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百円の彼女  作者: 上村俊貴
はじめての家事
9/23

その2

 尚吾が全力で家に向かっている頃。

 沙耶は考えていた。

 尚吾の役に立たなければ。

 なにせ、自分はアンドロイド。人間をサポートするために生まれた存在である。

 ちなみに、いままでは尚吾になにもするといわれていたので、布団で(このへ部屋にある布団は尚吾のだけなので、必然的に尚吾のふとんで)寝ていた。

 しかし、本当に何もしなかったなら、マスターは、尚吾は前のマスターの様に私のことを簡単に捨ててしまうかもしれない。

 あんな思いはもうたくさんだった。

 考えた末に、沙耶は手始めに洗濯することにした。

「さて、洗濯板は…………ないですね………」

 洗濯には洗濯板。

 沙耶はそう確信していた。

 間違いない、だって私の中のデータベースには、洗濯に使うのもとして登録されているのは洗濯機と洗濯板、それと洗剤だけなのだから。

 そんなわけで、洗濯板と洗濯機の両方が洗濯に必要で、現在でも洗濯板は使用されている、という大きな勘違いをしたまま沙耶の洗濯は始まった。


 尚吾は、家の前の上り坂を駆け上が……………れずに、それでもできる限り急いで、玄関の前に到着する。

  息が上がっていたが、今はそれどころではない。

 なにせ、玄関のドアのしたの隙間から水が漏れているのだから…………。

「はあ、遅かったか」

 思わず愚痴ってから、ドアのロックを解除すべく、コマンドを入力する。

「コマンド:音声認証」

『コマンド受領、音声コードをどうぞ』

「村上尚吾」

『声音、コード内容、認識。この部屋の現使用者の一人であることを確認しました。ロックを解除します』

 続いて、ロックの解除される音がする。

 半ば諦めつつ、尚吾は今も水が漏れ続けているドアを開けようとドアノブをまわした。

 その時、急にドアが開いた。

 そんな状況に運動音痴の尚吾が遭遇すればどうなるかは想像に難くない。

 案の定ドアの直撃をくらった尚吾の意識はそこで一度途切れる。


「………じゃあ、開けゴマ!……違いますかー………じゃあじゃあ、尚吾君カッコイー(棒)………開きません〜〜〜」

 数分後、尚吾が目を覚ますと、沙耶が玄関の扉に向かって、様々な言葉を発しているのが目にはいった。

 それも、なぜか全身びしょびしょで。

 だが沙耶がびしょびしょである理由はすぐにわかった。

 なぜなら、尚吾も、というより家の玄関周辺がびしょびしょだったからだ。

「えっーと、沙耶?なにやってるんだ?」

 すると、沙耶はバッと勢いよく振り返り、突然抱きついてきた。

 いやが上にも、沙耶の体温や、柔らかい感触を意識してしまう。

「良かったです。本当に良かったです」

 今にも泣き出しそうな表情でそんなことを言う。

「お、おいおい。どうした急に」

 今は尚吾も沙耶も頭から爪先までずぶ濡れなのだ。

 母親以外にまともに女性に触れたことの無い尚吾にとっては刺激が強すぎる。

 どうにか平常心を保ちつつ、再度状況をたずねる。

「いったいどうしたんだ」

 沙耶は俺の胸に埋めていた顔をゆっくりとあげて、ポツリポツリと話し始めた。

「洗濯をしようとしたんです」

「ああ、それで?」

 洗濯をしようとした。

 そこまでは察しがつく。

 なにせ、それが聞こえたから尚吾は大急ぎで帰ってきたのだ。

 しかし、学年二位の学力を誇る尚吾の頭を以てしても、沙耶が洗濯を試みたことと、今の周囲のあらゆるものがびしょびしょな現状は結び付けることはできない。

 それに、先程のドアノブの奇襲も、だ。

「なので、洗濯板を探したのですが………」

「?せんたくいた?」

「?どうしたのですか、マスター。洗濯板ですよ?洗濯板」

「いや洗濯板は知ってるけど、何でそれが今必要なんだ?」

「?おかしなことを言う人ですね、マスターは。洗濯するんだから洗濯板は必要不可欠でしょうに」

「いやいやいやいや、何時代だよ!」

 おかしい。

 何かが根本的におかしい。

 洗濯板?そんなものは、歴史博物館かどこかに展示してあるの見たことがあるぐらいで、実際に持っている人などいるはずがない。

 そもそも、そんなものはもう百年、つまり2010年であっても、使っていた人などほとんどいなかっただろう。

 当然だが、尚吾はそんなもの持っていない。

 それに、現代の洗濯機は、洗濯物をいれて、コマンドで指示を出せば、洗濯を完了し、乾燥させ、さらには使用者の登録した畳み方で畳まれて出てくるものまで存在する。

 いくら、金銭的に余裕の無い一人暮らしの学生の部屋の備え付けの家具であっても、せいぜい自分で畳まなくてはならないぐらいで、自分で洗うなどあり得ない。

「マスターの言うことはよくわかりませんが、話を続けてもいいですか?」

「あ、ああ」

 正直、言いたいことは山のようにあったが、今はとにかく状況確認が先だと考え、一回無視しておく。

「なので、私は洗濯板の代用品を探しました。そして、台所でまな板を発見しました。そして…………」

「そして?」

 とても嫌な予感がしたが、尚吾は沙耶に話の続きを促す。

 しかし、沙耶の話の内容は、尚吾の予想を大きく上回ることとなる。

「まな板は表面が平らだったので、包丁でどうにか、ガタガタにしました。そして洗濯物と一緒に洗濯機にいれて、スイッチをいれようとしたのですが、見つかりませんでした。しょうがないので洗濯機を持ち上げて振り回しました」

「は?」

 さっぱりわからなかった。

 まな板を包丁ガタガタにした?

 そして、その自作洗濯板を洗濯機にいれた?

 洗濯機にはスイッチがなかったので、そのまま振り回した?

 俺があまりの状況に呆然としていると、

「マスター、聞いていますか?まだ話は終わっていません」

「へ?あ、ああ。でなんだって?」

「ですから、洗濯機を振り回しましたが洗濯物がきれいになるのことはなく、あまつさえ、どこからか溢れでできた水がどんどん増えていって、書く扉の前にシャッターが降りて玄関以外に移動できなくなって、困り果てているところに玄関からマスターの声がしたので、玄関の方に向かっていたその時、もう既に私の胸の高さまできていた水がマスターの開けたドアから溢れだして、水圧で押されたドアがマスターに直撃して、マスターが気絶して、私も外に出たのですが、マスターを連れて部屋に戻ろうとしてもマスターが先程やったようにしてもドアが開かなくて……………」

 と、そこまで一息に話すと、沙耶はまた尚吾に抱きついて泣き出してしまう。

「マスター、私は……私は……」

 とうとう沙耶は、声をあげて泣き出してしまう。

「よしよし、怖かったんだな」

 あまりのことに尚吾も泣きたい気分だったが、そっと慰めるように沙耶の頭を撫でてやった。

 しばらく大声で泣いて、少し落ち着いた沙耶が、

「私は……ぐすっ、洗濯すら……洗濯すらまともにできないポンコツアンドロイドです……。マスターもマスターの様に私を捨てますか?」

 とそんなことを涙にぬれた顔で、上目使いにそんなことを聞いてくる。

 とっさに言葉が出てこなかった。

 さっきで尚吾は、てっきり沙耶は水があふれてきたことに恐怖して泣いているのだと思っていた。

 しかし違った。

 沙耶は、失敗した自分がまた捨てられると思い、捨てられた過去を思い出して泣いていたのだ。

 それが分かった途端、尚吾は沙耶の前にマスターへの怒りのと、さっきまでの勘違いしていたことへの恥ずかしさで、息が詰まりそうになった。

(沙耶は、そのことでこんなにおびえて………………いや、マスターに、初めて会った人間に捨てられたんだ。たとえアンドロイドでも、心がある以上沙耶は深く傷ついたんだ)

 そして、尚吾はほとんど反射的に沙耶を抱きしめていた。

「マス……ター?」

「捨てたりしない」

「!?」

「俺は、沙耶を絶対に捨てたりなんかしない。何があっても絶対」

 俺の言葉に沙耶の涙に濡れた目が見開かれる。

「本当?本当に何があっても絶対?」

 敬語を使うことも忘れて、まるで幼い迷子の子供の様に、不安そうに沙耶は尚吾に問いかける。

 それを聞いた尚吾は何度も、何度も大きくうなずいた。

 すると、沙耶は泣き笑いの、しかし満面の笑みを浮かべながら、

「ありがとう、ありがとう、尚吾」

 そういって、今度はうれしさで大声をあげて泣いたのだった


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