その5
彩香と沙耶が意気投合し、尚吾が完全に空気扱いされて三時間ほどが経過したころ。
沙耶の服も大体が揃い、今日はこれで解散ということになった。
なぜ沙耶の服を買うだけなのにこんなに時間がかかったのかといえば、ひとえに彩香のせいである。
沙耶は、さすがアンドロイドというべきか、どこか人形めいた美しさ、というより可愛らしさを持っている。
そんな沙耶は、彩香の着せ替え人形と化したのだ。
それに加え、沙耶も服を選ぶのが始めてということもあり、彩香が言うままに次々と新しい服を着た。
さらに尚吾を困らせたのは、彩香が沙耶の服代を全額自分が持つといったことである。
最初でこそ喜んだ尚吾だったが、すぐにこれによって、尚吾は買い物を止める権利を奪われたと気づいたときにはもう遅い。
それ後はお察しの通り、尚吾はただただ荷物の重みに耐え続けた。
かくして疲労困憊で今すぐにでも寝たい尚吾だが、現実はそんなに甘くなかった。
「ねえ、ねえ、尚吾。今日の夕飯は尚吾が作ってくれるの?」
「え、いや、今日はもう疲れたから買って帰ろうかと思ったんだけど」
「え〜〜、私は尚吾のご飯がたべたかったなあ」
「そんなこと言われてもなあ」
「でもさ、今日の朝御飯は私が作ってあげたよね」
「まあ、そうだな」
「それで、尚吾は夕御飯作らないの?それって不公平じゃない?」
「そ、そうか?」
「そうだよ、絶対不公平だって」
「でもなあーー」
正直、そこまで言われると作ってあげたいのは山々であるが、尚吾の体力はもう限界である。
情けない話、今すぐ沙耶におんぶしてもらいたいほどに。
しかし、そんな尚吾の心を知ってか知らずか沙耶がひとつ提案してくる。
「じゃあ、こうしよう、私が尚吾の持ってる荷物をもって、さらに尚吾をおんぶするから、尚吾は、家につくまでゆっくり寝て、家に帰ったらご飯を作る。これでどう」
得意満面の沙耶だが、尚吾は乗り気ではなかった。
なにせ、いくら沙耶がアンドロイドで尚吾をおんぶして歩くことができたとしても、そうなってしまえば見た目中学生の女の子に高校生男子がおんぶされている図ができあがってしまう。
そんなのは恥ずかしすぎる、もし学校の友達にでも見られたら、尚吾の学園生活は終わりである。
いつまでも躊躇している尚吾に、おもむろに沙耶が近付いてくる。
「どうした、沙耶」
「……………」
沙耶が無表情で近付いてくるので、思わず後ずさりした尚吾に沙耶が突然間合いを詰め、そして、尚吾のみぞおちを殴った。
「どう……し、て」
それだけどうにか口にして、尚吾の意識は途切れた。
「ごめんね、尚吾」
沙耶の一撃をもろにくらって意識を失った尚吾を静かに地面に寝かし、沙耶は振り返りつつ背後に声をかける。
「でできて、いるのはわかってるから」
「おやおや、気づかれてしまいましたか」
どこからか声が聞こえたのと同時に、沙耶の目の前の風景の一部が歪みどこからともなく一人の青年が姿を現した。
「いつ気づいたんですか?」
自分の尾行が気づかれたことを気にした様子もなく、青年は飄々とした態度で沙耶に尋ねる。
「ついさっきよ」
「そうですか、さすがは我が兄妹機」
「兄妹機?ってことはあんたが私と一緒に作られた試作機ってっこと?」
「いかにも」
「そう、でその私と違って有能な試作機様が今さら私になんのよう?」
「いえ、特にありません、ただマスターが『起爆剤』と『王の器』の監視をしておけ、といったので尾行していたまでです」
「『起爆剤』?『王の器』?なんのこと」
沙耶の発言がよっぽど以外だったのか、青年は一人でなにかしら呟き始める。
「なんと、そうですか。しかし『王の器』だけでなく、『起爆剤』にすら自覚がないとは、まったくマスターも酷いことをする」
なにやら、沙耶たちのことをいっているようだったが、ほとんど聞き取れなかった。
「ちょっと、なに言ってんのよあんた」
「おっと、失礼。それでは私はこれでまたいつか会いましょう沙耶さん」
そういって青年は立ち去ろうとる。
「ちょ、ちょっと、あんた名前は?」
「カイトです、我らが『起爆剤』」
そういって青年−−カイトは今度こそ沙耶の前からでできたときの巻き戻しのように、カイトの回りの景色が歪み、そして消えた。
「どうしてあいつ私の名前を…………って尾行してたんだから知ってて当たり前か。だとしても私が『起爆剤』?ってことは『王の器』って言うのは尚吾のこと?」
とそこまで考えたところで、尚吾が倒れているのに気づいた。
まあ、狙いが自分一人だと思った沙耶が巻き込むまいと殴って機を失わせたのだが………。
「まさか、本当におんぶして帰ることになるなんて」
先程、尚吾に言った冗談(尚吾は本気にしたようだったが)が現実になってしまい、帰ったら、尚吾が疲労で倒れたことにして、夕御飯を作ってもらおう、などと勝手なことを考えながら、沙耶は尚吾をおんぶして帰ったのだった。
その日の夜沙耶に騙された尚吾が死にそうになりながら夕御飯を作ったことは言うまでもない。