第二章
今なんて言った…?
魔王…?魔王ってあれだよな、ゲームとかに出てくるラスボスの…。
「貴方が想像している通りの魔王ですよ」
頭を覗かれたようにクレアが言う。どうして魔王なんだ?ここはお約束的にしがない冒険者とかが妥当だろうに。
「実は…とある異世界で魔王をしてた方が急に辞めてしまわれて…」
ちょっと待って!魔王って職業だったの?辞めれるもんなの…。色々衝撃的過ぎて俺びっくりだよ。
クレアが言うには、魔王がいたことで世界の均衡が保たれていたのだが、それが崩れてしまっているらしい。そこで新たな魔王が必要だと。なんだかよく分からないけど、俺には石ころか魔王かの二択しかないんだ。迷っている場合ではない。
「俺、魔王やります!」
「そうですか、ありがとうございます!こちらとしても助かります」
「でも魔王が必要な世界って一体どんな世界なんです?平和でいいじゃないですか」
「それは…見ていただいたほうが」
そう言ってクレアはその異世界とやらを空から見せてくれた。
「なんだこりゃ…」
魔王がいなければ平和そのものじゃないか、と思いつつ覗いたその異世界は、本当に堕落しきっていた。魔王がいないがために勇者は引きニートになり、武器がいらなくなった鍛冶屋は店をたたむ始末。とにかく世界に活気がなかったのだ。俺はゲームで味わっていた異世界とのギャップに困惑した。
そうしていると、クレアが一つのメガホンを持ってきた。
「なにこれ?」
「これで魔王復活を宣言してください」
どうやら世界中に響き渡るメガホンらしい。女神様、何でもありだな。でもこんなんで宣言しても意味あるのか?にわかには信じがたいが…やるしかない。とにかく俺はダラダラとまとまりのない文章で一応の復活宣言をした。
「えーあー…。あのー…どうも、この度魔王になりました、えーっと…」
その瞬間、街の雰囲気がガラっと変わった。マジかよ。
「あなた!魔王よ!魔王が復活したって!」
「わ!魔王さん!」
「なんだと?魔王だって?おーい!みんなー!」
たちまち世界が活気づき、勇者も引きニートから脱出。ええ?そんなのあり?驚きと笑いがこみ上げてきた。実は魔王って人気者なんじゃね?悪くない気分だ。
「それでは貴方にこの本を授けましょう。魔王様、頑張ってくださいね」
そういうとクレアが「魔王になるには」というレクチャー本を取り出してきた。なんだか怪しいが、まだ魔王という存在がどうあるべきか分からないし、貰っておこう。そこには仲間の作り方から攻防の仕方、魔王名言集などが載っていた。名言集ってなんだよ。
その後俺はクレアに送り届けてもらい、無事異世界へと降り立ったのだった。
◆
「魔王…復活したのね!」
時同じくして、女勇者セラは魔王復活の知らせを自分の部屋で聞いていた。魔王不在で職を失い、引きニートと化していた彼女だったが、ようやく重い腰を上げるときがきたようだ。だらしない下着姿から速攻で勇者の服装に着替えて準備万端。
さあ魔王を倒しに行くぞ!
「…って、魔王ってどこにいるのよー!」
◆
「えーっと、まずは何をすればいいんだ?」
クレアの力で作ってもらった魔王城で英二はひとり考える。そうだ、仲間がいない!まずはそこからだな。「魔王になるには」の中には魔獣の召喚の仕方も載っていた。随分親切な本だな…と思いながら、とりあえず魔獣の召喚をしてみた。
「眠りし我が従者よ…って恥ずかしいな」
魔法陣から強い光が出て、パァーっと周りが明るくなる。どうやら成功したようだ。まずはゴブリン一匹。というか、ゴブリンって魔獣なのか…?不安が残るが新たな仲間だ。歓迎しよう。
「お初にお目にかかります、魔王様!このわたくしに何なりとお申し付けくださいませ!」
うん、悪くない気分だ。魔王になって俺はだんだん人生が楽しくなってきていた。
これが充実してる…ということだろうか。そしてレクチャー本のおかげで俺はどんどん魔王らしくなっていった。しかし。
「なぜ勇者は攻めてこないんだ?」
転生してから数か月が過ぎ、そろそろ勇者が攻めてきてもおかしくない頃だった。それなのに勇者は一向に現れない。しかも現れないどころか引きニートに戻っていたのだった。
「魔王様!この魔王城の場所は勇者に伝えたのですか?」
部下のひとりのエルハドが進言する。それだ!場所が分からなくては話にならないよな。
なんという痛恨のミス。
「いっそのこと魔王様自ら街に攻め入ってみては?勇者にも場所を伝えられて一石二鳥ですぞ。住民もさぞ歓迎することでしょう」
歓迎って。んな馬鹿な…。俺は魔王だぞ?
まぁとりあえず魔獣を引き連れて攻め入ってみるか。
そして街に着くと…マジで俺の魔王の概念を吹っ飛ばすほどの大歓迎っぷりである。
「来たな魔王!」
おうおう、勇者めっちゃ元気になってるよ。魔王が来たのがそんなに嬉しいのかよ。
勇者は万遍の笑みで剣を振りかざしてくる。俺も釣られて笑ってしまう。楽しい、楽しいぞ魔王人生!
「私は女勇者セラ!貴方を倒す者の名よ!覚えておきなさい!」
俺を指さし、ドヤ顔を見せるセラ。
威勢はいいがこないだまで引きニートだったよなお前。まぁ俺もそうだったけどな。
セラはなんというか、剣の腕は確かなのだろうが、子供がそのまま大人になったような、精神年齢の低い残念な女勇者である。だが可愛い。
「セラよ、我を倒したくばあそこに見える魔王城まで来い。いつでも相手をしてやろう」
俺は「魔王になるには」に載っていた名言集を使った。ちょっぴり恥ずかしい。しかしセラに魔王城の場所を伝えられただろう。これでやっと勇者VS魔王の構図が出来上がったのだ。それからセラはバンバン戦いに来るようになった。THE単細胞である。