それでも自動運転を使いますか?
人類が車の自動運転を実用化して長い時間が経った。
その間に車の進歩は留まることなく進み、今や車と会話をしながら目的地までゆったりとした時間を過ごすという光景も珍しくない。
人間の負担を減らすために開発されたAIを搭載した自動車は学習を続け、一個の人格ともいえるほどに発達した知能を宿した乗り物となっている。
便利で安全、そんな認識であるAIだが、やはり人間とは確実に異なる存在であると認識される瞬間はいくつもある。
例えば倫理観。
人間は思っていることをそのまま話すことは無く、相手の反応を考えて言葉を選ぶが、AIにはそんな思考は持ち得ておらず、全てストレートな言い方になってしまうため、時に人間を傷付けることもある。
そんなAIが車を運転し、会話をすることで起こる問題を語ろうと思う。
Case.1
ある日、一人の男性が車に乗り込む。
いつものように会社までの道のりを自動運転で行くことにしたのだが、この日は少し違っていた。
ドアを開けて運転席に乗り込み、シートベルトを締めて始動キーを口ずさむ。
「おはよう、ジャック。いつものように会社まで頼むよ。」
男の声に反応して運転席周りにあるディスプレイが点き、自動車が起動したのを確認できた。
この時代の自動車には登録した声でエンジンがかかるような仕組みが導入されており、セキュリティとキーレスの利便性で今ではどの自動車でも使われている。
『おはようございます。マスターの体重増加と筋力の低下を確認しました。徒歩か自転車での通勤を推奨します。』
自動車のシートには各種センサーが内蔵されており、そこから得られた情報によってAIは自動車での通勤を許さなかった。
「…いや、今日はちょっと疲れが抜けてないし『ではよい一日を。』あ!こら、まてジャック!」
AIの言葉を最後に自動車の電源は落ち、自動的にドアが開けられ、何度呼び掛けてもエンジンはかからず、物理的にキーを回すが、モニターに光が灯ることはなかった。
何度か呼びかけるが、AIが相手では情に訴えかけることもできず、仕事の時間もあることだし、諦めて物置から引っ張り出してきた自転車で会社へと向かった。
このようにAIの高性能化とセンサーの標準搭載が運転者の健康管理にまで及び始めると、そもそもの自動車としての役目を逸脱した助言をし始めるという始末となっている。
今日もまた、健康管理の観点から車を利用できずに体力を消費して会社に向かう大人の多い一日となった。
Case.2
2人の男女が自動車に乗り込む。
運転席に男性が、助手席に女性が乗り込んだところで始動キーによって起動した自動車によって警告が出される。
『警告。助手席の女性の体重が前日よりも急激に増加しています。医療機関へ移動しますが、よろしいですか?』
AIが出した警告は、助手席に座る女性と言う存在が昨日もいたということになり、さらに体重がかなり違うということはそれは別人を指すということに他ならない。
「…ちょっとどういうことよ。昨日は仕事で遠くに行ってたって言ったじゃない!」
「いや!違うんだ!これはきっとセンサーの故障で―」
怒る女性に男性が言い訳染みたことを口にするが、次にAIから伝えられる言葉によって止めが刺された。
『センサーの故障のキーワードに従ってセルフチェックを行います。…セルフチェックの結果、エラーはありませんでした。シートのセンサーの情報をディスプレイに出力します。実際の情報が結果と異なっていた場合は直ちにメンテナンスショップに搬入してください。』
ディスプレイには運転席と助手席それぞれのシートから得られた身長体重に加重バランスによる筋力のかたよりから汗に含まれる成分に至るまであらゆる情報が並んでおり、その情報がセンサーの故障を否定する材料となっていた。
「センサーの故障なんて嘘ついて!大体昨日私以外の女が乗ったのは事実じゃないのよ!」
そう言って男性の頬をひっぱたいて乱暴にドアを開けて立ち去っていく女性の背中を見ているしかできなかった男性にAIから言葉が掛けられる。
『急激な血圧の低下を確認しました。メディカルチェックを行ってください。』
女性に振られたという事実をAIには理解できないため、身体的な情報からのみで診断の助言を行うだけだ。
だが今の男性にその言葉が酷く癪に障ったようで、ディスプレイ目掛けて思い切り殴りつける。
万が一の事故に備えてガラスの飛散による被害を抑えるために非常に硬く作られたガラス面には人間の拳では到底被害を与えられるはずも無く、男性の怒りは無駄に手を痛めるだけで終わった。
『右手に損傷の可能性あり。直ちに医療機関での受診を行ってください。』