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XX  作者: すうじ
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 翌日、7月23日は嘘のような晴れだった。マリは午前中に部屋の掃除や洗濯物などを済ませた。ついでに普段は干さないものも干そうと思って麻衣子の部屋に入った。ベッドの上ではだらしない格好で麻衣子が寝ていた。

 マリは久しぶりに母が寝ているのを見た。

「というかいつの間に帰っていたかしら……」

 昨日の夜なんだろうけれど、まったく気が付かなかった。マリは麻衣子を起こさないようにそっと部屋を出た。

 ユメは朝から落ち着かなかった。

「まだでしょうか?」ユメが何度目かの問いをもう一度繰り返す。

「もうそろそろよ」マリは何度目かの同じ答えを返した。

 お昼過ぎ、見計らったようなタイミングで、チャイムが鳴った。

「私が出ます」そう言ってユメは玄関に向かった。

「誰が来るんですか?」みくが聞く。

「見ればわかるわよ」とマリは言った。

 玄関から声が聞こえる。そして彼女が部屋に入ってきた。

「お邪魔します」

 茶色い髪にデニムの七分丈パンツ、そしてキャミソールを着たその人物は、

「待ってたわよ、貴子」

 小笠原貴子だった。

 ユメは釈然としない面持でマリを見た。

「そろったわね」マリが言う。

「どういうことですか?」ユメが当然の疑問をぶつける。

「そのままの意味よ。この場にいるのが川村ユメの親よ。わたしと、貴子と、それからみく。川村ユメは、その三人の子供よ」

 大きな鳥が窓の外に止まった。首を二三度振って、そのまま飛び立った。

 マリは大きく息を吐いた。


「わたしたちはこの3週間ほど川村ユメの父親を捜していた。なぜなら彼女は自分がタイムトラベラーである証拠としてそれを上げたから。そしてわたしは彼女がタイムトラベラーであることを確かめるようにと母に頼まれたからだった」

 マリは話し始めた。

「ただそれだけではあまりに漠然としすぎている。だからユメはヒントを持ってきてくれていた。彼女が言うには自分の父親はN女のいるらしいとのことだった。それなら話は簡単だ。N女は女子校だから男性はほとんどいない。わたしたちはN女の男に的を絞って探し始めた。探す手段もユメがおぜん立てしてくれた。彼女は親子判定機という機械を持ってきていた。それを用いればすぐに血縁がわかるという代物だった。で。わたしたちはそれを使ってN女の男性を撃ちまくった」

 わけのわからないという顔で貴子がマリを見ていた。マリはそれを笑顔で封殺した。

「その結果、N女の男性スタッフの中にはユメの父親がいないことが分かった。その後わたしたちは貴子の家族にそれがいるとわかって、貴子の家族を調べてみて。けれどもその中にもやっぱりユメの父はいなかった。そこでわたしたちは行き詰ってしまった」

「はい」ユメがうなずく。

「行き詰ったわたしたちは吉田さんに相談したわ。吉田さんは親子判定機を調べることを提案してくれた。親子判定機で撃った相手とランプの色をまとめると次のようになった」

 マリ――赤。

 みく、貴子――橙色。

 貴子の両親弟――黄色。

 貴子の祖父――緑。

 その他――黒から紫。

「これからわたしたちは親子判定機は遺伝情報か、それ以外の情報かを使って血縁を調べ、結果を虹の七色で表示するマシンと予想した。これが正しいなら橙色の人の血縁には必ず親が来るはずだわ。そして橙が出たのはみくと、貴子だけだった」マリは続ける。

「でも貴子の近くには赤は出なかった。それどころか彼女の親兄弟は全部黄色、これが言っているのは、血縁的に貴子に隣接していて、かつ彼女の親兄弟とは一つ離れていること。ところがそんな存在、貴子にはいない。調査は暗礁に乗り上げてしまった」

 マリは話を続けた。

「そこでもうわたしは一度色のマップを見直した、そしたら少しおかしなことに気が付いたの。わたしは母さんからわたしとみくは異父姉妹だと聞いていた。でもそれが正しければ、わたしとみくは普通の兄弟姉妹の半分、つまりは四分の一程度しか血がつながっていないことになる。言ってしまえば、わたしとみくは姉妹や親子というよりも、祖父母と孫くらいの血のつながりしかないはずなのよ。けれど、さっきの親子判定機の推理が正しいなら、わたしとユメは半分くらい血のつながりがあることになるわ。これはおかしいと気がついた」

 マリは少し間を置いた。誰も口を挟まなかったので、マリは話を続けた。

「だからみくをだましてみくとわたしの血縁を調べてみたの。さっきの親子判定機の推理が間違っている可能性だって大いにあったんだけど、結果はご存知。わたしとみくは義理の姉妹だった。みくは母さんの友人の娘だった」

 貴子は驚いたようみくを見た。みくはすまし顔で反応しなかった。

「さて、ここで問題よ。わたしとみくは血のつながりのない義理の姉妹だった。それなのに、みくとユメは血縁があると、親子鑑定機は判定した」

 ここに子供が一人いて、その子の母親がいる。

 そして二人、その子どもと半分の半分、だいたい四分の一程度血のつながりのある人物がいる。その二人と、母親には血縁はない。このときどんな答えがありうるだろうか?

「答えは簡単、その二人はその子供の祖父母しかありえない」

「ですが、今その二人は二人とも女性ですよ?」ユメが疑問を口にした。

「うん、そこなのよね。わたしも正直自信はないし根拠もない話だと認める。でも未来のことなんて誰にも分からないからわたしは放言しちゃうわね。多分わたしたちやっちゃったんじゃないかしら?」

「やっちゃったとは」ユメは静かに訊ねた。マリは答えた。

「同性生殖、しちゃったんじゃない?」

「そんな! 信じられません!」みくが叫ぶ。

「どうして?」

「どうしてって、だって同性生殖なんて聞いたことありません」

「そんなことないわよ。性の分化が中途半端な生き物はわりといるわ。例えば魚類の一部では サメやワニは水族館みたいなパートナーがいない環境下では単為生殖をおこなうことが知られているわ」

「それは魚類です! 哺乳類じゃありません!」

「哺乳類に限定しても、マウスでよかったら技術はもうあるわ。カグヤっていうマウス知らない? もう10年以上前にT工大の先生が作ったマウスで、世界で最初の同性生殖で生まれた哺乳類よ。確かなんかの万能細胞を使って作ったのよね。今はES細胞とかiPS細胞とかいろいろあるし、あと十年くらいたてばできてもおかしくはないでしょ」

「でも――」みくはまだ抵抗しようとした。

 ていうかね、とマリは続けた。

「未来のみくはタイムマシン作ってるのよ? そんな奴なら同性生殖なんてできて当然だと思うの」

 みくは一瞬ひるんだ。

「それにみく、あんたわたしのこと好きなんでしょ?」

「ええ、そうですけど、なにか?」みくは堂々と答えた。

「わたしのことえろい目で見てたでしょ?」

 みくはせき込んだ。

「わたしの彼女になりたいんじゃない?」

「ちょっと姉さん!」

「わたしとえろいことしたいんじゃない?」

「……」

「で、どうなのよ」

「ええ、そうですよ! 私は姉さんとやりたいです。彼女になりたいです! だから何ですか!? 別にいいでしょう!? 姉さんが夏になってえろい格好で妹誘惑するのが悪いんです!」

 犯人は自白した。

 よく状況を理解していない貴子ですら白い目でみくを見た。

 ひどい自白だった。マリは明日からもう少し厚着をしようと思った。

 貴子が口を開く。

「なんだか意味が分からないけど……一応言っとくけどさ、あたしは別にマリとえろいことしたいなんて思ってないからね?」

「そう、じゃあこれは何?」

 そう言ってマリは一枚の写真を見せた。それは白い布で出て来た衣装だった。背中が大きく開いた白いレオタードに花のように広がった短い青いスカートをくっつけたような構造をしていた。スカートとともに紺色のスパッツがあり、そばにはヒールの高い青いショートブーツが置いてあった。なんというか、どう見てもプリティでキュアキュアだった。

「それは、どうして」貴子が絶句する。

「この間貴子の家に行ったときに光先輩が教えてくれたの。これあなたのだそうね?」

「お姉ちゃん……なんで」

「サイズもわたしもぴったりだって。いつの間に調べたの?」

「いや、ち、違うのよ? 別にマリンに着せたいとかそういうわけじゃないくて」

「この衣装、キュアマリンのコスプレよね?」

 貴子は顔を赤く染めた。

「……変態。貴子は変態。有罪」

「ち、違うの!? あたしはただマリがかわいいから着せたいと思っただけで、決していやらしいこと考えてたわけじゃないの!」

「貴子先輩あきらめましょう。すべては姉さんがかわいいのが悪いんです。もうここまで落ちてしまいましょう……」地獄の底から響くような声がみくの口から洩れる。

「あたしを変態シスコンと一緒にするな!」

「私だってコスプレ趣味のヲタなんかと一緒にされたくありません!」

 変態二人が見にくい争いを続けていた。まるで地獄絵図だなと、マリは思った。

 マリは話を戻した

「まあこんなわけだから……一番ありそうなのはこんな話じゃないかしら。わたしたちって言ってみれば三角関係じゃない? 二人ともわたしに惚れてて、わたしはどちらかを選ぶなんて性格的に難しそうだし、ずるずるはっきりしない関係を続けると思うの。そしてついに堪忍袋の緒が切れた二人が自分たちの持てる技術の全てを使って、やっちゃったとか」

 ほら、この子たち頭だけはいいから、とマリは続けた。

「というか自覚があるならはっきりしてくださいよ」みくが唇を尖らせた。

「しょうがないでしょ。できないものはできないんだから」

「となると後は倫理的な問題くらいでしょうか?」みくが聞く。

「あんたがそんなこと気にするとは思えないわ」

 マリが傷つけられたと勘違いしたとき、みくはためらわずに鈍器を握った。ユメは決めつけたら周りが見えなくなるところがある。それから真顔に戻って言った。

「でも、実際そこが問題だったのかもしれないわ。未来のわたしがユメに本当のことを教えなかったのは、倫理とか法律の問題をクリアせずに、暴走したからじゃないかしら? 未来にはそういう子供がいっぱいいた?」マリがユメに聞く。

「いいえ」ユメは首を横に振った。「聞いたことありません」

 だから、マリはユメに親のことを説明できなかったのだ。ただ親はこの学校に一緒に通っていた。それが伝えられる限界だったのだ。

 そこまで言って、マリはユメを見た。

 ユメは無表情で呟いた。

「私は、ずっとお父さんと一緒にいたのですね」

「正確にはその半分だけど……貴子には会わなかったの?」

 ユメは首を横に振った。

 未来の事情はマリには分からない。でも、貴子とは会えない何かがあったのかもしれない。

「ごめんなさい」マリはユメに謝った。

「どうしてですか?」ユメは不思議そうな顔をした。

「わたしが謝るのは筋違いだってわかってる。でもわたしは、わたしたちの勝手な事情で、命の倫理を犯してまであなたを作ったのよ? 最低よ」

「姉さん」

「わたしたちはきっと許されないことをした。その上にあなたが家出するまで追い詰めるなんて、わたしは最低だわ」

 ユメはマリを見た。ユメは「いいえ」と首を横に振った。

「そんなこと言う必要はありません。私はお母さんのことを恨んでなんかいません」

「でも」マリは何かを言わなければならないと思った。けれどそれが形になる前にユメが遮るように口を開いた。

「お母さんは、どうして私の世話をしてくれたのですか?」

「どうしてって、それは、母さんにあんたの世話を頼まれたもの」

「それだけですか?」

 ユメがじっとマリを見つめる。マリは一瞬言葉に詰まる。

「お母さんはお父さんを探すためにトイレに入ったり、貴子に変なことをしたり、体を張ってくれましたよね? どうして私のわがままに付き合って、そこまでしてくれたのですか? それもすべておばあちゃんに頼まれたからしぶしぶしたのですか?」

 確かにマリは、ユメのためなら自分の試験結果も別に気にならなかったし、やりたくないこともした。どうしてそこまでしたのだろう。

 もちろん麻衣子から頼まれたから、というのは嘘ではない。でも――それ以上に、マリは、ユメのためにできる限りのことをしてやりたいと思った。

 この子のために努力したいと、そう思った。

(ああ、そっか)

 そこまで考えて、マリは自分の心を自覚した。

 自分はこのいきなりやってきた子供のことを、冗談ばかり言って人を馬鹿にしているとしか思えない水色髪の女の子を、だけどどこか抜けていてマリのことをお母さんと呼ぶこの少女を、もうとっくの昔に自分の家族だと思っていたのだ。

「思うのですが、子供というのはそういうのは大体わかるものですよ」

「そういうのって何よ」

「親に愛されているかどうかくらいわかります」

「嬉しかったです。お母さんの子供に生まれて、楽しかったです。例え間違った命でもそんなの関係ありません」

 それに、とユメは付け加えた。

「私は自分の父を知りたいと思いました。そしてその答えを知れました。それは確かに予想していた形とはだいぶ違いましたけど、でも私の家族は、とても素敵な人たちでした」

「ならそれで充分です」

 ユメは、ありがとうございます、と言って頭を下げた。


「ユメはこれからどうしたいの?」マリの問いにユメは答えた。

「私はこれからずっとお母さんたちのそばにいたいです」

「じゃあ、そうすればいいわ」

「……そろそろですね」時計を確かめたユメが言う。

「何が?」

「超新星爆発」

「ああ、そういえば今日って言ってたっけ」

「見に行きませんか?」

「まだ昼よ?」マリは怪訝な表情を浮かべた。

「ベテルギウスは冬の星ですから、夏は昼間しか見えません」

「そういえば冬の大三角だっけ?」

「姉さん、見に行きましょう」みくに手を取られて外に出た。

 マリは意味もなく時計を見た。

 時刻は、13時33分だった。

 ユメの予言を思い出す。

 ベテルギウスの超新星爆発。

 Ⅱ型超新星。

 放出される10の40乗ジュール以上の莫大なエネルギー。

 吉田が語ったタイムマシンに必要なエネルギー。

「お母さん、みくさん、それから貴子さん。本当にありがとうございました、この三週間は私にとって、まるでお菓子の中にいるように、まるで夢の中みたいに幸せな日々でした」

 マリは振り返った。扉の向こうにユメが見えた。その顔は夏の濃い影の中に隠れて見えなかった。いつもの無表情だったのだろうか。それとも違ったのだろうか。

「さようなら」

 その言葉が聞えた気がした。

 13時34分。

 扉が閉まる。

 微かに昼が明るくなったような、そんな気がした。みくと貴子が背後で騒いでいるのがマリにもわかった。マリは家の扉を開けた。そこには誰もいなかった。

 ユメはいなかった。

 ユメはマリたちの前から消えた。


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