007 これぞ旅程短縮術
女神代行出張業務四日目。
昨日は群がるモンスターを蹴散らしながら順調に旅路が進んだ。
流石は馬車だ。
歩くより何倍も速い。
この分ならあと数日もあれば王都まで辿り着けるだろう。
アベルたち、勇者候補生のレベルもかなり上がってきている。
俺?
俺のレベルは99で止まっちゃったよ?
怪物を何匹倒しても上がらなくなったし、たぶんカウンターストップってやつなのだろう。
きっと、アベルたちが苦戦しているモンスターに見境なく斬りかかったのが原因だ。
だってさぁ、せっかく覚えた色んなスキルを試してみたいと言う欲求には勝てなかったんだよ……
街道沿いはモンスターの巣窟だと聞かされてはいたが、あまり見かけなくなってきていた。
俺たちが暴れすぎたせいなのか、それともレベルが上がりすぎて怪物が怯えているせいなのかはわからない。
ともかく、今日の俺たちは割とのんびりした馬車の旅を満喫しているのである。
「ねね、これ見てよアキト。あっはははは、ミリィったらまた主神様に怒られたみたい。あはははは、あの子、ドジだからねー、ウケるぅ~!」
タブレット端末を指差しながらゲラゲラ笑うフラン。
ドジはお前だろ……
誰のせいで俺がこんな目に合ってると思ってんだ。
フランが見ているのは会社……いや、神界内で流行っているツイ〇ターみたいなSNSで、神ッターと言うそうだ。
実にアホなネーミングセンスである。
そしてミリィと言うのはフランの後輩で、正義を司る女神らしい。
添付された写真を見ても、俺にはベソをかいてる銀髪ツインテのロリ美少女としか思えないんだがな。
むしろフランよりはまともそうだし、この子と交代して欲しいくらいだぞ。
「何日もかかって書いた重要な書類が、全部不備でリテイクになったみたい。あははは、あの子の字はすっごく汚いのよ~」
「お前……人様を笑えるほど……ん? ……重要書類……? やべぇ!!」
「わっ、どうしたのよ? 急に立ち上がって」
「思い出した……!」
「へ? なにを?」
「レポートの提出期限があさってだってことをだ! やばいやばい! 絶対間に合わないだろこれ!?」
「ちょっ、ちょっと落ち着きなさいよアキト!」
「これが落ち着いていられるか! あれを提出しないと留年になっちまうんだぞ!」
「いいじゃない。留年すれば時間も余り放題よ」
「いいわけあるかっ! 就職できなくなるだろ!」
「その時は我が社……コホン、神界で働けばいいのよ」
「今、我が社って言いかけたろ! 神界が会社だとしたら間違いなくブラック企業だ!」
「なんてこと言うの!? 人々を助ける崇高なお仕事なんだからね!」
何事かと、驚いたようにこちらを見つめる隣の馬車のアベルたち。
いかんいかん、冷静になるんだ。
頑張れ俺。
取り敢えず笑ってごまかそう。
「わかった。言い過ぎたよ、ごめん。そこで、救済の女神たるフランシア様にひとつ御相談があるんですがね。報酬はワイン一瓶でいかがですか」
「ほほー? アキトにしてはお供え物なんて、殊勝な心掛けね。いいわよー、言ってみなさい。この私が、汝の願いをかなえてあげましょう!」
何様だ!
とツッコミそうになったが、「女神様よ!」とツッコミ返しされるに決まってる。
非常に業腹ではあるものの、俺は下手にでることを選んだ。
「なにかうまいこと、旅程を一気に進める方法はないもんですかね?」
「ふんふん……なーんだ、そんなこと? いくらでもあるわよ」
「マジかよ! すごいなお前!」
「えっへん! もっと褒めてもいいのよ!」
「で、その方法ってのは?」
「えぇ~? でも、これはちょっとねぇ~。もしかしたら業務規則に抵触するかもしれないしぃ~?」
「くっ、この商売上手め! よーしわかった、日本に戻ったら食べ放題で飲み放題の店に連れてってやる!」
「乗ったぁ!! じゃあアキト、手を出して」
「? はいよ」
フランは、しなやかな手で俺の右手を掴む。
相変わらずスベスベで柔らかなお手々ですこと。
俺なんかここ数日でガッサガサになったってのに。
「そしたらねー、浮遊、上昇、最大加速って唱えてね。コントロールはこっちでやるから」
「了解。浮遊! 上昇! 最大加速! ……ホントに大丈夫なんだろう、なぁっ!?」
凄まじいまでの浮遊感が俺を襲う。
「なんだこりゃあ!?」
「ア、ア、アキト団長! 僕たちはどうなったんですか!?」
切羽詰まったアベルの声。
待って、待って、俺も返事する余裕がないんだ。
現在、俺たちの乗った二台の馬車は、雲より遥か上空にいます!!
あの一瞬でどんだけ上昇してんだよ!
そんな俺たちにはお構いなしに、今度は水平飛行を始める馬車。
嫌な予感しかしない!
「アベル! みんな! しっかり馬車に掴まれぇぇぇええ!!」
ゴォォオオオオオオ
超音速旅客機コンコルドも、かくやと思うくらいの猛スピード。
あぁぁ!!
お馬さんが落っこちたぁぁぁぁ!!
しかも四頭全部ぅぅぅぅ!!
「スローフォール!!」
咄嗟に俺はスキルを発動させた。
馬たちは、シャボン玉状の膜に包まれ、ゆっくりと落下していく。
ふぃ~、これで一安心。
全てのスキルを取った際、このスローフォールは何に使うのかわからなかったが、こう言うことか。
だってさぁ、スキルの説明文がひどすぎなんだよ。
【このスキルは、対象を浮遊落下状態にします】
【仰々しく登場したい場合や、結婚式などで使用すれば喜ばれるでしょう】
こんなんだぜ?
これでどう理解しろって言うんだ。
「うわぁぁぁぁ!!」
「ギャァァァァ!!」
「いやーーーー!!」
ちょっ、向こうの馬車!
何人か落ちたぞ!?
「スローフォール! スローフォール! スローフォール! スローフォール! 何人落ちてんだよ! スローフォール! スローフォール!」
ダメだ。
雲の中に落下してしまっては、もう視認できない。
取り敢えず目に入った人数分のスローフォールは発動したはずだ。
くそっ、みんな無事でいてくれよ。
「おい! アホフラン! この速度どうにかならんのか!? このままじゃみんな死ぬぞ!?」
「えー!? うん、そうだね! これなら一気に進めるよー! 良かったねアキトー! さっすが私でしょー!」
聞こえちゃいねぇ!
雲の切れ間から、大きな城塞都市が垣間見える。
きっとあれが王都なんだろうなぁ。
きっと可愛いお姫様とかいるんだろうなぁ。
せめて王都で一泊したかったなぁ。
俺の想いも王城も、一瞬で遠くなっていく。
フランに頼んだのは俺だが、これでは旅情もへったくれもありゃしない。
「アキト団長ー!」
切れ切れに聞こえるアベルたちの声。
なにやら前方を必死に指差している。
そこにはとてつもない高さの山。
たぶんエベレストよりも高い!。
その頂上に、巨大な城が見えた。
えっ、まさか、あれが魔王城!?
いや、確かにおどろおどろしい雰囲気だけど。
二台の馬車は、その城を目がけてまっしぐら。
「おいフラン! ちゃんと止められるんだろうな!?」
「…………アキト」
「なんだよ!?」
「持っている服を広げて! 早く!」
「おう!」
ばさりとはためく俺のTシャツ。
フランも自分のブラウスを広げた。
「エアブレーキ!!」
「こんなもん効くかっ! このアホォォォォ!!」
迫り来る巨城。
減速を知らない馬車。
「マジックシールドⅣ(フォー)!! フィールドオブシルフⅣ(フォー)!!」
役に立つかはわからないが、俺は防御系スキルを進行方向に展開した。
マジックシールドは魔法と物理攻撃を軽減するスキル。
フィールドオブシルフは、敵が放つ矢の速度を減衰させるスキルだ。
あ、こりゃあかん。
「ぶつかるぅぅぅぅ!! ぎゃーーーーーーーー!!」
「いやぁぁーーーー!!」
ドゴォォォオオオオ
こうして俺たちは見事に旅程短縮に成功(?)したのだ。