004 何は無くともレベル上げ
「アキト! 左から3匹きてるわよ!」
「任せろ! スラッシュ・トルネイド!」
俺の剣から放たれたスキルは、刃の竜巻となって巨大なオーガを斬り刻んだ。
遠巻きに見つめる冒険者たちから歓声があがる。
ここは始まりの街ラヘル近郊。
街から一時間ほど歩いた森近くの草原だ。
こんなところにまでそれなりに強いモンスターであるはずのオーガが出るってことは、この世界が魔王に滅ぼされる寸前と言う話も満更嘘ではなさそうに思えた。
普通、最初の街付近で遭遇する怪物は、初心者でも倒せるようなザコと相場が決まってるもんな。
これでは、冒険者連中もまともなレベル上げなど出来るはずがないよ。
ここで、ちょっとだけこれまでの経緯を教えよう。
初めはフランと二人きりでパーティーを組み、レベルを上げに出かけた。
勿論、女神の力を失い、人並み以下に能力の落ちたフランは戦闘に参加しない。
だが、俺がそこらで拾った棒切れを使って、でっかいカタツムリみたいなモンスターを軽く倒すと、俺を暇そうに眺めているだけだったフランのレベルも上がったのだ。
つまり、俺が得た経験値は、フランにも公平に分配されていたのである。
これを利用しない手はないだろう。
何匹かモンスターを倒し、初級クエストを達成した俺たちがギルドへ戻ると、戦闘を見物していたと思しき冒険者たちから、棒切れの剣士の御帰還だぞ、と嘲る声が上がった。
その言葉の響きがあまりにも情けなく聞こえた俺は、慌てて武具屋へ赴き、鉄製の剣と赤い金属鎧を購入したのだ。
必要性もないし戦う気もないくせに、フランまで僧侶風の白いローブと杖を買っている。
ちなみに、この世界は冒険者以外の、いわゆる戦士とか魔法使いなどの職業的区別がない。
あるのは様々な系統のスキルツリーだ。
剣士のスキルを取ればソードスキルを使用でき、魔法使いのスキルを取ればマジックスキルを使えると言った塩梅である。
当然、両方取ればどちらも使える。
ゆえに職業はない、冒険者は全員冒険者と言う職業である、ってことらしい。
ま、剣士と名乗ったり、二つ名を付けたりするのは個人の自由だそうだ。
おっと、余計な説明が長くなったな。
そんでもって、クエスト達成報酬を使って装備を整えた俺とフランは、ギルドで募集をかけたわけだ。
レベルを上げたい奴はパーティーメンバーにならないか、とな。
俺のステータスがマックスなのを知っている連中は真っ先に飛びついて来た。
その中でステータスの高い者からメンバー上限数の30名を選抜し、ちょっとだけ遠出をしてオーガ狩りに来ていると言うのが現在の状況なのである。
冒険者連中のレベルを上げ、魔王に対抗できる力をこの世界の住人に持たせよう。
これが俺とフランで練った業務戦略である。
できることなら、このミドガルズにおける問題は、そこに住む人々の手で解決してほしいからでもあった。
まずは俺だけで戦い、全員のレベルをオーガと戦える程度に引き上げるのが第一段階。
そこからは各々にスキルを取らせて戦闘に参加させるとともに、慣れさせていくのが第二段階。
全員を一人前にし、その中から魔王を倒せるような人物を育て上げるのが第三段階。
ついでに俺も戦闘に慣れなきゃならん。
軽く叩けばモンスターは倒せるものの、いかんせん経験と知識、それに勘が足りないと感じる。
有り得ないとは思うが、女神の力があっても苦戦する敵が出てこないとも限らないしな。
今のところオーガの攻撃を食らっても、傷ひとつ負うことはない。
いや、正確に言えば、傷は受ける。
しかし無意識に治癒能力を高めているのか、たちどころに塞がり、痕が残ることもなかった。
だけど、やっぱり痛い。
しかも、想像していたより、かなりの恐怖感がある。
ゲーム内での戦闘や、人間相手の喧嘩とは勝手が違いすぎるのだ。
これを払拭することも俺の課題と言えよう。
そういや、オーガってどんなモンスターかわかるかな。
人の肉を喰らうと言う、青っぽい肌をしたガチムチマッチョなおっさんなんだけど。
背丈は2メートルくらいあって、もじゃもじゃのヒゲ面。
そんなのがでっかい棍棒を振り回しながら襲ってくるんだぞ。
俺がちょっとだけビビるのも理解してほしい。
「ふー、オペレーター役も疲れるわねー。あ、アキト、ちょっと肩揉んでよ、肩。あと喉が渇いたから水を出して」
さも大儀そうに己の肩をブッ叩くフラン。
こいつ!
そろそろ俺はこのアホ娘を折檻してもいいはずだ。
こっちは真面目にやってるってのに。
だいたいお前は座ったままタブレット端末をいじってるだけじゃねぇか。
冒険者たちのデータをまとめてくれって言ったのは、何を隠そう俺なんだけどさぁ。
それにしたってこの態度はないだろう。
「それよりフラン。ちゃんと魔王を倒せそうな才能のあるやつを見繕ってくれよ。俺よりはお前の方が人を見る目はあるだろ?」
「はいはい、わかってますって。ねぇ、はやく揉んでよー、揉んで揉んでー!」
フランのいかがわしいとしか言えない声を聞きつけた冒険者たちが顔を赤らめている。
中には俺をうらやましそうに、そして恨めしそうに睨みつけるヤツまでいた。
「おぉい! 言いかたを考えろ! このビッチ!」
「失礼ね! 私はれっきとした処女ですから……もがもご!」
「大声はやめろアホ! あの晩、俺としちゃってたかもしれないだろ! もしそうなら、お前は立派な非処女だ!」
冒険者たちの殺気が、オーガからフランの口を塞いでいる俺へと向けられた。
しくじった。
余計なことを口走っちまったか。
てか、なんでこんなにフランのファンがいるの!?
この子、可愛いけどすっごいアホなんですよ!?
ちょっ!
俺のほうへ剣を構えるのやめて!
その後、多少育ってきた連中を戦闘に参加させながらオーガを倒し続けた。
素人目の俺から見ても、いい動きと勘をしている奴がチラホラ見受けられる。
「フラン、あいつとあいつはチェックしておいてくれ」
「はーい。あの子もいい感じね」
日が傾いた頃、オーガはぱったりと現れなくなった。
狩り尽くしたのだろうか。
ま、時間的にも丁度いい頃合いではあるか。
この日、俺たちが倒したオーガの総数は312体。
上がったレベルは、なんと全員が40を超えていた。
そこらの凡百なRPGだったら、ゲームクリアも狙えるほどである。
俺たちは意気揚々と街へ引き上げ、ギルド内にある食堂兼酒場で大いに宴を開くのであった。