一つ目の異世界『渦中要塞都市-極星ボード』、一つ目のアーティファクト『|古代の叡智《エンシェント・アーツ》』
青白い渦だ。青白く見える渦が舞っている。まるで生命のようにのたうち、うごめいている。私はこれを見ているといつも不安な気分になる。私という生命のちっぽけさを嫌でも感じてしまう。ここはそんな渦の間に出来た静かな空間。上も下も、右も左も渦がある。私の住むこの都市は、渦巻く世界に浮く、要塞都市だ。
要塞は綺麗な巻き貝の形をしている。形が整いすぎていて一つの芸術作品みたいになっている。名前は『極星ボード』。巻き貝には幾つか突起が付いていて、そこにはこの都市を維持するための26の装置がついている。人々は…そう。丁度いいのが来た。
「エーツー!また何か書いているの?」
彼女はクラスメイトの「Z6」(ゼット・シックス)。なにかと私に構ってくれる。綺麗に切り揃えられた肩までは届かない短髪の女子生徒だ。「A2」は私の名前だ。私達の肌は青白く、白目が黒く、黒目が赤いのが特徴。正直深海魚みたいで不気味だと思う。そしてこの都市の奴らの悪い点…自分たちが世界で一番だと思っている故に、傲慢な節がある。例えば…
「さっき戦争船が帰ってきたって!凱旋だよ!見に行こ!」
「Z6…。あんな戦争こちらが一方的に仕掛けただけで…ただの略奪行為だろう。」
「それでも凄いことなの!早く行こう!」
Z6は私の腕を引っ張って行く。私は一歩も足を動かさなかったが、Z6はそんなのお構いなしに私の制服の襟を掴みながら走った。私の靴底は白く輝く床にズルズルという音を響かせながら削れていった。その間も私は物を書く手を止めなかったので、おかしいのはお互い様だろう。
私達は要塞都市の外壁に来る。貝殻で言えば外唇(ヤドカリとかが顔を出すところ)にあたる場所だ。船はそこから要塞都市に出入りするようになっている。見ると結構な人が集まっていた。皆、見物人だろう。
「あ!!来たよ!」
Z6が渦の向こうを指差すが、私には何もわからない。一部の見物人が騒ぎ出しているのを見ると、本当なのだろう。それから二・三分あと、次第に私にも船の影が見えてきた。
「Z6。やっぱりかなり目がいいんだな。」
「へっへー。そうでしょそうでしょ!伊達に戦争部隊の卵じゃないからね!」
Z6は私の背中をバンバンと叩く。照れているのだろう。私達は生まれながらにどの部隊に入るか決まっている。遺伝子操作によってその部隊に適した能力を向上されるのだ。私は落ちこぼれだが一応『調査部隊』。Z6は『戦争部隊』。
次第に渦の中から船が現れた。ホラガイのような形の船だ。名前は『戦争衛船アルト』。見物人達が歓声を挙げると、ホラガイの中から人が出てきた。グソクムシの甲のような鎧を着た人々だ。彼らは笑顔で手を振っている。毎度の事ながら負傷者は居ないようだ。ホラガイはそのまま要塞都市の中に入っていった。
私はまた渦の方を見る。渦の向こうには様々な世界があるらしい。そしてそれぞれ時間の流れも違っている。闇雲に進むとどんな世界に着くのかも分からないが、船に取り付けられた『探知機』が異常な熱量を持った物体へ方向を示してくれる。それを目当てに『調査部隊』が進み、価値のある世界なら技術の奪取。いずれこの都市の危機になる世界なら『戦争部隊』に報告し、壊滅させる。そんな事を繰り返している。
「いや〜。凄かったね!『戦争衛船アルト』!私もいつか部隊に入れるかな〜。」
Z6の成績なら余裕だろう。私は少し冗談を言う。
「Z6はあんな鎧が着たいのか?」
「…私が部隊に入ったらまず初めに鎧のデザイン変更を要請するかな…。」
顔が凄く本気なので本当にやる気なんだろう。
私達は別れて、それぞれの住居スペースに帰る。学生の住居はどこも似たりよったりな形で、大体四畳半位である。同居人は居ない。私は都市から支給される栄養たっぷりの食料(物凄く美味しいが、流石に一週間の献立が十数年変わっていないので飽きてきている。)を片に今日書いた文章を整理する。
昔の人々はタブレットを使っていたそうだが、私は私にしか見えないホログラムの紙に、これまたホログラムのキーボードで文字を打ち込んでいる。頭の中に小さな機械を埋め込んでいるのだ。これならいくら書いてもかさばらないし、持ち運ぶ必要がないし、なにより消えることはない。この都市ではこれが基本だ。なにより、私が文章を書く目的に最も適したデバイスだ。この点に関して言えば、私はこの都市に生まれてよかったと思う。
次の日。私は都市の最上層に来ていた。ここは天井がガラス張りの公園になっていて、この都市で最も重要な装置が置かれている。私はそれを見に来たのだ。
貝殻の殻頂(天辺のとんがり)に当たる部分にあるその装置を遠くのベンチから眺めていた。私はZ6と違って目がそこまで良くないので細かい所は分からないが、その装置は歯車で出来た惑星の形をしていた。歯車は止まることなく回り続け、複雑に惑星を形作っている。
この都市には幾つものの凄まじいテクノロジーの産物があるが、私はこれを一番気に入っている。名前は『古代の叡智』。この都市を一から作り上げたと言われる装置だ。なぜこれが気に入っているかというと、これを作ったのは私達の先祖だからだ。そう。他の装置は全て略奪品なのだ。薄汚い繁栄の星空に唯一燦然と輝く惑星。そんな仄暗い歴史を見えないようにしようと、都市の天辺に設置してあるのかもしれない。
暫くベンチで文字を書いていると、Z6が走ってやってきた。
「ちょっとA2!なんで学校休んでんの!」
Z6は赤い黒目を爛々と輝かせてこちらを睨みつけている。
「…登校日数の最低限が昨日で最後だったんだよ。それにZ6だって昨日学校を抜け出して凱旋を見に行ったじゃないか。」
「それでも学校には来なさいよ!私が心配するでしょ!それに昨日のあれは…不可抗力よ!見に行きたかったんだもん!」
「わかった。行こう。…今は昼休み?そろそろお昼食べないと…。Z6はなにか食べた?」
「まだ一時間目よの途中よ!早く行きましょう!」
「Z6…君は成績優秀者なんだからこんな落ちこぼれに構ってないで、ちゃんと授業に出たほうがいいよ。友達は選ばないと。」
「それあなたが言うの?!いいから来なさい!」
Z6は私の襟を掴んでまた引きずろうとした。私は抵抗せずにそれを受け入れたが、引きずられることは無かった。そのとき警報が鳴ったのだ。
《避難警報発令。住民の皆さんは直ちにドックへ集合し、指定の船へ乗り込んで下さい。》
というような硬質なアナウンスと共に警報が鳴り響いた。私達はもともと白い顔をさらに青白くする。というのも、学校でこの警報の意味を教わっていたからだ。この警報の意味…それは…。
Z6が呟く。
「この都市の…壊滅…。」
今まで都市の警報が誤報だったことはない。そしてこの警報が鳴った事も歴史上一度もない。都市は大混乱を極めた。公園から見える下層の人々はドックのある最下層に駆け込み、人が押しつぶされん勢いだ。
「私達も行くわよ!」
Z6が私の襟を掴むが、私は抵抗した。
「どうしたのA2!早く行かないと…。」
私は『古代の叡智』を眺めていた。
「あれを回収しないと…。」
「あんなの別にいいでしょ!命の方が大事よ!」
私はZ6の言うことを聞かずに走り出した。私は決してこの都市に特別な思い入れはないと思っていたが、あれだけはなんとしても守りたかった。
「そんなの持っていってどうするのよ!」
私は片腕に『古代の叡智』を抱えながら、Z6に襟を掴まれて引きづられていた。止めようと思えば止められただろうに、取るまで待っていてくれたのは本当にありがたかった。最上階からドックまではかなりの道のりだが、Z6の足なら遅れることはないだろう。通路でそんなことを考えていたとき、目の前に怪物が現れた。
一瞬私はそれを私達の仲間だと思った。黒い白目に赤い黒目が輝く。だが、片腕がおかしい。まるで甲殻のようになり、黒光りしていた。形は魚のヒレのようだ。先がナイフのように鋭利になっている。それに雰囲気がおかしい。目が見開かれ、ギロギロと周囲を見回している。まるで肉食獣のようだ。
「なに、この人…。」
「Z6。逃げよう。」
私が声を掛けると、Z6は即座にUターンした。私は引きづられながらドックへの別のルートを検索し、Z6に教える。
「さっきの奴がこの都市を壊滅させる敵なのかな…。」
Z6が呟く。私は、
「そうかもしれないけど、たった一人じゃ無理だろう。複数いるのかも。私達に姿が似ていたし、なんらかのウイルスやら寄生虫やらが『アルト』に乗ってきていたのかもしれない…。ウイルスなら、無闇にドックに近づくのは危険かも…。それにあれだけの人で緊急事態だ。奴はバレずにドックに近づくくらい簡単かもしれない…。」
推論に推論を重ねただけだけど、私は危機を感じて、体重をかけてZ6をなんとか停止させる。
「Z6!ルートの変更だ。」
「なんで高校に来たの?またなにき取っておきたいものがあるっていったらただじゃおかないわよ!」
「いや…ここには調査隊の訓練用の船が一つある。先生が凝り性で実際に動かせるようにもなっている。それで脱出しよう。」
「え?ドックには行かないの?」
「憶測だけど…今は危険だと思う。何もなければ渦に入る前に救難船に合流すればいい。」
「危険って…それを伝えに行かないと!」
「もし本当に危険なら今更間に合わない。」
「そう…。」
Z6は暫く釈然としない顔をしていたが、意を決したような顔をしたあと、準備を手伝ってくれた。
調査部隊のその船はパイガイの形をしている。名前は『調査衛船シフト』。縦に長い巻き貝だ。私は船の操縦の訓練はしたことがあるが、物凄く下手で、成績も最下位だった。なのでZ6にお願いする。
「調査部隊の船って小さいのね。」
「戦争部隊とは違って友好的を装って近づくからね。大体国を追われた哀れな難民のフリをする。少しずつ取り入っていつの間にか情報だけ盗んで逃げ出す。」
「…なんかA2が調査部隊を嫌ってる理由が分かった気がするよ。」
…戦争部隊もこの都市も嫌いだけどね。
僕は出かかった言葉を飲み込んだ。
Z6が宣言する。
「それじゃあ発進!」
Z6の操縦の腕は凄く暴力的だった。壁にドカドカとぶつかり、体当りしながら方向転換をした。
「Z6…もう少し丁寧に…」
私は隣のコックピットで上体をよろけながら訴える。
「仕方ないじゃない。戦争部隊じゃこれが基本よ?」
「そうか…分かった。取り敢えず上に向かってくれ。」
「最下層じゃないの?」
「小さい調査部隊の船でも流石に人で混み合ったドックから出るのは危ない。殻頂に行こう。ガラス張りの天井を突き破って出れる。」
それから地獄のようなZ6のドライビングテクニックで殻頂に向かう。私は少し吐きそうになりながら、なんとかZ6にルートの指示をした。思ったとおり、さっきの怪物の仲間と何人もすれ違った。人魚のように足が魚の尾ひれになったものが地面を這っていたり、顔が完全にサメのようになってしまっているものなど、様々だった。
そいつらを容赦なく吹き飛ばしながら進んでいく。Z6はそれを見てかなりダメージを負っていたようだが、頑なに操縦を代わろうとはしなかった。
殻頂の公園までたどり着いたとき、そこには大量の怪物がいた。怪物たちはキョロキョロと周囲を見ていた。先程より様子が違う。何かを探しているのだろうか?
そして私が 『古代の叡智』が置いてあった場所を見たとき、寒気が走った。
A1だ。
そこにいたのはニュースや新聞で何度も顔を見た、危険人物として収監されている…そして私の知り合いのA1がいた。A1は殆どあの頃と変わらず、小さい背丈に銀髪を輝かせていた。だが、片腕が醜く巨大な魚の口になっている。A1はコックピットのガラス越しに私を…いや、私の膝の上の 『古代の叡智』を見ると、みるみるうちに顔に筋を浮かべて出した。A1は怒りのこもった声でこう叫んだ。
「Aを返せ!!」
A1の声とともに怪物たちが一斉にこっちを向く。A…?Aってなんだ…?私は腕の中の 『古代の叡智』を見る。そういえばこれはAncientArts。Aが頭文字の装置だ。A1はこれの事を言っているのか…?
怪物達の一人がこちらに向けて大ジャンプをしてきて、船の後部に掴まる。他の怪物達も何体かそれに続く。怪物達は黒くなった体の部位でひたすらに船を攻撃する。相当な硬度があるのだろう、既に船に穴が開き始めている。Z6は「なんなのよ…!!」と泣きそうな顔になりながら、船を操縦する。
船はそのまま殼頂のガラスを突き破り、都市を出る。都市の外唇の方を見ると、そこには何隻かの救難船が飛んでいたが、表面にはビッシリと怪物達が引っ付いていた。もうボロボロになり渦の中に飲み込まれていく船もあった。このままでは私達の船も長くないだろう。私が覚悟を決めたとき、手元の 『古代の叡智』が光りだした。
『古代の叡智』から光の波紋が広がり、私達の船の穴にそれが及ぶと、穴がどんどん再生していく。体を突っ込んでいた怪物達はその再生に飲み込まれ、その部位を切り取られ弾き飛ばされた。船にはもう何の傷跡も無い。まるで元々そういうものであるかのように。ただ、切り取られた怪物達の手足だけが船の中に残った。
『古代の叡智』の光の波紋はそれだけでは収まらなかった。要塞都市『極星ボード』に及ぶと、頑強なはずの都市が空間に溶けるように消えていく。A1や、その仲間の怪物達…25個になった装置達…それに逃げ遅れた都市の住民たちまでが、足元を失い渦の中に落ちていく。後には数隻のボロボロの船が残った。
私達の船は一直線に真上に向かって飛んでいく。
「Z6!救難船に合流しよう。」
私は自分でそう言った後、Z6が気絶していることに気づいた。私は咄嗟に隣の席のハンドルを取ったが、Z6がしっかりと握っていてピクリとも動かない。私達はそのまま渦に激突した。
好きなウルトラスペースはウルトラプラント。なみのりです。
完全に趣味で書きました。楽しかった!
一応作家を目指していますが、今回はかなり自由に書かせていただきました。
続きます。少なくとも第二章は書きます。凄い楽しかったので。
矛盾点とか一言あったらコメントよろしくお願いします。