その2
「尚吾君」
テストが終わった直後、綾香が話しかけてきた。
「今日も、急いで帰ろうとしてるけどなにか用事でもあるの?」
どうやら、昨日尚吾が沙耶のことが心配で早く帰ったことに気づいていたらしい。
その辺りの観察眼はさすがと言うしかない。
まだ、沙耶のことを知られるのはまずい。
なにせ沙耶は、現状服も待っていないし、布団もない。
今ここで彩香に沙耶のことを知られてしまえば、ここ二日間、毎晩結果としてだが沙耶と寝ていることがばれてしまうかもしれない。
沙耶には悪いが今日は急いで帰ることはできなさそうだ。
「いや、特に用事がある訳じゃないよ」
とりあえず適当にごまかしておく。
彩香はどこか釈然としない様子だったが、そのうち、ふうんといっていたずらっぽい笑顔を浮かべると、
「もしかして、尚吾くん今回のテストあんまりできてないとか?」
楽しそうにそんなことを言った。
どうやら、うまいこと勘違いしてくれたらしい。
しかし、しかしだ。
今の内容は看過できない。
(俺が、テストを、上手くいってない?)
「いや、テストは上手くいってる」
気づいたときにはそう答えていた。
それが、彩香の罠だとも気づかずに。
しまった、と尚吾が気づいたときにはもう遅い。
はっとして彩香を見ると、してやったりといった様子でこちらを見ている。
「じゃあ、どうして急いで帰るの?」
「うっ」
ここでようやく、さっきの話には乗っておくのが最善だっと気づくがもうどうしようもない。
尚吾は諦めて、彩香に全部話すことにした。
説明を進めるうち、なぜだか彩香はみるみる不機嫌になっていく。
説明を終えた頃には、見るからに不機嫌になっていた。
「という訳だから、今日は沙耶の服を買いにいくんだ、だから――――――」
「私も一緒にいく」
「えっ」
突然の申し出に思考が追い付かない。
どういう風の吹き回しだろう。
今の話の流れでどうしてそうなった。
彩香が困惑する尚吾に詰め寄る。
「じゃあ、尚吾くんは、今時の女の子がどんな服を着てるかとか、今年の流行とかわかるの?」
痛いところを突かれて、尚吾はとっさに反論できない。
「わかんないよね、だって尚吾くんが休日に同年代の女の子と遊んでるなんて考えられないもん」
「そ、それくらい俺だって………」
「いや、あり得ないね」
即答だった上に、はっきりと断言された。
まあ、事実ですけどね?
それでも、たとえ事実でも、いや事実だからこそ、なかなかに傷つく。
傷心中の尚吾を無視して彩香は話を進める。
「だから私も行くの!」
「………はい」
最終的に尚吾が諦める形で、決着がついたのだった。
尚吾に、近くのショッピングセンターで何時に沙耶をつれて集合かを話し合い終わり、尚吾を見送ったあと、彩香は誰もいない教室で真っ赤になって悶えていた。
(やっちゃた、やっちゃた、やっちゃた、やっちゃた、やっちゃた、やっちゃた、やっちゃた〜〜〜〜)
何をしているのかと言うと、さっきの自分の言動を思いだし、今更ながらに恥ずかしくなっているのである。
さっきは、沙耶なるアンドロイドの少女と尚吾が同棲していると聞いていてもたってもいられなくなって、勢いあんなことをいってしまったが、よく考えてみれば、沙耶と言うアンドロイドの少女が一緒とはいえ、これはデートなのではないか?などと考えれば考えるほど恥ずかしさが込み上げてくる。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜)
普段は頭脳明晰な彼女も、色恋が絡めば、ただの一人の乙女でしかないようだ。
とにかく一度落ち着こうと彩香が深呼吸をしているとき、彩香の携帯電話が鳴った。
タイミングがタイミングなのでかなり慌てながらも、バックからなんとか端末を取り出す。
普段は、仮想デバイスを使っている彩香だが、学校に仮想デバイスの持ち込みは禁止されているので、学校でのみこの端末を使っている。
しかし、誰だろうか。そもそも、この端末は緊急時の連絡用であり、滅多なことでは着信はない。
ましてや、音声通話など今まで一度もなかった。
誰だろう、と思いながら、画面に表示された名前を見て、彩香はあからさまに嫌そうな顔になる。
電話の相手は父、工藤神治だったのある。
そして、彩香は父親と余り仲がいいとは言えなかった。
なぜなら、彩香の父は経営者としては一流で尊敬できるところではあるのだが、とにかく親バカなのだ。
嫌々ながら、出ないともっとめんどくさいので、仕方なく電話に出る。
「はい、もしもし」
『やあ、我が愛しの娘、彩香』
早速頭が痛くなる。
やっぱり出るんじゃなかった、と早速後悔し始める彩香だったが、そんなことはお構いなしに神治は続ける。
『突然電話してしまって悪いね、少し聞いておきたいことがあってね?』
「なに」
彩香は不機嫌なのを隠そうともせず、素っ気なく答える。
『彩香は今気になっている男の子とかいるのかな?』
「ど、どうしてそんなこと聞くの?」
突然何を言っているのだろうかこのバカ親は。
そんなことを父親に聞かれて答える女子高生がどこにいるだろう。
『その反応はいるんだね。当ててあげよう、ズバリ同じクラスの村上尚吾くんだろう』
「!?」
なぜ、父が彼のこと知っているのだろうか。
それに、彩香が尚吾のことを気になっていることも。
「な、なんで…………」
『あれ、もしかして本当に当たっちゃったのかな?私が知ってる彩香のクラスの男子の名前を言っただけなんだけど』
「違う違う違う」
『そうなのかい?』
「そうだよ、尚吾君のことなんて知らないよ」
『そうか、ならいいんだ』
どうやら、父にからかわれていただけらしい。
彩香が安心したのもつかの間、神治はとんでもないことを言う。
『いや、良かったよ、彩香に好きな人がいなくて、もしいたら父さんその子のこと殺しちゃってたかもしないからね』
「お父さん、さすがにそれは………」
『ハハハ、冗談だよ、冗談』
「で、結局用件はなんなの?」
『いや、特にないけど』
限界だ。
基本的には温厚は彩香だが、今ばかりは我慢の限界だった。
「じゃあ、電話してこないで!!」
そう言って、彩香は一方的に電話を切った。