優しくない世界
小さな頃から、魔法というものに憧れていた。
現実とは全く異なる法則に沿って成り立つ、想像の世界にしか存在しない力。魔力を外部からの命令で操り、奇跡を起こす。それは力のある言葉や、不可思議な文字の羅列、芸術じみた図形と、本やゲームによって様々だったけれど、最終的に引き起こされる事象は同じだった。
理想を現実にする力。
だけど、成長するにつれて、現実をみなければならなくなった。
「……」
この世界は科学の力で動いていて、全ての事象は説明されなければならなかった。全ての源となる魔力なんてあるわけがなく、魔法は御伽世界の代物。
それでも想像を語る人は、次第に社会から弾かれていった。
だから、隠さなければならなかった。隠して、欺いて、嘘を吐いた。生きるために、社会に弾かれないように。
だから、それは必然。空想の世界の住人になれる、VRMMO。剣と魔法の世界。何をしてもいい、何を目指してもいい、誰にも邪魔されない、第二の人生。
一も二もなく飛びついて、その世界にのめり込んだ。自分の努力次第でどんな自分にもなれる、理想の世界。
「……」
目指したのは、圧倒的な手数で敵を翻弄し、跡形もなく消滅させる、誰も近づけない孤高の魔導師。HPは最低限、その代りにMPを最大限まで引き上げる。存在する魔術は全て覚え、自分で新しい魔術も作り上げた。
やがて、作り込んだ自分のキャラクターは、その世界の頂点に立つ一人になった。腕の一振りで何十もの炎弾が放たれ、暴風が巻き起こり、大地が裂け、全てを弾く盾が姿を現し、闇が覆い、光が弾けた。その世界は、人生そのものだった。
だから、なのか。
だから、本当の世界から追われたのだろうか。
「……」
異世界トリップ。
想像の中の、さらに奥にある、非現実。そんな場所に、作ったキャラクターの身体に魂を絡め取られて、堕ちた。
喜ばしい、といっていいのだろうか。その世界は、第二の世界よりも遥かに劣っていた。
ゲームを始めた初心者が数時間のプレイで倒せるようになる程度の、今の自分にとっては最下級魔術ですらオーバーキルになる魔物。それがその世界では強大な敵になるのだと知った。
自身の低い耐久力でも、傷ひとつつかない。誰も、この身体を傷つけることはできない。
この世界は、あまりにも脆かった。
「……は、」
世界に堕ちて一年後、適当に生きていたらギルドの最上位、Sランクになった。
二年後、魔物の大暴走に巻き込まれ、少し本気を出したら化物だと言われるようになった。
さらに一年後、ギルドから差し向けられたかつての仲間を殺すことが日常になった。
それから少しして、再び訪れた村がギルドの冒険者に襲われたことを知った。原因は、考えもせずに渡した一本の剣。自分にとって役にたたない、ゲームの世界にあったNPCの店で買った粗悪品。それは、この世界にとって全てを切り裂く神剣だった。
だから。
この世界に堕ちてから五年、この世界の人間に関わることをやめた。深い森の中に家のようなものを建てて、眠りにつくことにした。
魔術で土台を作り、樹木を操って空間をつくる。認識を阻害する魔術を張り巡らせて、その中で丸まったまま目を閉じた。いつの間にか食事は必要なくなっていた。
「……あは、」
微睡み、時折目が覚めて、再び眠りにつく。
正面の木々は、多い茂った葉を揺らしているときもあれば、重い雪を乗せて枝をしならせて、次の瞬間には真っ赤な紅葉を散らしていた。
それを何度も繰り返して、ぱちり、と目を醒ます。
視界に入る世界は、少しだけ変わった気がする。正面のそれは、もう少し小さかったはずだから。
そのことに、予測はついていた。よくある設定の一つ。
膨大な魔力を持つ人間は、長い時を生きる。それは、別の世界からきた自分にも当てはまるのだと、理解していた。
この世界に来る直前に五桁を突破した魔力を持つ身としては、気が遠くなるほどの年月を生きるのだろう。
二百年、三百年。それとも、千年を超えるのか。
長寿として描かれることの多いエルフの寿命は、数百年程度から千年ちょっと、だっただろうか。そんなことを考えて、宙に指を滑らせた。
「……あはは、」
開かれた空間の先に繋がる、別の場所。そこに映る老人を鑑定した。
MP 110
訪れる眠気を噛み殺しながら見下ろすその先で、老人は死んだ。百一歳だった。
他の老人を探して、同じように観察を繰り返した。
MP 115 享年 百一歳
MP 109 享年 百歳
MP 111 享年 百一歳
MP 119 享年 百一歳
MP 101 享年 百歳
多くが魔物や戦争で殺されていく世界で、老衰で寿命を迎える人間は少ない。それでも、得られたデータは、なんとなく正解を教えてくれたようだった。
……百を引いて、一の桁を落とす? それに、百を足す?
それでいくと、この身体が朽ちるまで約千年。妥当かもしれない。
この森に引き籠っていれば、千年くらいならどうにかなるだろう。
だけど。
その甘い考えは、すぐに打ち砕かれた。
MP 132 享年 百六歳
MP 146 享年 百十歳
意味が、法則が、成り立たない。
意味を理解するには、法則を成り立たせるためには――……わかりたく、ない。
もし、考えているこれが真実ならば、仮定は成り立つ。法則は成り立つ。それが意味することも、わかってしまう。
わかりたくない真実から意識を逸らして、仮定を否定する材料を探して。
そして。
MP 301 享年 三百十歳
「……は、あは、あはは、あああぁあああああぁああぁあぁああああああああああぁああああぁぁぁあああああああああああああぁああああああっ――――嘘だ、嘘だ、嘘だっ!」
これが真実なら! これが世界の法則だとしたら!
この脆すぎる世界で、何百年! 何千年! 何万年! 何十万年!
気が狂いそうになる時間を過ごせというんだっ! たった独りでっ――!
千年なら、予想内だった。でも、こんな、こんな――!
〈混乱状態になりました。状態正常化により正常に戻りました〉
〈恐慌状態になりました。状態正常化により正常に戻りました〉
〈錯乱状態になりました。状態正常化により正常に戻りました〉
〈恐怖状態になりました。状態正常化により正常に戻りました〉
〈錯乱状態になりました。状態正常化により正常に戻りました〉
〈混乱状態になりました。状態正常化により正常に戻りました〉
〈錯乱状態になりました。状態正常化により正常に戻りました〉
〈狂気状態になりました。状態正常化により正常に戻りました〉
狂ってしまいたいのに、鍛えたスキルがそれを許さない。こんなことを望んだわけじゃないのに!
「ああぁあああぁあああああああああああっ!」
〈天空級魔術【永遠の祈り】が発動〉
〈対象【自分】のため、強制キャンセルされました〉
〈天空級魔術【神の抱擁】が発動〉
〈対象【自分】のため、強制キャンセルされました〉
〈天空級魔術【同一世界】が発動〉
〈対象【自分】のため、強制キャンセルされました〉
〈天空級魔術【暗黒演舞】が発動〉
〈対象【自分】のため、強制キャンセルされました〉
〈天空級魔術【舞い上がる流星】が発動〉
〈対象【自分】のため、強制キャンセルされました〉
〈天空級魔術【翡翠の柩】が発動〉
〈対象【自分】のため、強制キャンセルされました〉
「……やだ、いやだ――こんな世界、だいっ嫌いだっ!」
―――――……
〈*****より***に外部介入が行われました〉
〈介入により、天空級魔術【空想世界】が発動〉
〈対象【自分】のため、強制キャンセル――*****の外部介入により再試行――対象【自分】のため、強制キャンセル――*****により、魔術理論の一部が書き換えられました〉
〈再試行――発動します〉
揺蕩うような世界で、長い眠りにつく。
ここは【空想世界】。狂うことができないなら、狂う必要のない世界に引き籠ればいい。
閉ざされた、自分のためだけの世界……それなのに。
声が、きこえるんだ。
誰かの、声が――
〈何者かが封印に接触〉
〈排除魔術の構築を開始――*****の介入により、強制キャンセルされました。再試行――*****により強制キャンセル、魔術理論の一部が書き換えられました〉
〈*****により封印解除が指定――解除条件を満たしていないため、許可されません〉
〈*****により封印解除が再指定――解除条件を満たしていないため――*****により解除条件が書き換えられました〉
〈封印を解除します〉
視線の先。
そこにあった、綺麗な双眸。
今まで当たり前のように向けられていた恐怖が、見あたらない。
純粋なそれに、心臓が鳴いた気がした。
……だれ?
きみが、起こしたの?
ねえ――
〈*****により、***に外部介入が行われました〉
〈***の保有スキル【MP最大化(大)】【MP上限突破】【最大MP二倍】が削除――削除失敗。再試行――成功〉
〈***に*****からギフトが送られました〉
〈ギフト開封――スキル【共に歩く者】を手に入れました。スキル詳細を表示します〉
〈【共に歩く者】最大MPの半分を相手に譲渡し、生死を共にする。一度のみ使用可〉
〈***に外部介入が行われました〉
〈**に【共に歩く者】を使用しますか
→yes
no〉
〈*****により、yesが選択されました〉
〈スキル【共に歩く者】を使用します――〉
寿命の計算方法
MP-100の後、一の桁を落とす
得られた数字から1までの合計を、100に足す
例
MP 301→301-100=201→20
20+19+…+2+1=210 210+100=310
これで主人公(推定MP五桁)の寿命を計算すると、約46万年になります。