その3
「あの様子だと…」
カイトは、いまだ信じられないといった様子の神治に呆れつつ、
「だからいったでしょう?」
「まあ、そうだが。まさかあの彩香がなあ」
「お嬢様ももう高校生ですし、そのくらい普通でしょう」
「それもそうか。まあいい、おかげで手間が省けた」
神治は、ようやく納得したのか、仕事をしているときの口調になる。
「そうですね。元々お嬢様が王の器のことが好きならば、今すぐに計画を進めても問題ありませんからね」
「それにしても数奇なものだね、まさか王の器とレガリアと姫が一か所に集まっているのだからね」
そういって、心底愉快そうに笑った後、
「そうだな、では計画の実行は次の月曜日だ」
神治は、子ともが次の遊びの約束を決めるような手軽さで、日本を恐怖のどん底に落とす計画の日取りを決めてしまう。
ころころと表情を帰る人間味豊かな神治に、カイトは内心少し羨ましいと思っていたが、表には出さない。
その心の動きが、かなり人間臭いことにカイトは気づいていない。
「では、来週の月曜日に計画を実行できるように準備を進めておきます」
「よろしく頼む」
かくして、彩香と尚吾、双方の預かり知らぬところで、事態は進行していく。
尚吾と彩香がラグナロクに巻き込まれていくまであと五日。
そして、沙耶の時限式プログラム発動まで―――――あと三日。
「おーい、沙耶おとなしくしてたかー」
学校から帰った尚吾は、家にはいるなり沙耶に呼び掛けた。
今日は、ドアに襲われることも、水浸しになることも無かったので、大丈夫だと思うが。
いっこうに返事がないので、寝ているのかと思ったが、沙耶は普通にリビングにいた。
机の上には、尚吾と沙耶の昼御飯が並んでいる。どうやら、尚吾の帰りを待ってくれていたらしい。
しかし、沙耶は今そっぽを向いたままこっちを向いてくれない。
「おーい、沙耶?」
「いいんです、いいんです。そうですよね私なんて所詮アンドロイド。尚吾も人間の女の子がいいんだよね…………」
「沙耶?」
「でも、ひどいくないかな。私は、尚吾に喜んでもらおうと思って昼御飯を作って、昨日覚えた洗濯だってしっかりやったのに…………」
なにが、起きてるのかわからないまま沙耶の独り言は続く。
「なかなか帰ってこないと思って『ペアリンク』で尚吾の脳にアクセスしたら、あやかさん?とかいう女の子と仲良さそうに話してるし」
やっと状況が掴めてきた。
つまり、沙耶と彩香の会話が沙耶に聞かれてしまった、そして沙耶がなにかしら勘違いをした、とそういうことだろう。
おそらく、沙耶は彩香と尚吾が付き合っているとでも思っているのではないだろうか。そして、尚吾はアンドロイドの自分より人間の彩香を選んだのだ、とも。
「おい、沙耶?俺と彩香はそういうのじゃないからな?」
「そういうのってどういうのなの」
「いや、だから、そういうのっていうのは、何て言うか………男と女の関係的なあれだよ」
「そうなんだ、尚吾と彩香は男と女の関係なんんだ」
「いや、だから違うって」
「じゃあ、どういう関係なの」
「ただの友達だよ」
「ただの友達ねえ」
「な、なんだよ」
「いいえ別にただ、そのただのお友達さんとはずいぶん楽しそうに話をするんだね」
沙耶はやっとこっちを向いてくれたが、まだ怒っているようだ。
「まあ、いいや。それよりもご飯にしよう」
「お、おう」
さっきよりは機嫌を直してくれたらしい。
それにしても、沙耶はなぜ起こっていたのだろう。尚吾と彩香が仲良く話しているとどうして沙耶が不機嫌になるのか。
鈍感な尚吾は、沙耶が彩香にやきもちを妬いていることに気づいていない。
沙耶もまた、自分の感情の理由をよく理解していないのだった。
この後、買い物に彩香が来ると言ったとき、尚吾は沙耶の説得にずいぶん時間をかけてしまった。
結果として待ち合わせに遅れ、彩香に怒られることになったのだった。