8.魔王(幼児)初魔物退治中
森林限界付近についた俺はようやく見えるようになった山の頂きの高さに言葉を失った。
前世では見たことはないがヒマラヤ山脈が世界最高峰だったが、このオーガル山はそれ以上じゃないかと思えるほど高く高く聳えていた。数キロ先から急激に斜面が鋭くなっており、上層雲であるすじ雲がまばらに見えることから少なくとも5,000m以上は確実にある。
ふと、はるか彼方に見える雪に覆われた頂上のあたりになにか豆粒のようなものが飛んでいるのが見えた。
この体は視力もよくかなり遠くまで見ることはできるが、さすがに豆粒大の詳細はわからなかった。
こんなときは遠見の魔法だな。おかんを見ている遠見を一旦解き、再度豆粒に向けて遠見の魔法を使う。
………ドラゴンだ。まさか初めて見る魔物がドラゴンとは、こんな初体験はあまりしたくなかったぜ。
ドラゴンは日本の龍タイプではなく、洋風の竜タイプで漆黒の鱗に覆われている。比較するものがないので大きさは正確にはわからないが恐らく数十mはありそうだ。
滑空しているわけでもないのに不思議なことに翼を動かしていないところを見ると魔法的な力で飛んでいるのだろう。
まあ普通ならあの大きさのものは自重で潰れてしまうから魔法的な力がなければ存在出来ないもんな、ある意味納得だ。
さすがのドラゴンもこれだけ距離が離れていればこちらには気づかないようで、しばらくすると山頂へと降りたのか見えなくなった。
この世界で生きていくならそのうちドラゴンとも合間見えることがあるかも知れない、そう感じさせる出来事だった。
さすがにドラゴンを見て緊張していたのか、無意識に手を強く握りしめていたことに遠見の魔法を解除して気づいた。
強く握りしめていたため、なかなか開かない手を見つめ開こうとしていると、背後の木々の方からガサガサと音がした。
即座に振り返り軽く腰を落とし、体中に魔力を纏わせながら音のした方を注視する。
やがて木々の間からのっそりと体長3mはありそうな赤い毛の熊のようなものが姿を見せた。ただその熊の背中にはもう一対鋭い爪をした腕が生えていた。
姿を見せた四つ腕熊は低い唸り声を上げながらこちらを睨み付け、襲い掛かるタイミングを見計らっているようだった。
俺はと言えば少し迷っていた。
魔力を纏わせた体なら飛ぶように走ることが出来るから恐らく逃げ切ることは可能だろう。
ただ初めて合間見える魔物とどれだけ戦えるのか確かめたい思いもあった。
この魔物が果たして俺の強さを計るのに適しているのか。最初はホーンラージラビット辺りで様子を見るべきか。
そんなことを数秒考えていたら、四つ腕熊がこちらへと四つ足で後ろに土が飛び散るほどの踏み込みで走り出した。
速い。
相対距離はおよそ30mくらいだが、逃げるか戦うか迷っていたため魔法を使う間もなく、瞬く間に眼前に四つ腕熊が迫っていた。
慌てて四つ腕熊を飛び越えるように前方へと飛び上がりつつ、振り下ろされる背中の腕をかわし、10mほど先へと横向きに滑るように着地し、すぐに四つ腕熊へと視線を向けた。
四つ腕熊はこちらを見失ったのか、数瞬キョロキョロと回りを見渡し、こちらに気づくと唸り声をまた上げながら振り替えって二本足で立ち上がり四つの腕を振り上げてこちらを威嚇してきた。
さすがにここまで来たら戦うしかないと覚悟を決めて、魔法を発動させる。
四つ腕熊の顔のすぐ側で爆発を起こす。
生まれてきてから(まだ三年だが)初めて聞く轟音と共に爆発の衝撃でぶっ飛ばされた。
ぶっ飛ばされた衝撃で一瞬意識が飛んだ。
慌てて飛び起きると、爆発の衝撃で出来た5mほどの放射状にへこみ黒く焦げた地面に、四つ腕熊は胸から上を失って倒れていた。
万一の他の魔物の追撃を考え、数秒間辺りを伺っていたが怪しげな物音や気配はないようで、体に魔力を纏わせるのを止めた。
倒れた四つ腕熊へと近付くと、臓物の臭いがしてきたため顔をしかめながら残った体を触ってみる。
赤い毛は驚くほど硬く、その下の皮膚もまるで岩のように硬い。
普通の刃物では毛さえ切ることは出来ないようで、魔法を使えないなら倒すのはなかなか難しそうだ。
ふと、おそらく魔法を使えないだろうおとんはどうしているんだろうと疑問におもった。
まあ我が家の食卓には四つ腕熊の肉は上がったことはないし、おとんは接触をさけているのかもともと我が家の回りにはいないのかのどちらかだろう。
とにかく、普段は使えないような規模の魔法が使えたし、初めての魔物との戦いも経験出来た。
実りある初めての遠出となった。