2 不動産屋
つぎの日、マンションを管理する不動産屋を訪ねた。駅の近くにあり、テレビコマーシャルも流している会社だ。カバンを肩に下げてガラスの自動扉を抜け、部屋を探しているんですと言った。通りに面した全面窓ガラスから日が入り、明るい店だった。
対応したのは、ネクタイの似合った若い社員だった。「どのようなお住まいをお探しですか」と、カウンターの椅子に座った私に、笑顔と親切で接してくる。感じがよく、客を装っているのが悪い気がした。しかしそこは仕事である。コーヒーはと言われ、それは断った。
折りをみて、私は目的のマンションのほうへと話の流れをもっていった。
パソコンを操作する男の表情に変化はない。「築年数がいってますけど、いい物件です」と説明してきた。ネットで、空き部屋があることを私はすでに調べてあった。
「同じマンションなのに、部屋によって家賃に一万円ほどの開きがありますね。間取りも同じみたいだし、どこがちがうんです」
男の顔に、わずかに変化が出た。眉が動き、笑顔がぎこちなくなった。
「――じつはですね」
男は笑顔を作りなおし、なごやかな雰囲気をこわさない程度に声のトーンを落とした。そして、四年前に事件があったことを話し、そのせいで三階の部屋だけが安くなっているのだと事情を説明した。
ああ、それでと、私は話を合わせ、つぎに聞きたいことへと駒を進めた。断ったのにコーヒーは出され、私はそれを一口飲んだ。味のないコーヒーだった。
「しかしそのマンションであの事件があったとは思ってもいませんでした。これはただの興味ですが、事件が起こった部屋の家賃というのはいかほどなんですか?」
男の目が、私を探るように動いた。
「いま現在その部屋はお貸ししないことになっています。マンションの持ち主のご意向です」
「四年も経っているのにですか」
「ええ。詳しいことは私も存じ上げませんが、そうなっています」
男は液晶画面に目をやり、それ以上その件に関しては答えるつもりがないことを示した。
「同じ階の、残りの三部屋は全部塞がっているのですか」
「一部屋だけ、隣の部屋が空いていますけど、ご希望されますか」
私は右手を振った。
「そうでしょうね。みなさんご辞退されます」
男は、それが当然というようにうっすらと笑んだ。
物件を案内しましょうかと男が言うのを、このあと約束があるし、話を聞きにきただけなのでまた出直すと、店を出た。その際に、ガラス扉に記された営業時間が、午後の八時であることを、私は記憶にとどめた。
マンションのほうへと足を運んだ。途中に公園があり、ベンチに座ると遅い昼食を摂った。カバンから、アルミホイルで包んだトーストサンドを出して食べる。インスタントコーヒーを入れたポットもカバンには入っていた。常に外食をする、経済的なゆとりがないだけの話だ。
私はつまらない男である。四十にもなって、収入も安定していないなら、離婚歴もある。結婚生活は三年で破綻していた。彼女に責任はなく、私が頼りないせいだった。近親者としては母と兄がいる。兄は結婚していて妻と子供が二人いた。ローンでマイホームを購入し、そこで母と同居している。花壇のある兄の家を、正月と盆に、母に顔を見せるために私は訪問する。それ以外で行くことはない。泊まったこともない。家庭は、私を落ち着かなくさせる。
――どうしてこうも私の人生はうまくいかないのかと思う。好き勝手に生きているのだから仕方ないとも思う。これまでそうやって生きてきた。この年になって、それを変えるのには無理があった。
レタスとチーズを挟んだサンドを頬張りながら、私は十メートルほど向こうで遊ぶ子供たちの姿に目をやった。服装と髪型でしか、男女の見分けがつかない幼い年端の子供たちである。子供たちは、じっとしてはおれないように動きまわっては、甲高い声を上げている。足元のおぼつかない子もいる。地べたに座り込み、ひとりで手を叩いている子もいる。木々が公園の周囲で緑の枝を伸ばし、風はなく、日差しもやわらかい。そんな中で子供たちは、生命を躍動させていた。まだ小さいが、その輝きは大人の比ではない。子供の澄んだ目を正面から見つめた時に、人はその輝きに出会う。未来は子供たちのためにあり、それを守るのが大人の役目だ。
少し離れたベンチの二つに、母親とおぼしき女性たちがそれぞれ二人ずつ座っていた。若い母親たちだった。最近の母親はきれいになった。そう思わせるほど、彼女たちはチャーミングだった。時代は変わったのだ。人も母親も変わる。
もし子供がいたら、私と元妻は離婚をしなかっただろうか。こんな日には、彼女も公園のベンチに座り、わが子が遊ぶのを見守っただろうか。そんな詮無いことを思ってみたりする。
用済みのホイルを丸め、ポットのコーヒーを飲み、タバコに火をつけた。携帯灰皿をポケットから取り出す。
不動産会社の男の話では、部屋は人に賃貸しないことになっていた。私の知るかぎりでは、忌まわしい出来事がおこった部屋というのは、お祓いがなされ、それからひと月ほどおいて、誰かを住まわせるのが通例だ。住むのは、不動産会社の社員かその知り合いである。つまり、一定期間関係者を住まわせ、差し障りがないことを証明してから賃貸に戻すというわけだ。それなのに、事件から四年がすぎたいまでも、部屋が賃貸物件になっていないというのは、そこになにかしらの不都合があるとしか思えなかった。
タバコを消し、ポットと丸めたホイルをカバンに入れた。昼休みは終わり、仕事を再開する時だった。子供たちとベンチの母親たちにもう一度視線を投げかけて、私は歩きだした。
百メートルほど手前の付近から、道を尋ねるふりをして、マンションのことを人に聞いていった。最初から事件や幽霊のことは出さない。それは相手の反応を見てからだ。噂が、地域の人の間で、どれぐらいの範囲で、どのような内容として伝わっているのかを知るのが目的だった。思わぬ情報をつかむこともある。外堀を埋めてから中心へというのが、私の取材での方針だった。効率の悪いやり方だし、古いやり方だったが、私はそうしていた。
しかし一向に成果らしきものはあがらなかった。マンションの所在地を知っている人もいれば、知らない人もいた。知っている人の中には、事件があったことをおぼえている人もいたが、幽霊の話が出ることは一度もなかった。思い切ってこちらからカマをかけると、怪訝そうな顔をされるか、とんでもない奴だと睨みつけられたりする始末だった。そうやって私は、マンションに近づきつつ、周囲をぐるぐるまわり続けた。かなりの時間をかけた。日は落ちていた。マンションの近くのコンビニでは、職業を明かして、ストレートに幽霊のことを持ち出したが、バイトの店員は、聞いたことがないという返事だった。
途方にくれたような面持ちで私は、マンションを前にした。目の前にするのは初めてだった。月並みだが、変哲のない建物である。夕闇が濃くなった空に、星が瞬きだしていた。
けっきょく幽霊の噂をひとつも耳にすることはできないでいた。だからといって、眉唾とは思っていなかった。ほんとうのことというのは、それがいい内容でない場合、慎重に隠されるものである。
それでも、手がかりがないのは痛かった。噂が面白半分に作られたのでなければ、それなりの体験者がいたはずである。できれば、その人物に会って直接話を聞いてみたいと私は思っていた。どうやってその体験者を探し出すかが難題だった。
見上げるマンションの、ベランダの窓には点々と明かりがともっている。三階部分には、どの窓にも明かりはない。それでも、どちらかが問題の部屋だと思われる窓が二つあった。いずれもカーテンがかけられていない窓だった。事件のあった部屋とその隣は、空室のはずである。そのカーテンのない二つの窓を、私は両方とも視野に入れてしばし見つめた。
動くものの気配もなければ、怪しい影が浮かぶこともない。
腕時計を見ると、不動産屋の閉店時間が近づいていた。私はマンションをあとにした。