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マリがそのことを話すと、みくはほら見ろ、と言わんばかりに胸を張った。
「まだ何かが決まったわけじゃないわ」
マリはその日のうちに貴子の姉を撃つことはできなかった。だからまだ彼女がユメの父親だと決まったわけではない。
「でも姉さん、小笠原先輩を撃ったとき出た色は橙色だったのでしょう?」みくが確認するように問う。
「ええ」マリはうなずいた。
「だったらもう決まったようなものじゃないですか? ユメ、あの親子判定機はあなたの両親に近いほど赤色に近い色が出るのですよね」
「はい」みくの問いにユメがうなずいた。
「そして実際マリは赤色が出て、その妹の私には橙色が出た……今小笠原先輩も橙色が出た。ということは私たちが散々探してきた父親は小笠原先輩の兄弟姉妹にいると考えるのが一番自然です。違いますか?」
「まあそうでしょうね」マリもそこまでは同意した。
「しかもその姉妹(?)には現在最有力の容疑者がいます。これはもう決まったも同然ではないですか?」
「貴子には弟さんもいるそうよ。まだそう決めつけることじゃないわ」
「その弟さんはN女に通っているのですか?」
「そうは言っていないけど」
「じゃあ『一緒にN女に通っていた』とは言えないでしょう?」
未来のマリはユメの親は二人ともN女に通っていたと言ったらしい。それが正しいなら確かに貴子の弟は問題外である。
「でも例えばこういう意味で言ったとかありえない?」
例えば、『昔一緒に通っていた(人を通して知り合った)』とか。マリが言うと、みくは不満そうに唇を尖らせた。
「姉さんは、そういう意味でさっきみたいな言葉を言うのですか?」
今の自分なら、多分そんな風には言わないだろう。でも、この言葉を言ったのは未来の自分だ。マリはそこまでは責任が持てない。
「けれど、どちらにせよユメの父親は見つかりそうなのですね」
「ええ」マリはうなずいた。
この親子判定機という機械が正しく血縁を鑑定しているなら、貴子とユメの 父親はマリとみくと同じ程度には血縁関係が近い相手のはずである。そしてそんな相手はそれほど多くはいない。これだけなら最悪虱潰しで何とかなるはずだ。
「なんだか意外とあっさり見つかりそうで、そこが少し不満です」みくが言う。
「あっさり見つかる方がいいじゃない。一体なにが不満なのよ?」マリが聞いた。
「だって、こういうのってもっとこう、知恵と勇気をかけた冒険の末に見つかるものじゃないですか? 私たちがやったのって言ってしまえば怪しい相手に総当たりでぶつかっただけじゃないですか。正直きれいじゃないです」
「あんたは小説の読みすぎよ」マリは呆れた。
マリはユメに向かって尋ねた。
「ねえユメ、本当にあなた自分の父親が誰か知りたいの?」
「はい」ユメは答えた。
「全然知らない人なんでしょ? 今まで縁もゆかりもなかった人がいきなり父さんって出て来て、それでユメは満足なの?」
「はい」ユメは逆にマリに問う。「どんな形であれ、自分の父親が誰なのかを知りたいと思うのは、普遍的な感情ではないですか? お母さんは自分の父親を知りたいと思いませんか?」
マリは少しだけ想像してみる。マリは自分の父親を知らない。母の言葉を信じるならば、マリの父は死んでいる。だけどもしも、例えばそれが嘘で、どこかで生きているとして、その存在がいきなり目の前に現れて、『オー会いたかったよ、マイドーター』とか言いながら、暑苦しい感じにハグしてきたとして、果たして自分はそれを受け入れられるだろうか?
無理だ、とマリは思った。そんなこといきなりされたらマリは間違いなくぶん殴るだろう。例えそれが血を分けた父親だとしても、マリはそいつと一緒にはいられない。
「姉さんは難しく考えすぎではないでしょうか」みくが言う。
「あんたは何も思わないの?」
「何も思わないわけではないですけど……たぶん私にとってはそこまで重要なことではないのだと思います」
そういうものだろうか。やはり妹の感覚はよくわからないところがあるな、とマリは思った。
「迷惑ですか?」ユメがマリに質問した。
「迷惑? なんのこと?」マリが聞き返す。
「お母さんは父のことなんて知りたくないと、前言っていました」
マリはそういえばそんなことも言ったなと思い出した。
「知りたくもないことを知らされるのは迷惑ですか?」
マリは少し考えて、答えた。
「ええ、そうね、確かにあんまり嬉しいことじゃないわね」
ユメはマリを見た。マリは言葉を続けた。
「でも、それは別にいいのよ」
「いいとは」ユメが聞く。
「あんたはわたしに迷惑かけてもいいの」マリが答える。
「どうしてですか?」
どうしてだろう。マリにもよくわからなかった。ただ、ユメにかけられる迷惑はそれほど嫌ではないと思った。
「たぶん姉さんは、こう言いたいんですよ」
二人を見ていたみくが口を開いた。
「『子供が親に迷惑をかけるのなんて、当たり前だから気にするな』って」
「えぇ……? 別にわたしこの子のことまだ変な子供以上には思ってないんだけど」
「それはそれでひどいですね」
「ひどい」ユメはわざとらしく泣いた。
「とにかく、あんたの父親捜しはやるから。それでいいでしょ」
「よいということにしましょう」ユメは鷹揚にうなずいた。相変わらず切り替えの早い子だ、とマリは感心した。それを聞いてみくが口を開く。
「でもそうなると少し問題がありますね」
「問題?」マリはなんのことかわからずに聞き返した。
「来週から期末試験じゃないですか。姉さんはそろそろ試験勉強に集中するべきです」
「ああ、期末試験、期末試験ね……」マリの目が泳ぐ。
「姉さん、実は忘れてたりしませんよね?」」
「わ、忘れるわけないじゃない! どの教科も試験の範囲とか授業で言ってんのに忘れるわけないわ!」
マリがまくしたてる。もちろんマリだって試験のことを忘れたりはできない。
「ただ――」マリは渋面を作り続けた。「ただ忘れたかったのは事実ね」
「姉さん! 試験なんて、と言って軽んずるべきではありません。姉さんは学生なのですから、もちろん学業に最も力を入れるべきです」みくは真顔で言う。
「そりゃそうでしょうけど、あんたにだけは言われたくはないわ」
マリはみくが机に向かって勉強しているところを見たことがなかった。そのくせ勉強は得意で、学年上位者の名前が張り出されるテストではそのリストにみくの名前が載っていないことをマリは見たことなかった。
マリは正直そこまでよろしくない。赤点は取らないが、平均点との戦いでは大きく負け越していた。そしてその芳しくない成績も日々の勉強の上に実現しているものである。最近はバタバタしてあまり勉強できなかったから、今回のテストはヤバいかもしれない。
「姉さんは忙しいなら私が一人でやってもいいのですが……でも待ってください」みくがふと違う考えを思いつく。「もしかしたらその試験、使えるかもしれません」
「使える?」意味が分からずマリは首を傾げた。
「確か小笠原先輩は成績よかったですよね?」みくはマリに質問した。
「ええ」マリはうなずいた。「大体学年1位を取ってるわ」
「私に考えがあります。ちょっと耳を貸してください」
みくはマリに耳打ちした。マリはみくの考えを聞いて、「ええぇ」と声を上げた。
「貴子の家ってそういうの許可するかしら?」
「ダメならだめでいいんです。とにかく一度聞いてみてください。上手くいけば一気にいろいろわかります」
マリは渋々うなずいた。カレンダーを見たユメは、「そういえばそろそろアレなんですね」とぽつりとこぼすように言った。
「そろそろ? ああ、初等部は期末テストとかないからそろそろ夏休みなんだっけ?」
「いえ、そういうアレではなくて、アレです」
「アレ?」マリが首を傾げる。マリが思うに、アレと言われてすぐに何かに思い至るのは、よほどの嘘つきかやましいことがある人間だけである。
「アレと言ったら決まってるじゃないですか。ベテルギウスの超新星爆発です」
来週の週末なんです、とユメは言った。
マリは窓の外を見た。窓の外は焼き付くような日差しの夏だった。
翌日、マリは貴子に今週末一緒に勉強会をしないかと誘ってみた。
貴子は「勉強会って意味あるのかしら?」とその効果に疑問を呈したが、それでも誘いに応じてくれた。それどころか、妹と従妹も一緒に自分のところに泊まりに来いと、貴子の方から言ってくれた。マリは渡りに船だとその提案に乗ると、貴子は「夜の勉強会ね」と鼻息荒くマリの手を握った。
最近、親友がちょっと気持ち悪いな、とマリは思った。




