と次のクラスの演奏を聴きながらぼんやりと思った。




暗譜とは、楽譜を暗記した、という意味です。

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