006 勇者候補の選抜業務
女神代行出張業務二日目の夜。
夕刻、無事ルードの街へ到着した俺たちは、思い思いに一泊することにした。
俺とフランは同じ宿の二人部屋に泊まり、魔王討伐のために団員を選抜するべく煮詰めていく作業だ。
フランに押し付けられた余計な仕事、業務日報をタブレット型の謎端末に入力しながらである。
この謎に満ちた端末は、なにやらすっごい技術で神界とオンラインでつながっているらしく、俺の書いた稚拙極まる日報も即座に転送されるようだ。
大事な仕事だからなどと言う割には全部俺に丸投げし、自分はベッドでゴロゴロしながらつまみをポリポリ、酒をゴクゴクしているフラン。
この部屋に二人で入る際、団員たちに散々冷やかされたが、そんな色気のあるムードになど、なるはずもなかった。
俺も酒が入ってるし、慣れない旅の疲れもあって、日報になんて書いたか正直よく覚えていない。
構うこっちゃねぇ。
どうせ後で怒られるのはフランだ。
「私はやっぱり、このアベルって子が頭一つ抜きんでてると思うのよね」
「んー? どいつだっけ、30人もいるとなかなか顔が覚えられん」
フランが見ているもう一台のタブレットを覗き込む。
お互いの顔が限りなく近づき、傍目には恋人同士に映ることだろう。
傍目にはな。
湯上りフランの良い匂いを感じつつ、モニターに表示された顔写真とスペックを読む。
はにかんだ笑顔、茶色で短髪のさわやか少年。
名はアベル。
18歳
スキルはソードを中心に、僧侶系と魔法使い系を少し取っている。
いわゆる万能型だ。
「ああ、こいつな! 俺も彼は良いと思ってた。体捌き、戦術眼、精神力、スキルの使い時も上手かった。勇者候補の筆頭だな」
「うんうん、カリスマ性もありそうだしね。でね、重戦士は彼がいいと思うの。いわゆるタンク役ね」
次に表示されたのは、いかついフルプレートのガチムチ男。
名はバルガス。
23歳
ソード、アックス、スピア、ナックル、シールドと、様々な武器種のスキルだけを取っていた。
見た目通りの豪放さと筋力を誇っている。
「いいね。彼が前にいるなら、そうそう揺らぐことはあるまい。いいチョイスだぞフラン」
「えへへ、そうでしょ? 次はプリースト系を極めたこの子なんてどうかしら」
恥ずかしそうに微笑む銀髪の女性。
名はステラ。
20歳。
僧侶系スキルを、ほぼ修め切っていた。
状態異常から範囲治癒まで、回復術のエキスパートとなれるだろう。
少し引っ込み思案だが、機転は利くらしい。
「おお! やはり回復役は重要だからな。引っ込み思案と言うのは引っかかるが、なんとかなるだろ」
「うん、私もそう思ってる。で、最後はこの子。魔女っ子よ」
「魔女っ子言うな! どれどれ」
ドヤ顔でダブルピースを決める、オレンジ髪の少女。
名はポンタ。
ポンタ!?
女の子なのに、なんつー名前だよ。
13歳。
魔法使い系のマジックスキルはあらかた習得済み。
強気で生意気だが、とっても人見知り。
「……大丈夫かこの子?」
「だって、魔力値がすごいのよ? 常人の二倍はあるもの」
「お前は人の半分しかないけどな」
「ひどい! うわーん! アキトがひどいこと言ったよー! そもそもアキトのせいなのにー!」
「何で俺のせいになるんだ!? いてっ! いてぇ! ひっかくなよ! この!」
暴れるフランの両手を掴んでベッドへ押し倒した。
俺がフランにのしかかるような態勢になってしまう。
どうだ、もう抵抗できまい。
「……アキト……その、重いんですけど……」
急にしおらしくなるフラン。
間近にある桜色の唇から、熱い吐息がもれ、頬を赤く染めていた。
なんだか俺までドキドキしてくる。
きっとこれは酒のせいだ。
何もかも酒が悪いんだ。
「フラン……」
「……」
名を呼ばわると、覚悟を決めたようにフランは目を閉じた。
少しだけ、睫毛が震えている。
えっ!?
マジで!?
してもいいの!?
うひょう!
俺は緊張と興奮で強張る己を奮い立たせ、フランのやわらかそうな唇に───
ドンドンドン
「アキト団長ー! フラン副長ー! アベルです! ちょっとお話がありまして。起きていらっしゃいますか?」
突然の来訪者に、ビクゥと身体が反応してしまう。
俺とフランは顔を見合わせて、お互いに照れ笑いを浮かべるしかなかった。
気の迷いってヤツさ。
これが昨夜の出来事である。
明けて女神代行出張業務三日目。
出立の準備をしていた俺たちに、どこから噂を聞き付けたものか、領主の使いがやってきた。
俺とフランで乞われるままに領主の屋敷へ向かと、何でか盛大にもてなされた。
こりゃ裏がありそうだなと思った矢先、でっぷりとした領主から切り出してきたのは、ひとつの提案である。
この街にも大規模なモンスターの侵攻が迫りつつある。
そこで、あなたの団員を貸してくれないか、と言うものだ。
ルードの街にも当然兵士や冒険者はいるが、戦闘続きで戦える連中がかなり減ったらしい。
他の街へ応援を出すこともできず、いよいよ滅びを待つしかないと覚悟した時、俺たちが現れたってわけだ。
おいおいと涙ながらに懇願する領主に根負けし、俺とフランは20名の団員を遊撃隊として置いて行かざるを得なくなった。
残る団員は俺たちを除いて10名。
これではもう、団ではなくただの小規模パーティーだ。
そこで俺は、思いつきを試すことにした。
まず、領主から馬車を譲り受ける。
これで馬車が二台になった。
そして、貰った馬車に勇者候補のアベルをはじめとする10名全員を乗せた。
俺とフランは、もう一台の馬車へ12名分の荷物や物資と共に乗り込む。
つまり、パーティーをふたつに分けたわけだ。
更にアベルを10人パーティーのリーダーとした。
どうよ。
これならアベルを勇者としても、リーダーとしても鍛えることができるだろ?
我ながらナイスアイデアだ。
「あのぅ、アキト団長。本当に僕がリーダーでいいんでしょうか?」
自身のなさそうなアベルの背中を思い切り引っ叩く。
「なぁに情けないこと言ってんだ。お前はこれから勇者になるんだぞ。大丈夫だ、俺とフランで最大限の助力はするから」
「うんうん、アキトの言うことを信じてもいいのよ。普段は間抜けヅラしてるけどやる時はやる……と思うから」
「誰が間抜けヅラだ! コラァ!」
「は、はぁ、ご期待に沿えるよう、精進します」
「その意気だアベル。困った時は俺たちに頼っていいからな」
「はい!」
こうして俺たちは新たな気持ちでルードの街を発ったのだ。
次に目指すは、王都。
対魔王における、最前線と目される地である。