5.魔王(乳幼児)肉体成長中
生まれてから1年が経った。
すでにしっかりとして足取りとは言えないが歩き始めていて、狭い我が家を筋トレ代わりに毎日歩き回っている。
言葉も舌足らずな感じではあるが、普通に話している。
初めて「ママ」としゃべったときのおかんの喜びようは見ものだった。
9ヶ月目頃にいつものように授乳をしようと貧しい胸を出して「ママよ~」と話しかけて来た時に、「まま」とやや舌足らずな感じではあったが答えたら、驚いて危うく俺を落としかけたが、再度「まま」と呼ぶと俺を両手で持ち上げ「ママよ、そうママなのよ!」と回り出した。もちろん貧しい胸は出したまま。
おかんの大きな声を聴きつけて入って来たおとんに胸を指摘されて真っ赤になりながらおとんの背中を叩いていたっけなぁ。
もちろんそのあと「ぱぱ」とも言ってやったけどね。おとんは呼ばれると後ろを向いて震えながら天井に顔を向けていた、おそらく泣いていたのだと思う。男泣きってやつかな。
それからは少しずつ話す言葉を増やしていって、今では普通に会話が出来るようになっていた。
本来なら異常な乳幼児だとは思うが、この二人にとってはどうやら初めての子育てのようで、少し成長が速い程度に考えているんじゃないかな。
まあ話すといっても、家の中のものを指さして「これはなに?」だとか窓から見える木を指さして「あれはなに?」だとか、種族的なことや世界については聞いていない。
さすがにエルフとヒューマンは争っているのか?なんて質問が1歳の乳幼児から出たら気味悪がられるんじゃないかと思ってさ。
ああそう言えば、俺の名前は「ユーリ」だけど、正式には「ユーリ・サライル・リューンハルド」なんだってさ。おとんとおかんの姓をそれぞれ貰っているようだ。
おかんの名前は「エーナ・サライル」、おとんの名前は「グリンダル・リューンハルド」。
おかんは「エーナ・リューンハルドになりたかったんだけどね」って言っていたからやっぱり正式に結婚しているわけじゃないみたいだ。そう言ったおかんをおとんが肩を抱いて慰めていたよ。
他に特筆すべきことと言えば、どうやら俺は力が強いらしい。というか異常に強いようだ。
昼間に一人で離乳食を食べていた時(すでに離乳してスプーンも使いこなしている)、手からスプーンが滑り落ちて壺の陰へと転がってしまったことがあった。
ああ拾わなきゃなって無意識に壺を抱えて横へと持ち上げてずらし、スプーンを拾い上げて振り返るといつの間にかいたおかんが絶句していた。
なんだろうと思い、おかんの視線の先の壺をつま先立ちで覗き込むとその中には並々と水が入っていた。
背丈ほどある水の入った壺を乳幼児が持ち上げるのはさすがに異常だと思ったのか、寝静まった夜におとんに昼間の話をしているのを盗み聞きした。
「グリン、あの子すごい力が強いみたい。すごいっていうか私よりもあるかも。」
「エーナよりも力があるってのは信じられないけど、あの壺を持ち上げたっていうなら大人顔負けではあるな。」
「やっぱりあの子がハーフのせいなのかしら。」
「そうだとしても、俺たちがあの子をしっかりと愛してあげれば、きっと大丈夫さ」
「うん……そうね。あの子がどんな力を持っていても私たちの子供だものね、愛してることに変わりはないわね。」
「ああ」
そう言って二人は寝るふりをしている俺を愛おしそうに眺めていた。
ハーフだから、か。
やはり何かしらハーフってことに問題があるのは間違いみたいだね。
そのうち聞かなきゃな。