第四章 ボーイフレンド
「3年D組 川は走る」
朝の放送で音楽担当の嶋田先生から発表されたのは、まさかの『川は走る』だった。
私が音楽係の川村さんに聞いたところ、『川は走る』は第5希望にも入ってなないって言ってたのに…
「抽選、外れまくったみたいだぜ。川村の様子見てると」
後ろから拓が、私だけに聞こえるように言った。
確かに、川村さんが少し落ち込んでいるように見える。
「伴奏的には、あれ弾けるのか?」
やっぱり拓は拓だ。周りが騒然としてる中、一番に伴奏のことを気にしてくれた。
そのことが、ちょっぴり嬉しい。
「多分、大丈夫だと思うよ。今までの三年間の中で一番難しいと思うけど」
本音を言うと、少し自信ない。
自由曲選考会でも、伴奏がかなり難しいのがあって、これできないなーって思ってたら、背の順で後ろの女子が話しかけてきたの。
「琴葉ちゃん、これ弾ける?」
「うーん、かなり難しいと思う」
「えーっ、琴葉ちゃんならできるでしょ?去年伴奏者賞取ったんだし」
こんな風に、『青野琴葉はなんでも弾ける』って思ってる人が多いと思うんだ。
確かに去年、賞は取ったけど、それは伴奏が比較的簡単な曲で取ったからであって、難しい曲は上手く弾けないのに…
不安な気持ちが顔に出たのか、拓が私の頭に手を伸ばしてきた。
「まあ、そんなに今から緊張しなくても、練習すればなんとかなるだろ」
そう言って私の髪をくしゃくしゃっとすると、私を安心させるようにニッと笑ってから後ろの席に戻った。
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「で、自由曲が『川は走る』になったわけなんだー」
週に一度のピアノのグループレッスンの日。レッスンの後に教室の前の廊下で、同じグループの奏と一週間分のおしゃべりを楽しんでいる。
奏とは、学校は一緒だけど学年が違うから、あんまり話す機会がない。だから話すことが盛りだくさんになって、毎週長話してしまう。
奏は、去年の一年生の伴奏者賞。二年生、三年生が賞をもらったのが二人ずつに対し、一人だけの受賞、しかも男子っていうのもあって、少し注目された。
「奏は?二年生も自由曲決まったでしょ?」
「あー、僕のクラスは…」
そこで言葉を切って、意味深な笑みを浮かべる。
「『希望は大空を駆ける』」
「ぶっ…えっ⁈本当に⁈」
『希望は大空を駆ける』は去年、私のクラスの自由曲。
驚きすぎて、つい吹き出してしまった。
「ちょっ、琴葉っ、驚きすぎだよ」
「ふっ…いや…これは笑うでしょ…ふふっ」
「まあ、期待通りの反応だけど」
奏は、普段はこういう風に優しい草食系男子って感じだけど、本番前のスイッチが入ると、一変して目つきがキリッとして肉食系になる。
そのギャップが面白くて、男友達として一番好きかもしれない。
「奏は、伴奏まで決まった?」
「あー、うん。今年は二曲」
「ぶっ…」
まさかのそこまで去年の私と同じ。すごい偶然だけど、素直に嬉しい。
「琴葉、吹き出すの二回目…」
「いやだって、まったく同じことしてるなーって思って」
「琴葉が弾けたなら、僕も弾けるかなーって思ってオーディションしたら、どっも受かった」
「えっ、誰か他の人いたの?」
「一人女子いたんだけど…はっきり言って練習不足かなー。指揮見て全然弾けてないもん。それでなくても止まってばっかりのボロボロの演奏だったし」
「奏がそこまで言うって…その子、よくオーディション受けたね」
「どーせ、ピアノの先生だかが受けろって言ったんじゃないの?ていうかピアノ習ってるかどうかも不明だけど」
なんか、いつもより言葉がキツイ気がする。よほどダメダメだったんだな、その子。
「それで?琴葉は?」
「私の場合はオーディション無し。そもそも希望者もいない」
「クラスの合唱と合わせたの?」
「課題曲は。そこそこ弾けた」
「なにそこそこって…ノーミス?」
「もちろん。課題曲だし」
実は、課題曲の楽譜が渡されたのは春休み前。練習期間が長かった上に、音は簡単だからノーミスは当然だと思ってる。
「だけどね〜。歌とのバランスが難しい」
「あー、それは慣れていくしかないよ。歌をちゃんと聴いてれば自然とバランス取れてくるよ」
年下なのにこんなにアドバイスをくれるのは、奏は小学校から伴奏をしてきたから。中学校から始めた私よりも伴奏歴が長い。
「琴葉は卒業式の時に、大人数の伴奏やったじゃん?それとは何倍も少ないから、大人数の伴奏未経験だった去年よりも苦戦するかもね」
うっ…思いっきり当たってる。しかも、私が考えてた理由までバッチリだ。なんか悔しい。
「まあ、今年も二人でステージに上がれるように頑張りますか」
奏はベンチから立ち上がり、じゃあーねーと手を振って外に出ていった。