ぼくはたくさんしあわせでした
動物とほのぼのしていた女の子の、動物視点のお話。よろしけば見てやってください。
自HPからの転載です
初めまして、こんにちは。ぼくは牛之助って言います。こうやってお喋りするのは初めてなのでちょっと緊張しています。でも頑張ります。
ぼくの飼い主は太一さんというとっても優しい人間さんです。ちなみに雄です。太一さんは番いのおてるさんと一緒に生活していて、子供が三頭います。あ、すみません間違えました。三人います。
一番上の和正さん。その次にリンさん。末がツウさんです。
みんなみんなぼくに良くしてくれるのですが、ツウさんとぼくはとくに仲良しなんですよ。この牛之助って名前も、ツウさんに付けてもらいました。
ツウさんは不思議な子です。まるで人間にするみたいにぼくに話しかけるし、ぼくを連れてあちこちを歩きます。とくにお気に入りなのが涌き水探しというやつで、あの子はおいしいお水のことをいつも考えています。
あ、ツウさんの見つけるお水は本当においしいんですよ?ぼくもよくもらうのですが、からだがふるえるほどまろやかでおいしかったんです。
太一さんたちにはイマイチあの感動は伝わらなかったみたいですが、ツウさんと二頭でよろこびを分かち合いました。
あと、彼女はよくぼくの背中で寝てしまいます。落ちないようにぼくも頑張るのですが、たまに和正さんやリンさんが手伝ってくれたりします。
しゃがむまでの間持っていて下さったり、とか。
でも最近はツウさんが大きくなってきたのでちょっと怖いです。もうそろそろやめてくれないかなあ、とぼくはいつも思っています。 でも、彼女にはなかなか伝わりません。他のことはちゃんと分かってくれるのに、これだけはやめてくれないんです。
落ちてケガをするのはツウさんなのに。
ああ、そうだ。最近ぼくたちの中にもう一人入ってくるようになりました。あ、いえ。本当は大分前にもう一人いたのですが、すぐいなくなっちゃったのでナシです。
お名前は、タツさまさんと言うそうです。ツウさんが言ってました。
なんでもエライ人らしくって、最初ツウさんはぼくの背中からじいっと見ているだけでした。彼女いわく、顔がちょっと怖いそうです。
残念なことにぼくに人間の顔の違いがあんまりよく分からないので、そうなんだ、としか返せませんでした。勿論、そのときの声は「モー」です。
でも、彼はとても優しい人だったんですよ。ぼくとも普通に目を合わせてくれるし、撫でてくれる手は凄く優しくて気持ち良くて。ツウさんをうっかり落としかけたときも、彼が支えてくれたんです。最近では、彼女を受け止める役目は和正さんからタツさまさんに代わりました。
ツウさんも、そんなに怖がらなくてもいいと思うんですがねえ。
と思っていたら、いつの間にか二人は仲良くなっていました。まあ予想通りといいますか、二人ともいい人ですからね。仲良くならないわけがないんです。
ちょっとだけ寂しいなって思ったのは、秘密ですよ?
あ、そういえばですね。一回だけぼくの心の声を代弁するようにタツさまさんがぼくの背中で寝るのをツウさんを注意してくれたことがありました。
効き目、ありませんでしたけどね。でもそのとき、ぼくと目を合わせて彼は言いました。
「お前も大変だな」
本当に彼は良い人です。
太一さんもおてるさんも凄くすごーく優しくて、和正さんはいいお兄さんでリンさんも不器用だけれど大事にしてくれて、ツウさんはぼくを大好きーって抱きしめてくれて、守ってくれるタツさまさんがいて。ぼくはとってもとっても幸せ者です。いつまでも続けばいいなって思ってました。
でも、世の中そううまくいかないものですよね。タツさまさんが来てからしばらくしてあと、刀を持った恐い人間がぼくたちのところにやってきました。
「きゃあああ!!」
「リン!」
恐い人は、恐い声を上げて問答無用でぼくたちに切り掛かってきました。
そのとき、ぼくは牛小屋でリンさんと和正さんの声を聞きました。
ぼくは慌てて出ていきました。すると和正さんがリンさんを連れて家から飛び出してきます。その後ろから。恐い人。
ぼくは二人を守らなきゃって、頑張りました。みんなみんな助かりますようにって。
後ろから恐い人を踏み付けて、いっぱい踏んで、踏んで、和正さんたちを逃がそうと頑張りました。
けれど変なんです。ツウさんと太一さん、おてるさんがいません。ダメです、一人でも欠けたらダメなのに。
「ツウは!?」
「多分、水場に…!」
良かったです。どうやらツウさんは例の涌き水探しに出掛けているよう、で。
「牛之助!!!」
あれ?
「――――!――!」
あれ?あれあれ?どうしたんでしょう。からだが動きません。動きません。からだが。からだ。
熱いです。
「―――!」
ああ、リンさん。そんな顔をしないでください。ほら、和正さんについていきませんと。あれ?でもどうしてぼくは彼女をこんな見上げているのでしょうか。いつもはこう、ちょっと目線を上げるだけでしたのに。おかしいですね。
ああそういえば、地面が、近い。
「―――――――――」
痛い。痛い、痛いです。首が、痛い。ツウさん、ツウさん。どうしましょう、ぼく、首がとっても痛いです。あったかいどころではありません。火傷みたいに熱くて痛いんです。ツウさん、ツウさん、ツウさん。
どこにいますか。
音が、何も聞こえません。
ツウさん、ツウさん。和正さんはどうなりましたか。リンさんは。おてるさんと太一さんは。ツウさんと一緒なんでしょうか。
ダメです、違います。ツウさんが湧水探しに連れて行くのはぼくだけです。お二人はどこですか。
どこですか、ツウさん。
痛くて熱くて、寒いです。
ツウさん、ツウさん、ツウさん。どこですか。森ですか。川ですか。岩場ですか。
お願いです。帰ってこないでください。
痛いです、ツウさん。この、怖い人たちは、とっても怖い。
痛いんです。来たら、ツウさんが痛くなります。来てはダメです。痛いです、熱いですツウさん。寒いです。
――――――泣かないでください。
ぼくは、どうやら、死んでしまうようです。
ツウさんが本当は泣き虫で、さみしがりなのを、ぼくは知っています。でも、ぼくは死んでしまいます。どうしましょう、ツウさん。痛いです、熱いです。
悲しいです。
ツウさんはきっと泣いてしまうでしょうね。泣くでしょう。寂しいと言ってくれるでしょう。
でも、でも。それはとても、悲しいです。ツウさんが悲しいとぼくは悲しいです。泣かないでください、ツウさん。ツウさん、ツウさん、ツウさん。
ここは寒くて痛いです。
うっすらと、声が聞こえてぼくは目を開けました。頑張りました。でも誰もいませんでした。ツウさんが帰って来たと悲しくなったけど、ちょっとだけ安心しました。
でも、あかい炎が代わりにありました。
ツウさんのお家が燃えています。
―――ああこれで、ツウさんはもう帰ってこれない。
安心すると同時に、ぼくはほんの少し寂しくなりました。ツウさんが帰って来なければ、ツウさんは痛くならないというのに、ぼくは寂しくなりました。
わがままです。だから、これは秘密にして下さい。
そう言えば、前にも似たようなことを思いました。そうです、タツさまさんです。
和正さんはどうなりましたか。リンさんはどうなりましたか。太一さんは、おてるさんは。みんな死んでしまいましたか。
これは罰です。みんな助けてと欲張りしたから、きっと神様がぼくに意地悪をしたのです。だからツウさんからぼくたちを取り上げたんです。
あなたはきっと泣くでしょう。
だから、だから神様。これだけ、これだけ叶えて下さい。もう欲張りはいいません。これだけでいいんです。さっきのお願い事は叶わなかったんだから、いいですよね別に。
タツさまさんを、呼んで下さい。
きっと。あの人ならツウさんを守ってくれますから。きっと。あの人ならツウさんを慰めてくれますから。きっと。きっと。だからあの人を呼んで下さい。お願いです神様。
ツウさんはとっても寂しがりなんです。みんな知らないけどとても寂しがりなんです。泣き虫なんです。だから。あの人を呼んで下さい。
お願いです。ツウさんを助けて下さい。
ツウさん、ツウさん、ツウさん。泣かないでください。笑って下さい。もうぼくは痛くありません。熱くもありません。まだちょっと寒いけど、もうそこまででもありません。ぼくはもう大丈夫です。だから、
―――――――――――――――。
これで、ぼくの話はおわりです。中途半端ですみません。でも、これでぼくの話はおわりです。これ以上は、ぼくは知りません。神様がタツさまさんを呼んでくれたのか、それもぼくには分かりません。その前にぼくは眠ってしまったので。
でもきっと、お願いは叶ったのだと思います。だって、
ここにあの子が来ていないから。
『牛之助、何やってるの?』
『どこ向いてんだ、アイツ』
あああ、待って下さい。待って下さい。すぐに行きます。
『…やっぱツウがおらんと何言ってるかわかんねえなあ』
『あの子の解釈が合ってるかも分かんないけどね』
『お、リン。解釈なんて難しい言葉、よく知ってるな』
『ちょ、和兄!ケンカ売ってる?』
それではみなさん。ぼくはこれで失礼します。ここまで付き合ってくれてありがとうございました。このお話は、ぼくが一番だいじにしているお話です。だからだれかに聞いてほしかったんです。
もし、もしみなさんがツウさんに会うことがあったら、伝えてくれませんか?
…むりですか。そうですか。でもちょっとくらい…。
ごめんなさい。わがままを言いました。もう欲張らないと神様と約束しましたもんね。もう言いません。ただ、ぼくはしあわせでした。だから、ツウさんにもそれを知ってほしかったのですが…。
しょうがありませんね。
ああ大変です。ほんとうに置いていかれてしまう。じゃあこれでこんどこそさようならです。どうかみなさんお元気で。
ぼくのおはなしは、うん、これでおわりです。
最後までお読み下さり、ありがとうございました!