彼女がくれたウソ
「ちっ」
仕事でトラブルがあったせいで盛大に残業をさせられ、疲れた体を引きずるように帰宅した私は郵便受けに入っていた手紙の差出人を見て思わず舌打ちをする。
差出人は幼馴染であり、学生時分に付き合っていた彼女からだった。
当時は付き合えた事に喜び有頂天になっていたし、若さ故に将来は彼女と一緒になるものだと根拠もなく信じて疑わなかったものである。そして彼女も同じ気持ちなのだと信じていたが、彼女はある日突然理不尽な理由で別れを告げ姿を消した。
当然連絡を取ろうとしたが、携帯から流れたのは番号は使われていないというお決まりのアナウンス。
それならばとダメもとで担任に連絡先を聞くが教えてくれるわけもなく、そのまま音信不通となり私達の関係は彼女の一方的な都合で自然消滅した。
そんなイヤな記憶を刺激されたせいで読まずに破り捨ててやろうかと思ったがなぜか躊躇われる。
行き場のない苛立ちを机の上に手紙を投げおく事で慰めた。
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数日後、トラブルに端を発した修羅場が終わり久し振りの休日で昼間から独りビールを飲んでいると、ふとあの手紙が目に付いた。
今更どの面下げてなどと思いながら程よく入ったアルコールの勢いも手伝って手紙の封を開ける。
「はろはろ〜。元気してるかな?」
手紙はそんな書き出しから始まっていた。
学生の頃のノリを思い出させる書き出しに思わず苦笑しながら続きを読む。
「この手紙が無事に貴方の所に届いてるって信じて続きを書きます。
まず初めにごめんなさい。酷い事を言ってすごく傷つけてしまいましたね。
本当はもっと貴方の隣にいたかったっていうのが本音です。でもね、それは叶いそうになかったの。
だからごめんなさい。許してもらえないかもしれないけど、せめて謝る事はさせてください。
なんて書いても、優しい貴方の事だからきっと、いつもの様に困った顔をしながら『仕方ないな』なんて許してくれるのでしょう」
そこまで読んで、思わず自分が今どんな表情を浮かべているのか確認すると、手紙にある様に困った様な、けれども嬉しそうな顔をしている事に気づく。
そんな単純な自分にちょっとイヤな気分にさせられながら、『貴方の事はなんでもお見通しだよ』と、いつもの様に得意げな笑顔を浮かべた彼女に言われた様な気がして複雑な思いを抱くのだった。
そこで読むのをやめても良かったのだが、久し振りに彼女と会えた気がして、我ながら女々しいなと思いながらも彼女からの手紙に再び意識を落とすのであった。
「さて、貴方は今どうしてますか?私の事をちゃんと嫌ってくれていますか?
まさかまだ私の事を好きでいてくれてるなんて事ないよね?
あんなに酷い事を言って、勝手に消えた私の事なんて想ってちゃダメだよ?
貴方のその優しさは私には勿体無くて眩しすぎるんだから。
そうそう、優しさと言えば、初めて会った時から貴方は優しかったね。
覚えてるかな? 幼稚園の時に引っ越して来て中々打ち解けられなかった私に、声をかけて一緒に遊んでくれたのは貴方でしたね。
当時の私にとっては、見知らぬ場所で知らない人ばかり。
みんなと仲良くしたいのに、そのくせ自分から輪の中に入るのを怖がっていたそんな私に『一人じゃつまんないでしょ。こっちで一緒に遊ぼうよ』と声をかけてくれましたね。
その言葉がどれだけ嬉しくて心強かった事か貴方は知らなかったでしょ?
今になって思えば、私が貴方に惹かれたきっかけはこの事だった様に思います」
覚えているよ。心の中でそっと返事をしながら当時を思い出す。
当時はまだ男女の区別なく皆がみんな好き勝手にグループを作って、そのグループ毎に遊んでいたっけ。そんな中で突然やって来た異分子が彼女だった。たしか、親の都合とかで急に引越しが決まって友達と満足に別れも告げれないまま越して来たんだったかな。
初めの数日は彼女の事なんて気にもとめてなかったけど、一人で寂しそうに、けどなんだか羨ましそうにこっちを見ている彼女に気づいたのが始まりだった。それからも暫くは彼女の事を気にしていたけど、何もしないまま過ごしていた。けど丁度その時、グループの一人が旅行か何かでいなくなったから、数合わせのつもりで声をかけたんだ。
あの時の目を丸く見開いて驚いた後に見せてくれた大輪の花が咲いたような華やかな笑顔に惹きつけられたっけ。
その後はなんだか遠慮してる様な感じを残しながら一緒に遊ぶようになったけど、一度輪の中に入り込んだ彼女は、すぐにグループの中心になってみんなを引っ張っていく存在になった。
まぁ、彼女の出す無理難題に振り回されていたっていうのが本当の所なんだけど、それでも楽しかったなぁ……
今じゃあの頃みたく頭を空っぽにして何かに熱中するなんて事できなくなってしまっていた。そんな懐かしい思い出に浸りながら、続きに目を通す。
「あの頃からいつも一緒にいてくれてありがとう。貴方がいなかったら、私はもしかしたら一人ぼっちのままだったかもしれません。
でも、そのせいで小学校の時にからかわれたりしましたね。
その頃から貴方の事が気になっていた私は、嫌われたらどうしようとすごく怖かったのを憶えています。ですが、そんな心配は杞憂でしたね。
あの時に言ってくれたあの言葉。私は今でも鮮明に憶えています。
それこそ、当時の光景を頭の中で再現するなんて朝飯前にできる程ですよ?
貴方はどうですか?ちゃんと憶えていてくれてますか?」
どうだったかなぁ……
当時は彼女を守るナイトを気取っていた。昔っから華があって魅力的だった彼女に惹きつけられ、そんな彼女を中心に輪が広がっていた。
幼いながらも独占欲というか、初めて彼女に声をかけて友達になったんだという自負もあり、彼女の隣を誰かに奪われない様に必死だったのを憶えてる。
そんな関係だったから、周囲の男子からはやっかみでからかわれるなんて日常だったし、それに何て答えていたかはさすがに憶えていない。
ただ、誰にも渡さない的な事は言っていた様な気がする。
からかいなんて気にしてない風を装いながらも、内心では彼女と同じく嫌われたくなかった。ただそれだけだったんだ。
黒歴史にしてしまいたい過去を思い出すが、それでも彼女との思い出は鮮やかな輝きを放っており、そんな思い出はやはり忘却の彼方へなどとできないのであった。当時の心境を思い出し、思わず赤面しつつも更に手紙を読み進める。
「そうそう! 小学校といえば、調理実習で作ったホットケーキ!
覚えてるよね? 初めてだったから皆で四苦八苦して作ったけど結局焦がしちゃったアレ! 苦労して作ったのに、そんな結果になって落ち込んでる皆を見て貴方がおもむろに食べ始め、『なんだ。焦げててもうまいじゃん』なんて言った時は本当にびっくりしました。
けどそれは、落ち込んじゃってる皆に気にしなくていいよって伝えていたんですよね? あの時の驚きながらも安心した皆の顔は今でも忘れられません」
あれかぁ‥…
彼女はそう言ってくれてるけど、実際はそんな大層な物ではなかった。
料理をするのが初めてだと期待に溢れた笑顔をしていた彼女が、焦げたホットケーキを見て少し泣きそうになっていたのが目に入って、そんな顔をして欲しくなかっただけなんだ。
なんだか、彼女の中では美談になっているけど、蓋を開けてみたら子供のする事なんてそんな単純な理由なのだから、我ながら良くやったと言ってやりたい。
当時の自分へ喝采を送りながら再び手紙へと目を向ける。
「そんな優しい貴方だから、中学校の時は大変でした。
年を重ねる毎にどんどんカッコ良くなっていく貴方。
成績優秀、運動神経抜群とまではいかないけど、何をやらせてもそつなくこなして、それなりよりもちょっと上の結果を出し続けた貴方に優しくされてイヤな女の子はいません。私が何回『紹介して』って言われたか知っていますか?
きっと貴方は知らないんでしょうね。その都度なにかと理由をつけて、私が断り続けていましたから」
大変だったと彼女は言うが、こっちの方が大変だった。
中学に上がる頃には皆色気づき、年々綺麗になっていく彼女がその対象になるのは何ら不思議なことではない。
更に言うなら、体つきだってどんどん女性らしくなり魅力的になっていく彼女。
クラスのアイドル。なんて時代遅れの言葉が普通にまかり通る程、みんながみんな彼女に夢中だった。
そんな彼女の隣にお邪魔虫がくっついていたんだから、後は想像しなくても結果はわかりきっている。
彼女との仲を取り持つように言われたり、近づくなと言われたり。果ては校舎裏への呼び出しだなどという時代遅れの産物まで体験する羽目になったのだ。
けど彼女は自分の魅力に無頓着で、誰とでもスグに仲良くなって魅力に気づく者が更に増えていくなんていうサイクルに巻き込まれたのはまぁ、今になって思えばではあるがいい思い出である。
などと、当時あった出来事を思い出し、苦虫を噛み潰した様な心境になりながらも続きを読む。
「だってイヤじゃない? 貴方の事をよく知りもしないミーハーな子に大切な貴方を盗られてしまうなんて。だから貴方の耳にそんな話が入らないようにしたし、断り続けたんだけど、今になってその事を後悔しています。
だって、私の居場所だった貴方の隣に私がいる事ができなくなった今、例え私じゃない誰かだとしても、貴方の隣には誰かがいてほしいから。貴方に寂しい思いをして欲しくないから……
ダメですね。昔の偉い人が言っていた『後悔は先には立たない。後に立つから後悔なんだ』という言葉が今になって身にしみています」
今更な話だ。それにどんな事情があったのかは知らないが、去って行ったのは彼女の意思での事というのは間違いない。
彼女の想いに触れ、言葉にならない何かがこみ上げてくるのを感じたが、敢えてそれを無視して手紙に目を通し続けると、その手紙が何かで濡れたあとに乾いた様な痕があるのに気づく。
勝手に去って行ったくせに身勝手なと苛立ち、その衝動のままにこの手紙を読むのをやめて破り捨ててしまおうかとも考えた。
けどそれでも、何故彼女が去ったのかが書かれているのだという確信に似た何かに突き動かされ、結局は続きを読むのであった。
「やっぱり嫌だよ…‥。もっとずっと貴方の隣にいたかったよ…‥
一緒に笑って。一緒に泣いて。たまに喧嘩して……
そんなどこにでもいる当たり前のカップルみたいにずっと一緒にいたかった。
就職して、愚痴を言い合ったり、お酒が美味しいねなんて笑ったり、休みにはちょっと旅行に行ったり。
それで結婚して貴方の子供を産んで、一緒に年を取って、しわしわのおじいちゃん、おばあちゃんになって、それでもやっぱりたまに喧嘩したりして、最期はいい人生だったねなんて一緒に笑い合う。
そんな未来が待っていてくれてもいいじゃない。
一緒にいられる未来があってもいいじゃない。
どうして神様はこんなに意地悪なの? 私、何か悪いことしたかなぁ……?
どうして貴方の隣にいられないの? どうして貴方が隣で笑ってくれてないの?
いやだよ……。貴方の隣にいたいよ……。寂しいよ……」
彼女の魂の慟哭とも言うべき想いが綴られているのを見て、知らずの内に頬を何かが濡らす。この部分だけ強くなっている筆圧のせいで、他の部分よりも一層強く目に飛び込んで来る。何かに急かされる様にその先に目を落とす。
「ごめんね? 私、病気なんだって……。それもすごく進行が早くて致死性の高い病気なの。
今の医学じゃ治療もできなくて、どうする事もできないんだって言われましたこれからすぐに目が見えなくなっていくし、耳も聞こえなくなっちゃうそうです。
その後は自分じゃ身動き取れなくなって、そのまま死んじゃうんだって……
貴方の顔が見れなくなるなんてイヤだよ……
貴方の声が聞けなくなるなんてイヤだよ……
貴方の体に触れなくなるなんてイヤだよ……
けど、それよりももっとイヤなのが、そんな私に貴方が縛られてしまう事でした。だからといって許される事ではありませんが、せめて嫌いになってもらえる様にあんな事を言ったの。
でもダメだね。貴方にずっと嫌われたままでいるのはやっぱり辛すぎるよ……
だから、ごめんなさい。貴方が私の事を忘れているであろう頃に届くよう手紙をだしました。そんな卑怯で臆病な私を許してください。
そしてもし、私なんかの事を引き摺っているのでしたら、これを機に振りほどいて先へと進んでください。
大丈夫! 貴方はとっても魅力的なんだから、すぐにイイ人が見つかります。
そして、そのまま健康で幸せいっぱいのまま過ごしてください。
貴方がどれだけ幸せだったかという土産話を楽しみにしています。
本当は私じゃない誰かが貴方の隣にいるなんて嫌だけど、認めたくないけど、これから一緒にいられない私の役目を、まだ見ぬ誰かに託します。
だからどうかお願いです。幸せになってください。
それだけがここで終わってしまう私の最期のお願いです」
手紙はそう締めくくられていた。
読んでいる途中から、頬を伝った雫が紙を濡らして行くのを抑える事なんてできなかった。
彼女がどれだけ想ってくれていたのか、彼女がどれだけ無念だったのか。そこには全てが書かれていた。すぐに嗚咽を堪える事ができなくなり、彼女の手紙を胸に抱き締め、子供のように声を上げる自分を止められなかった。
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どれだけの間そうしていただろうか? ようやっと嗚咽も止み感情も落ち着いた頃、周囲に視線を飛ばすと、手紙を読み始めた時は高い位置にいた太陽も今ではすっかり沈みきり、窓から月の優しい光が差し込んでいる事に気づく。
長年つっかえていたシコリが取れたからだろうか? それとも、恥も外聞もなく声を上げて泣いたからだろうか?
スッキリとした心持ちになった私は、必ず幸せになってやると決意する。
そして、向こうで待っている彼女がうんざりするぐらい惚気けてやるのだ。
だって、それが彼女が遺した最期の願いなのだから……
いかがだったでしょうか?
本作は四月一日、つまりエイプリルフールの日に『嘘』を題材にしたお話を作ろうと構想を練った作品となります。が、投稿時期を確認された方はご存知の通り、間に合いませんでした\(^ω^)/
このまま来年の四月一日まで持ち越しかなぁ・・・
なんて思っていましたが、そのまま忘れてしまいそうだったので、急遽執筆する事と相成りました。
そんな裏事情はさておきまして、本作が読者様の心に何かを残す事ができましたら幸いです。