003 出張業務は魔王討伐!?
「いきなり世界を救えとは、無茶苦茶すぎないか? 俺はまだド素人なんだぞ、まったく……こんな仕事を割り振ってるバカはどこのどいつだ」
「主神様だけど?」
「うげ、マジかよ……」
「それよりアキト。これ特殊業務で出張扱いなの。かなりめんどくさいから覚悟しておいて」
「出張!? なんでいちいち会社っぽいんだよ!」
「たぶん、しばらくこっちには戻れないと思うから、準備もよろしくね」
「何の準備だよ! パンツとか服とかか!?」
「そうねー、生活必需品は持って行ったほうがいいかもねー。ただし、あっちの世界には電気なんてないから気をつけてよ」
「どんな世界へ連れてく気なんですかねぇ……」
ふんふんふーんと鼻歌を歌いながら、手際よく後片付けをするフラン。
意外とマメで驚いた。
ただのアホじゃなかったんだな。
それにしても疲れた。
怒涛の一日だったもんな。
こんなオカマみたいな格好させられて、俺は何をやってるんだろう。
「はぁー……」
「なによ辛気臭い。こっちまで滅入っちゃうわ」
「お前、あれだけ泣いてた癖に、頭の切り替え早すぎるだろ」
「悩んだってしょうがないもん。なるようになれ、ってね」
「なんちゅうポジティブさだよ、まったく……」
俺はカツラをはずし、ヒランヒランと鬱陶しいドレスを脱いでフランへ返した。
まぁ、明日はこれを着ないで済みそうなだけでも良しとするか。
「そうだ、フラン。明日って何時出発だ?」
「んー、朝10時ってとこかしらねー」
「今の時間は?」
「えっと、夕方の6時よ」
ふむ、思ってたよりも早い時間に終わったんだな。
まぁ、ここの時間の流れがどうなってんのかわからないけど。
「そうか、サンキュー。じゃあ、俺はいったん向こうに戻って準備するわ。それと、明日の出発前に講義の出席だけ取ってきてもいいかな? 出席日数ヤバくてさ」
「あ、だったら私も行きたーい!」
「なんで!?」
「だって日本のご飯が食べたいんだもん! あんなに食べ物が美味しい国、他にないわ!」
「それは大いに同意するけど、まさか俺の部屋に泊まる気か?」
「他にどうしろっていうのよ。アキトこそ、まさか運命共同体で救済の女神たるこのフランシア様に、いかがわしいことをしたりしないでしょ?」
くっ。
こいつ、先に防衛線を張りやがった。
いやいや、エッチなことなんてする気もないさ。
ホントだよ!?
「よーし、片付け終了! アキト、帰りましょ」
「おう、じゃあ誘導は頼むぞ」
「はーい」
「俺の部屋へ飛べ!」
念じれば視界が変わり、薄暗い俺の部屋へと戻ってきた。
照明のスイッチを入れる。
朝出て行った時のままだ。
「たっだいまー。アキトー、トイレ借りるねー」
軽やかな足取りでトイレへ向かうフラン。
ここはお前の家か。
いやそれより、女神ってトイレ行くんだ!?
俺はそんな疑問に苛まれながら、乱れたベッドを直す。
勿論、有事に備えてのことだ。
もしかしたら、今夜はここで男女のバトルがあるかもしれんしな。
ふひひひ。
「ねー、アキトー。お腹がすいたよー」
「あ、ああ。何が食べたい?」
「そうねー、居酒屋でいいんじゃない? ご飯もあるし、お酒も飲めるし」
「アホかお前は……昨日のことを懲りてないのか?」
「なーに言ってんのよ。出張の前夜祭じゃない!」
「そんなもん祭るな祭るな。まぁいいや、じゃあ行くか」
「うん!」
俺とフランは酒を酌み交わし、飯をたらふく食べた。
しかも俺のおごりでな。
ちくしょう。
そして翌朝。
俺は気持ち良さそうないびきをかいているフランを起こさぬようにベッドから出た。
いつの間に持ち込んだのか、ちゃっかり寝巻に着替えているのがちょっと笑える。
変な部分にこだわりがあるらしい。
大学で出席だけを取って戻ってくると、大いびきでまだ寝てやがる。
のん気なヤツだ。
「おい、フラン、起きろ。もう10時になるぞ」
「くかー、くかー」
「起きないとチューしちゃうぞ」
「くーかー」
こいつめ。
本気でキスしてやろうか。
いや、よだれまみれだからやめとこう。
しっかし、顔だけは本当に可愛いよなぁ。
まさか、中身がこんなにアホだとは思ってもみなかったんだが……
まぁ、話しやすいだけまだマシか。
おっといかん。
見とれてる場合じゃない。
多少強引にでも起こすしかなかろう。
俺はフランの鼻をつまんだ。
そのまましばらく放置。
フランの顔がみるみる赤黒く染まっていく。
「~~~~! ぶはぁっ!! なにすんのよ!? 死ぬかと思ったじゃない!」
「女神って死ぬのかよ……それよりフラン、もう10時になっちまうぞ」
「嘘っ!? 私、そんなに寝てたの!?」
「そりゃあもう、気持ち良さそうに」
「あーん! 髪もボサボサー! お腹もすいたー!」
「メシならコンビニでサンドイッチと飲み物は買ってきたぞ」
「わぁ! アキト、ありがとー!」
必死に髪をブラシでとかすフラン。
しかもサンドイッチを頬張りながらだ。
ついでに、タブレット端末みたいな機械で何やら調べている。
なんだか遅刻しそうな女子高生を見ているようで微笑ましい。
惜しいな。
黙ってりゃ可愛いのに。
「んーと、もぐもぐ、出張先の世界は、んぐんぐ、ミドガルズって言うみたい、もごもご」
「へー……お前さ、どうでもいいけど、食うかしゃべるかどっちかにしなさいよ」
「そんな時間ないでしょう? 効率重視よ。あ、アキトは動きやすい服装のほうがいいと思うわ」
「ふーん、ジャージでもいいのか?」
「うん。全然オッケーよ。靴は履いておいてね」
俺は一応リュックに入れておいたジャージを引っ張り出して着替える。
ジョギング用に買ったものだが、二日で飽きた。
以降は、部屋着として使っている。
ああ、この感触、着心地。
やっぱり落ち着くぜぇ。
「じゃ、行きましょうか」
「わかった……なんつったっけ?」
「ミドガルズ!」
「そうだそうだ。ミドガルズへ飛べ!」
暗転。
次に俺たちが立っていた場所は、陽光も眩しい屋外だった。
目の前には、そこそこ大きそうな街の門と、それをぐるりと囲む石壁。
その門から見える街並みときたら、まるで中世のヨーロッパだ。
「って、なんだここ!?」
「ミドガルズについたみたいね。えー、なになに。端末情報によれば、魔王に滅ぼされかけている世界だそうよ。ゲームみたいなところだし、オタクのアキトならすぐに理解できるでしょ?」
「魔王!? どうすんだそんなもん! って、誰がオタクだっ!」
「だって、アキトの部屋にゲーム機がいっぱいあったもん」
「隠しておいたのにどうやって見つけたの!?」
「あと、エッチな本に混じってアニメ雑誌もいっぱいあったわね」
「い、いやぁぁぁぁ! 見ないでぇぇぇ!」
俺の恥部を早々に見つけるとは、油断ならねぇ女だ。
ベッドの下と言うありがちな場所に隠した俺も間抜けだけど。
「んで、この街は?」
「始まりの街ラヘルだって。ここの街で冒険者に登録せよってことらしいわ」
「え? なんでいちいち冒険者に? 一気に魔王の所へ行ってドーンと倒したほうが早くね? 女神の力があれば余裕なんじゃねぇの?」
「だって業務進行表に書いてあるんだもん。これに従わないと、どんな罰を受けるか……」
「えぇー、めんどくせぇー。じゃあつまり、一からやれってことか?」
「そこまでは指定されてないけど、ミドガルズのルールに則れってことじゃない?」
「ふーむ、まぁここでこうしてても始まらんし、登録しに行ってみるか」
「おー!」
てくてくと街を歩く。
通りすがりの人々も昔っぽい服装だ。
中には鎧や剣で武装している連中もいた。
なるほど、確かにRPGみたいな世界だ。
魔王なんてもんがいるくらいだし、モンスターもいるんだろうなぁ。
ゲーム好きとしては、ちょっとだけワクワクするね。
戦闘するのはちょっと怖いけど。
「マップだとこの建物よ」
街の中央部にある大きな建物。
剣と盾の巨大なオブジェに、冒険者ギルドと書かれた看板。
これも女神の力なのだろうか、わけのわからん文字もスラスラ読める。
「中にいる受付嬢に話すみたい」
「ほー」
ギィィと両開きの扉を開けて中に入る俺たち。
いかつい野郎どもや、ド派手な格好の姉ちゃんたちの視線が集まる。
俺はその視線を軽く受け流し、受付へ近づいた。
黒髪美人で巨乳の受付嬢が、営業スマイルで対応してくれるようだ。
「冒険者ギルドへようこそ。今日はどう言ったご用件でしょう?」
「んーと、冒険者登録をしたいんですけど」
「お二人様ですね?」
「はい」
「えっ、私も!?」
驚愕するフラン。
想定外だったのだろうか。
「まぁいいじゃないか。登録だけしておいてもさ。戦えなんて言わねぇよ」
「……そう? ならいいけど」
「それでは、お二人の潜在能力を調べて数値化いたしますね。この水晶に手をのせてくださいませ」
色っぽい受付嬢の声に鼻の下を伸ばしながら、言われた通りにする。
デカい水晶玉が青白く光った。
「はい、お名前はアキトさん、ですね。もう手を離して結構です。次はそちらのお嬢様もどうぞ」
「はーい」
「はい、フランさん、ですね」
あれ?
これで終わり?
なにか冒険者を示すカードとかもらえないの?
「ご協力ありがとうございました。今後は、ステータスオープンの詠唱でご自身の能力値や冒険者としての経験、成果などを確認することができます。クエストの受領、依頼などはあちらにある掲示板をご利用くださいませ」
「はぁ、どうも」
なんだか釈然としないが、こんなものなんだろうか。
やたら簡素なシステムで、本当にゲームの中にいるみたいだ。
「ねね、早速ステータスを確認してみない?」
「おお、そうだな。ス、ステータスオープン!」
口に出すのはちょっと恥ずかしかったが、詠唱は実行され俺の手元にウィンドウが現れた。
えーと、なになに。
おいおい、レベルは1からかよ。
ステータスは、と。
え?
「アキトさん! あなたのステータスは……!」
受付嬢の驚愕。
どよめくギルド内。
「オールマックスじゃないですか!!」
ドォォォオオオオ
一瞬で興奮の坩堝と化す冒険者連中。
あれ?
俺、また何かやっちゃいました?
じゃなくて。
そりゃそうでしょうよ。
こっちは女神の力があるんですから。
「アキトー……私のステータス見てぇ……」
「あらまぁ、これはこれは……フランさんのステータスは人並み以下ですね」
受付嬢の言葉に、どよめきは大爆笑となった。
ボロボロ涙をこぼすフラン。
哀れなヤツ……