霊が見える俺の姉
俺の姉は霊が見える。
信じられないかもしれないが、本当の話である。
小さい頃から姉は何もない空間で一人笑っていたし、変な行動をしていた。
俺と談笑していたら突然はっとした表情を作ったと思えば、急にどこかに走った。急いで俺も姉の後を付いて行ったら、路地裏で今にも餓死しそうな子猫達がいた。
その子達は、姉と先住猫が中心に俺達家族と行き付けの獣医さんの手厚い治療のお陰で、全員生還し良心的な飼い主さんに貰われた。
そんな姉は大人になると刑事と成り、次々と手柄を立てた結果現在は警視になっている。
色々とやっかみが多いと思うが、あの人は儚げな容姿とは裏腹に豪胆な性格をしていた。姉が高校生の時イジメられていたが、どっから入手したのかいじめっ子の秘密(それこそ世間にばれたら警察行きか自殺するレベルの秘密)を手に入れていじめっ子を脅してイジメを辞めさせて恐ろしい人だ。
そんな人だから何かあっても大丈夫だろう。
一方俺はと言うと、普通に高校生活・大学生活を謳歌し、普通のサラリーマンとなっている。
まあ、姉の様な霊を見える体質になりたくないし(グロいのは大の苦手)、穏やかな人生が性に合っているから別に良い。
姉弟仲も特別良いと言う訳ではないが、悪くもない。程良い距離感で交流をしていた。
「京太郎。あの子と付き合うのは止めなさい」
将来を考えていた女性を姉に紹介した次の日。朝食の後始末を終わった後キッチンから戻った途端、姉は上記の言葉を吐いた。
「何でだよ姉貴」
「何ででも良いの。兎も角彼女と付き合うのはお姉ちゃん絶対に許しません」
頑固な姉は一度決めた事は梃子でも動かない。それは俺自身良く知っている。だが、彼女は俺が入社してから一目惚れした人だし、初めての恋人だ。そう簡単に別れたくはない。
「姉貴何でだよ。あの子は性格も良いし料理も美味い。しかも顔も良い。一体何が不満なんだ?」
「一つ訂正しなければならない場所があるわよ。あの子は絶対に性格が悪い」
「何を言って……」
そこで俺は姉の特異体質を思い出した。
「姉貴。あの子は殺人鬼なのか?」
「はあ? 何を言っているの?」
「だって姉貴がここまで嫌っているのは可笑しいじゃん。一回しか会ってないのに」
「……ああ。アレの事ね。……そう言えば京太郎はちゃんと説明していなかったか。……取り敢えず説明するからそこに座りなさい」
「アンタは勘違いしているけど私、幽霊は見えないの」
「えっ? 姉貴、霊が見えないの?」
「いや、霊は見えるのよ。ただ幽霊が見えないだけ」
「?? だからどう言う意味だよ」
「単刀直入に言うと」
「私が見えるのは人間の霊じゃあなくて、動物霊が見えるの」
「……はあ?」
姉によると姉が見えるのは人の霊ではなく動物の霊なのだ。
小さかった頃は、幽霊となった動物達と会話(姉曰く「テレパシーみたいに頭に直接伝わる」だそうで)していた。あの時の子猫の件も別の所で事故死した母猫が、動物の霊が見える姉の存在を他の動物霊から聞いて急いで子供の事を話したからだ。
「それじゃあ今までの姉貴が解決した事件も?」
「連続殺人犯は人を殺す前に大抵の場合動物を殺しているの。それに以外にも動物の霊がそこら辺にいるわよ。カラスとかネズミとか雀とかその他いろいろ。その子達に協力して貰って証言や証拠集めを手伝って貰っているの」
成程。動物の方が数も多いから事件の調査に便利だろう。
「……あの子さぁ、動物を飼っているでしょ」
「ん? ああ、兎を一匹飼っている」
彼女の部屋で大切に飼われているであろう兎の事を思い出した。彼女も実の子供の様に慈しんでいた。
「……その兎の前に、子犬か子猫か小鳥とかの女の子が飼いそうな可愛いペットを、小さい頃から飼っていたとか話し聞いている?」
「…………姉貴。単刀直入で言ってくれ。因みに前のペットの事は俺、何も聞いていない」
姉貴が少し悩んだ様に視線を左右に揺らし、意を決したように話した。
「………………あの子の後ろにね。十を超える動物の霊がいたの。それも俗に言う悪霊の様な恐ろしい表情を作った動物達が」
「理由を聞こうとしても彼等は全然返事をしてくれなくって。ただ『憎い』『お腹減った』『喉乾いた』『淋しい』『辛い』とかの負の感情しか持っていなかった。あの子が帰って京太郎が自分の部屋に戻った後、私は直ぐに友達の動物霊君達に調べたらね。
あの子、飼って最初の頃はちゃんとお世話をするんだけど、飽きたら餌とかの最低限の世話をしなくなって。機嫌が悪い時は舌打ちとか無視とか暴言とか。まるで玩具で遊ぶ様に嬲り殺した子もいたわ。
動物の世話も思い出した時か、機嫌が良い時か、アンタの様な彼氏が家に来た時位しか世話をしなくなっていたの。ファッション感覚でペットを飼っていたみたいねあの子」
愕然とした。あの子がそんな事をするなんて……いや、よく考えたらあの時の兎、何だか普通の兎よりも小さかった気がした。アレはそう言う品種ではなくて餌とか水とかの世話をしなかった結果、やせ細っていたと言う事か?
「それにあの子。動物所か女の子達の評判も最悪よ。男の前と女の前では態度が違うし、学生の時は酷いイジメをして被害者の子を自殺に追い込んだとか、それを金持ちの親が握り潰したとか。
兎も角、あの子は典型的な性悪ぶりっ子女なのよ」
「……そんな」
彼女がそんなどこぞの小説サイトの悪役みたいな女だなんて。いや、あそこは天使みたいな容姿の女の子が実はとんでもない性悪女だったと言うパターンが主流だから珍しくないか。
「それにあの子は……」
姉は煙草を咥えながら目を細めて遠くを見た。
「彼女に何か起きるのか?」
「……アンタに隠し事は出来ないわね。あの子近いうちに死ぬわ」
「えっ?」
「私の動物霊友達に、神社生まれの狐がいるのよ」
「どこかの寺生まれさんみたいだな」
「彼は人間の霊も見えるのだけど、彼曰く『ヤバい』そうよ」
「ヤバい」
けして多くは語っていないが、それだけでも彼女の今の事態が最悪だと言う事は間違いなさそうだ。
「彼にもあの子の姿を見て貰ったのだけど。あの子の背後にはあの子のせいで死んだ動物だけじゃあなくて人間の霊までいるそうよ。
生霊から死霊、果てには怨霊までもがあの子の後ろに引っ付いていたそうよ」
「おん、りょう」
「他の霊の負のエネルギーが合わさって本気でヤバい状態よ。外部からの悪意を加えればあの子の命の保証は……」
そんな会話をしたのがちょうど五日前。
俺は今、恋人だった人の葬式に出ていた。
あれからどうやって別れようかと悩んだ。出来れば彼女が飼っている兎の方も何とかしないと、ならばどうやって。そんな風に折角の土日を潰した。月曜日、結局良いアイディアも浮かばないで会社に出勤した。
しかし彼女の姿は見えず、『病気だろうか』と思ってラインを送ったが即読が付かず。帰りに彼女のマンションに寄ろうかと考えて仕事をしていた。
その日の昼に、俺は上司にあまり使われない会議室に呼ばれた。そこには呼んだ上司と見慣れぬ男か二人いた。
そして二人は刑事で、どうやら姉の事を知っていたらしい。(まあ、色んな意味で有名だからなあの人は)そこで少しの世間話をした後、本題に入った。
『御気分が悪くなると思いますが』
老年の刑事がそう前置きをした。
『何せ身元を特定できる物が何一つないもので。唯一の所持品がこの会社の名刺が一枚。その名刺の人物は今日無断欠席しているそうで……念のためにご確認を』
そして懐から取り出されたのは一枚の写真。
『うっ!!』
『!!』
写真は苦悶の言葉では済まされない、惨たらしい表情をした女の死に顔だった。流石に身体までは見えないが表情で無傷ではないだろう。
『今朝早く、とある山の管理者から通報がありました。日課の散歩をしていたらカラスや野生動物が何かを捕食している所を発見したんですが、動物達の隙間から人の腕が出たもので、コレは一大事だ! と通報したのですが……』
もう一人の若い刑事が気の毒そうに俺を見た。
『貴方の恋人ですよね?』
刑事さん達が帰った後、上司が気を使って早退させて有給を取らせてくれた。それから今日の葬式まで家に篭り切っていた。
一人で呆然とお焼香を待っている間、他の参列者の世間話が耳に入るのだが。
彼女を殺した犯人が逮捕されたとか。犯人は彼女が自殺に追い込んだ女子生徒の兄だったとか。
妹が自殺した後、彼女の父親がその件をもみ消されて彼の家は一家崩壊した。彼は今までチンピラモドキをしていた事。
彼が犯行に及んだのが偶々バイトとした先で妹を虐めたクラスの同窓会があった。何やらトラブルが起きて、話の流れで妹に謝るべきだと言う話になった。
彼は今更何を言っているんだと! と怒りにウチ震えていたが、あろう事がイジメの主犯だった彼女が彼の妹に、彼の家族に暴言を吐いた。(その場にいた人間が口を閉ざす程)よりにもよって彼の目の前で。
彼が殺意を湧くのもいた仕方ないだろう。
そのまま怒りのまま会場に出て行った彼女を拉致、そのまま暴行を加えて山奥に放置された。そして発見された彼女は病院で息を引き取った。死因はお腹を刺されたせいによる出血多量死で
つまり彼女は生きたまま獣に喰われたのだ。
生きながら動物達に食べられる。玩具の様に動物を殺した彼女には相応しい死かもしれない。
「でもまあ、あんな死に方をしたのは親にも責任があるわよね~」
「何せ一人娘だから甘やかしていたらしいじゃあない? 聞けば、犯人はあの子がイジメ殺した子の身内らしいじゃあない? 確か父親がもみ消していたんでしょ?」
「昔はそんな事出来たけど流石に今は無理でしょうね」
「このご時世だし……ほら、あの人身内びいきが酷いでしょ? あんまり酷いから従業員のほとんどが辞めているみたいよ」
「そう言えば娘の同級生で父親の系列に働いていた子、同窓会の後皆辞めたらしいわよ」
お焼香を上げたのであろう二人のおばちゃん達がそんな話をしていた。それを誰も咎めない時点でよっぽど酷い家族だっただろう。
そして俺の番になった時だった。頬に強い衝撃。
見ると彼女に父親らしき男と母親らしき女が俺を憎たらしげに睨んでいる。父親の拳が握られているから
この人に殴られたのだろう。それにしても大して痛くないのは彼が年寄りなのか、憔悴してあまり力がないのか。
どうやら彼等にとって俺は可愛い娘を殺した男らしい。勿論俺が彼女を殺したと言う訳ではない。ただ、彼等の主張によると、あの日彼女の呼び出しに来なかったお前のせいだ、お前が来ていたら娘は生きていた筈だ、と。
彼等を止める人達は確かにいた。それは逆恨みだと。彼は悪くないだと。
確かに事件があった日、彼女からラインがあった。しかしその時俺は、席を離れていて戻った時直ぐに返信を返したが、即読になる事もなく『父親が迎えにきただろう』と思ってそのままにしていた。
そう考えればその人達の言う事も正しいだろう。だから俺が言う言葉はただの八つ当たりだ。恋人を失くした男のただの逆恨み。
「アンタ達があの子を殺したんだろうが。アンタ達が甘やかさなければ、アンタ達がイジメをもみ消さなければ娘は、俺の恋人は死なずにすんだんだ。アンタ達が普通に躾けていれば彼女はイジメなんてしなかった。アンタ達が殺したんだ!!
出鱈目だと? だったら何でペットを何度も買ってやるんだよ。可笑しいと思ってなかったのか? 短期間で何度もペットが死んでいる時点で可笑しいと思うだろうが!?
お前等は娘を殺人犯にする手助けをした人でなしの愚図だよ!! 地獄に堕ちるんだよ!!!!!」
キレた彼女の父親と乱闘騒ぎを起こしたけど、周りの人に止められ引き離された。
「すみません。こんな騒ぎを起こしてくれて」
「いいや。君が言った事は間違った事は一つもない。あの二人がしっかりと躾けていればあの子は死なずに済んだんだから。それに本当なら私達の様な身内が叱らなければならなかったんだ」
俺は彼女の叔父――母親の弟――と共にその場から離れた。
「私もあの家族に対して苦言を言っていたんだが、中々理解してくれなくてね。私の家族に被害が及ぶ前に縁を切ったんだが……やはり若者が死ぬのは心苦しい」
「…………彼女が飼っていた兎は?」
「一応私が預かっているが、家内が動物アレルギーでね。知り合いに譲ろうと考えていたのだが。……君が引き取るかい?」
俺は縦に首を振った。
「お帰り。……その子は彼女が飼っていた兎?」
ソファにくつろいでいた姉はチラリと俺の方を見たが直ぐに雑誌に視線を戻した。
「うん。モコって言うんだ。道具とか餌代は俺が稼ぐし世話も俺がするから飼って良いよな?」
「別にー。私も散々動物拾ったし、母さん達も許すわよ。兎の世話の仕方ちゃんと勉強しなさいね」
「分かっているよ。……姉貴」
「何」
「あの子のやらかした所業、詳しく書いているのがあるだろ? ……見せてくれ」
「……知らないわよ」
姉が指差した先には書類が十枚机に置いていあった。
ばさりと報告書を放り投げてソファの背もたれにもたれ掛かる。姉貴はモコと何か会話をしている。
「…………姉貴」
「ん?」
「酷過ぎて現実味が持てない」
「残念ながらそれは全て本当の話よ。マスコミだって手に入れている情報だから。そうでしょモコ?」
姉は現実を突きつける。俺は動物の言葉なんて分からないのだが、モコが頷いた気がした。その様子に思わず項垂れる。
「あねきー」
「今度は何?」
苛ついたのか姉の返答が少し乱暴になった。俺はソレに気にせず本音をぶつけた。
「やっぱり俺、彼女が好きだわ」
「……報告書ちゃんと見た?」
「見たよ。見た上で答えたんだ。彼女がとんでもない悪人だった事も惨たらしい事をやらかした事も。……それでもさあ、何でか好きな気持ちが消えないんだよ」
「俺って可笑しいのかな?」
「……それだけ相手の事が好きだったて事でしょ? 大丈夫よ。偶々アンタが引っ掛かった女がとんでもない性悪女なだけ。しかもあの女が初めての彼女だったんでしょ? アンタ中高男子校だったし、大学じゃあ女っ気のない生活をしていたし。生きていればその内あの女より良い女を捕まえられるわよ」
「……そうかな」
彼女と同じ様に好きになる相手がいるのかな? ……今は考えないでいよう。
「所で姉貴は何でモコと会話しているんだ?」
「モコと直接会話しているんじゃあないのよ。コンが通訳しているから」
「コン?」
「神社生まれの狐」
「そんな可愛い名前なの? 神社生まれさん」
京太郎
主人公であり、本作の語り手役。
悪人らしい悪人に出会っていない為、女の本性を聞いて幻滅はするけど恋心は消えなかった。
後に姉お墨付きの女性と出会い、結婚する。
姉
警視。動物霊が見えるが人の霊は見えない。そのせいで良く動物の保護をしている。
色々エキセントリックな性格をしている。地味にブラコン気味。動物関係のキチンとした団体に毎年寄付している。
恋人
前作の『この恨み晴らさでおくべきか』の女。
京太郎の前では猫かぶっていた為結婚まで進める事が出来たが、姉が女と結婚を阻止させるし、その内ボロが出始める為結婚はまず無理。
因みに京太郎は女に『恋していた』が『愛して』はいなかったので、結婚しても直ぐに離婚していた。
神社生まれの狐
実は結構偉い立場の人。恋人を初めて見て『あ、コイツ地獄落ちるわ』と瞬時に理解した。動物霊のまとめ役として活躍している。因みに『コン』と言う名前ではなく、姉が勝手に付けた名前。
恋人の両親
恋人がああなった原因。恐らく両親がまともに躾けたらこんな事には成らなかった。
娘が死んだ後、娘の同級生・その親達が辞めたのを切っ掛けに辞める従業員が増え、後に親類達が起こしたパワハラ・セクハラのせいで訴えられる。しかも全部此方側の敗訴で莫大な慰謝料を支払う羽目になる。そのせいで豪邸から一転、プレハブ小屋の様なボロ家にまで転落する。
娘の四十九日の日に放火が起きて二人は焼け死ぬ。
恋人の叔父
数少ない善良な人間。後に彼の家族以外の親類は一家離散か心中か自殺かでほぼ全滅状態になる。
間違いなく地獄に行っている筈の姉家族の為に、彼は少しでも刑期が短く成る様に仏に祈りを捧げている。
モコ
恋人が飼っていた兎。
あのままだったら間違いなく恋人の元ペット達の仲間になっていた。
京太郎に引き取られた後、先住民である動物達(猫や犬など)に可愛がれたり、動物霊達と集会したりと幸せな余生を送る。
前のペット達の事が唯一の心残りで、早く彼等の怨みが晴れて大切に飼ってくれる飼い主の元へ転生出来る様に狐の所の神社にお参りしている。




