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天国

まだまだ物語は急変しません。二人とものんびり暮らしてくれればいいと思います。実際小説にある様なトラブルばかりじゃ疲れてしまいますよね(笑)

お目汚し失礼します!

 今日は一体どんな現れ方をするんだろう。


 九時四十五分、駅の噴水前で、僕は本を読むふりをしながらあの騒がしい彼女を待っていた。読むふりなのは、昨日の様に油断していて何か悪戯でもされたらたまらないからだ。

 僕は人を待たせるということが苦手なので――そもそも待ち合わせをして遊ぶような友達はいないのだが――少し早めについてしまった。楽しみにしていたんだね! とからかって喜ぶ彼女の姿がまざまざと浮かんで、もうすでに帰りたくなる。ドタキャンする可能性も無きにしも非ずだったが、やめておいた。月曜日になってきっと彼女は騒ぐだろう。

 さて。待ち合わせまでにはあと十五分あるわけだ。僕は少しだけ考え事をすることにする。


 僕はいわゆる人嫌いというやつだ。友達がいた記憶は小学校五年生で途切れている。友達というものと不毛な会話を繰り返して、やれ誰が可愛いだのやれ誰に告白するだの、空気を読んで聞いてあげなければいけない、そんな面倒臭いものが嫌いだ。波風立てることなく、ただひたすらに平穏に過ごしたい僕は、本の世界の中に閉じこもることを選んだ。

 だから、そんな僕の世界を強引にこじ開けて、土足で踏み込んでくる彼女を僕は疎ましく思っている――ということはなく、むしろ興味を持っている。

 僕は最初の頃、彼女を結構冷たくあしらったつもりだったが、全く堪えていないのか、懲りることなく笑顔で接してくる彼女に、(ほだ)されてしまったのかもしれない。


 まぁ、彼女は相当な変わり者らしい、という噂はかねがね聞いていたし。

 案外言葉が通じることには驚いたが、話を聞かない節があるのは感じ取れる。それでも不快に思わないのは、彼女の魅力のおかげなんだろうか。

 話がそれたが、僕が言いたいことをまとめると、ようは彼女のことを知りたい、という至極簡単なものだ。


 そんなことを考えていたせいか、目の前ににょきっと伸びてきた手に反応するのが遅れた。丸められた中指が、ピンとしなり、僕の額を強打する。


「やぁやぁじみー君! まさか本当に来てくれるだなんて思わなかったよ」

「……だから普通に声をかけろって。ドタキャンしようかとも考えたけどやめてあげたんだよ、僕は優しい人間だからね」

「そのこころは?」

「月曜日に文句を言う君の相手をするのが面倒だなあって思って」


 歩き出した彼女に僕はついていく。ヒールを履いた彼女は、学校でいる時よりも幾分目線が近い。


「今日はどこに行くか決めてあるの?」

「うん、昨日は君のおすすめだったからね」

「どこ行くの?」


 にやにやと笑う彼女に嫌な予感がする。


「天国だよ」


 どうやら彼女は、本当に僕を殺すつもりらしかった。


 ……糖分過多で。

 彼女に案内されて、看板を見た瞬間に僕は回れ右をした。とんでもない素早さで腕を掴まれ強引に入れられたけれど。『スイーツ天国』と書かれた、ショッキングピンクが目に痛い。

 店内に入った瞬間の、雑多な音のかたまりに眉を顰める。蔓延した甘い香りに、彼女はキャッキャとはしゃぐ。上がっていく彼女のテンションに反比例して、僕のテンションは下がるばかりだ。


「あのねぇ、糖分過多で死ぬ前に、人間は太るんだよ、ブクブクと」


 生クリームが多いケーキを山盛り持ってきた彼女のお皿と、あっさりめのタルトを少し持って来た僕のお皿とを見比べて、僕は小さく溜め息を吐く。彼女は早速フォークを手に取っていた。


「そうだねぇ、じみー君ってひょろいよね。だいじょうぶ?」

「そういう君はどうなの? 最近お腹周りの肉は?」

「昨日も言ったけれどね、女の子にそんなことを言っていいと思っているのかな君は?」

「昨日も言ったけれどね、ごめんだからフォークを人に向けちゃいけません」


 ピンク色のゴテゴテした内装だけれど、案外女子ばかりという訳でもない。その事実に一瞬心が軽くなるが、居る男性客といえばカップルのもう片方側がほとんどで、再びどよーんと心が重くなる。


「何でそんなにテンションが低いのかなあ。だからじみー君って呼ばれるんだよ」

「ごめんね、生まれてこの方あだ名で呼ばれるのは初めてなんだ。何せ僕友達いないから」

「その冗談笑えな……って、じゃあわたしは君の友達ってことなんだねじみー君! 君は今、自分でそう言うことを言ったよ! わたしはちゃんと聞いていたよ!」

「さあどうだろう」


 肯定してもいないのに、喜びで更にテンションを上げる彼女に、僕は苦笑する。気分が上向いたせいか、大きな口で勢い良くケーキを頬張りだした彼女を見て、僕もまたちびちびとタルトを口に運んだ。さっぱりしたヨーグルト風味のクリームはとても舌触りが良い。


「あ、じみー君、クリームついてるよ。ベタベタだねぇ。あっ、今のはクリームが付いててベタベタっていうのと、物語の展開でよくありがちだよねっていうベタベタをかけたよ」

「解説が入ったことによりマイナス百点。どこ?」

「左のほっぺ。あ、そこじゃなくてもうちょい下……まぁいいやベタに行こう、じっとしてて」


 彼女の細い指が、僕の頬をなぞる。気恥ずかしくなって、僕は眉を思い切り顰めた。にしし、と笑った彼女は、次いで何かを見つけたらしい。


「やっほーしおりん! 奇遇だね!」


 彼女の手は僕の頬に添えられたままである。僕は慌てて顔を背けて、そうして彼女がようやく手をひっこめる。新しい登場人物、どうやら木下由紀の友人である人を見る。予想通りというか、当然なのだけれど、彼女は驚いた顔をしていた。


「……こんにちは、由紀ちゃん。由紀ちゃん、二人で来てるの?」

「そうだよー! わたしの仲よしさん、えっ……と、あれ、君名前は?」

桜庭(さくらば)さん、だよね?」


 何で初対面のしおりんさんが僕の名前を知っているんだ、と戦慄するべきなのか、本当に名前すら知らなかった彼女に怒るべきか悩み、結局反応を返さないことにした。


「ええーっ、何でじみー君の名前知ってるの? わたし知らなかったのに!」

「わたし、六組だから。クラスメイトの名前くらい憶えてるよ」


 ごめんなさい、僕は覚えていません。しおりんさんの名字の頭文字すら出てこない。


「え、ちょっと由紀ちゃん、この人とどういう意味で仲よしなの? そういうこと?」


 とんでもない疑惑を着せられて、危うく否定しかける。が、口から言葉が出るのをぐっとこらえた。彼女が上手くやってくれることを祈ろう。


「あはは、違うよ。それよりしおりん、誰か待たせてないの? いいの?」

「あっ、そうだった。また色々聞くからね! ……桜庭さん、失礼しました」


 しおりんさんが見えなくなるまで手を振っていた彼女が、とうとうこっちを見る。うずうずしているいたずらっ子の目だ。


「へぇー、君、桜庭っていうんだね。名前は?」


 今更か、という呟きは苺タルトの最後のひとかけらと一緒に飲み込んだ。カラになったお皿に、フォークを置く。彼女のお皿をちらと一瞥すると、最早ケーキが乗っていたという痕跡すらないほど綺麗に食べられていた。いつの間に。


「……興味ないんじゃなかったの」

「そういえばわたし、君のこと何も知らないなあって思ってね。君はわたしと仲良しさんなのに、仲よしさんじゃないしおりんの方が、君のことを知っているというのはなんだか、嫌だなあ」

「……結人(ゆいと)だよ。まったく、仲よしならせめて名前ぐらい知っていてほしいものだね」


 大げさな身振りで、呆れた風を全身で表すが、案の定彼女は気にも留めていなかった。ゆいと、の三文字を、口の中で噛み締めるかのように三回繰り返していた。


「じゃあさ、今日は、お互いのことを知るためにたくさん喋ろうか」


 どうやら僕が望んで居た、彼女を知りたいという欲求は満たされるらしい。僕から彼女に要求すれば、どんな報酬を要求されるかわかったものではないので、心の中で安堵する。


「そうだね」


 胸が詰まる甘い香りの空気を、コーヒーで流し込んだ。

誤字脱字等ご指摘お願い致します。

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