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4 家主

 二日後、私はマンションの家主の邸の応接室にいた。雨でスーツが濡れているのが申し訳なかった。

 賑々しい部屋だった。左側にはトラの全身大の剥製があった。脚を踏ん張り、頭を私のほうへ向け、牙をむいて吠えている。トラの前には、模造品と思うが、日本刀が二本飾り台にのせてある。その横にはガラスケースに入った、芸者の舞う姿の日本人形。その斜めうしろに、中国風の華やかな柄の、子供が入れるほどの大きな壷があり、それらの背後には、壁を覆い尽くす大きさのタペストリーが掛けてあった。その図柄は浮世絵調で、髷が乱れ、腰巻だけの半裸になった美女を取り囲んでいる化け物どもと、そこにいましも駆けつけんとする侍の勇姿があり、見世物小屋の絵看板みたいだった。

 私のうしろは、障子ふうにあつらえた窓で、天井近くの幅木には提灯がずらっと並び、天井からは金色のシャンデリアが下がっている。正面の壁は一部が赤茶色の模造レンガで、マントルピースの飾りがあった。マントルピースの上には達磨と写真立てと青銅の香炉があり、その上方には、勢いのついた筆さばきで「天火同人」と書かれた書が飾られていた。右手の壁には、古銭や小判のコレクション額がある。

 中央のソファセットがなければ、応接室とは思えない部屋だった。古物店にいるみたいだ。どういう感性をしていればこういう部屋になるのか、私には理解しがたかった。床の絨毯は緋色である。しかし、いま私が座っているソファも目の前のテーブルも、値の張る品であることは確かだった。


 彼女から話を聞いたあと、もう一度不動産屋を訪ねるか、それとも家主と直接交渉してみるか、私は悩んだ。あの部屋に入る許可と鍵を得る必要があった。けっきょく家主に直に会ったほうが早いと判断した。家主は心霊体験をしているから、その時の話を聞くこともできるかもしれない。しかし、紹介もなく会ってもらえるかというネックがある。家主の名と住所は『アブロイド』から預かった資料に記載されていたものの、私と家主の間を介してくれるような人物のあてはない。出たとこ勝負で、アポイントメントも入れずに訪ねてみることにした。

 家主の住まいは、車で一時間以上かかる郊外、というより田舎にあった。グレイのスーツに紺のネクタイで、私は自家用の幌つき軽トラックを走らせた。ライターには似つかわしくない車だが、宅配便のアルバイトには、車の持ち込みが有利なのだ。それで私の愛車は軽トラックとなっている。

 地図と住所を頼りに辿り着いたのは、坪数だけでも相当なものとわかる邸宅だった。周囲は田畑が広がり、農家が点在している。車を道の脇にとめ、数奇屋門の下でインターホーンを押した。が、中には入れてもらえなかった。

 車のせいで、宅配業者と間違えた年配の女が出てきたが、ライターとわかり、約束もしていないとわかると、旦那様はご不在ですと門前払いをくらった。予想はしていたし、それくらいであきらめる私ではない。道にとめた車の中で本を読むか仮眠をとるかして、二時間ごとにインターホーンを押した。その度に、マンションの話を聞きたいこと、どうすれば会ってもらえるかを伝えたが、返事はすべてつれないものだった。

 夕方になる少し前に一度引き上げることにした。このまま粘りたかったが、断れないコンビニでのバイトが入っていた。明日またきますとインターホーン越しに言って、私は帰路についた。

 翌日、コンビニでの深夜勤務を終えた私は、三時間ほど睡眠をとって、家主の邸へ再度向かった。雨だった。雨は私の気持ちをうんざりさせた。ワイパーが雨滴をかきだすのを見ながら、私は車を走らせた。昨日と同じに道の脇に車をとめ、インターホーンを押した。返事が変わることはなく、私は車に戻った。張りつくのも私の仕事のうちだった。雨はふり続け、車内はむっとしていた。

 警察官でもこないかぎり、私に移動する気持ちはなかった。そして、そんな事態にはならないだろうと判断していた。邸の造りが農家の構えでないところからみて、家主がこの土地の人とは思えない。街で財を成し、田舎に引っ込んだという感じだった。それだけの財を得るには、やはりそれなりのことをしてきた、ワケあり人物ではなかろうかと想像できる。そこから、警察と関わり合いを持つのを、毛嫌いするタイプの可能性が高いと察していた。

 昼をすぎ、三時をすぎたところで反応があった。その間に三度私はインターホーンを鳴らしていた。昨日の女が傘をさして私の車のほうへくると、そこに車をとめられていたんでは迷惑だ、裏に駐車場があるからそこにとめて、中に入ってこい、そう旦那様から言付かったと伝えた。私は駐車場の位置を女に教わり、そこへ車をとめた。


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