その1
「尚吾、尚吾」
朝、尚吾は沙耶に揺すられて目が覚める。
「ねえ、尚吾ってば、まだ起きないの?」
尚吾が起きていることに気がついていない沙耶は、さっきよりも大きく尚吾を揺する。
正直言えばまだ眠いが、起きるしかない様だ。
尚吾はなんとか身体を起こし目を開けると沙耶の顔が目の前にあった。
「お、おはよう、沙耶」
「やっと起きた、おはよう尚吾」
「で、沙耶はどうして俺のTシャツ一枚しか着てないんだ?」
内心とても動揺していたが、努めて冷静をに、尚吾は沙耶に質問する。
「だって尚吾、昨日は私がお風呂に入ってる間に寝ちゃってたし、私服持ってないし」
「それで勝手に俺の服を着たと?」
「うん」
沙耶は、なにが悪いのかまったくわからないといった様子だ。
しかし、勝手に寝た尚吾にも非があるだろうと思い、箪笥の中身が全部残らず床にぶちまけてあることと、沙耶の着ている尚吾のTシャツの胸のところが伸びてしまっていることには目をつむった。
「まだこんな時間か」
「尚吾、昨日お風呂も入らずに寝たでしょ」
「ああ、そうだな。でも一日ぐらい入らなくたって」
「だーめーでーすー」
「な、なんで?」
「尚吾は、この前私のことをアンドロイドとしてじゃなくて、一人の人間として、つまり、一人の人間の女の子として接したいって言ってくれたよね」
「そうだな」
「うん、そうだよ。じゃあ、改めて考えてみて、尚吾は、こんなに可愛い私と一つ屋根の下で暮らしているのにも関わらず、一日ぐらいお風呂に入らなくってもいいってことだね」
「下着も着けずに、あまつさえ男のTシャツを勝手に着て寝てたやつに言われても説得力ねえよ」
「それは、尚吾が私がお風呂に入ってる間に寝ちゃったから、服なに着ればいいかわかんかなったし………」
「つーか、自分で自分のこと可愛いとか言うか普通」
「な、なに、じゃあ尚吾は私が可愛くないと思ってるの?」
「いや、そうは言ってないけど」
「じゃあ、尚吾は私こと可愛いと思うってこと?」
「ま、まあ、普通に可愛いんじゃないのか」
すると沙耶は真っ赤になってしまった。
「あ、ありがと」
「お、おう」
(自分で言わせといて照れるなよ……)
「じゃあ、風呂に入ってくるよ」
「わかった、じゃあ私は朝御飯の用意しておくね」
「ああ、頼んだ」
(いくら沙耶でも、朝食レベルの料理で失敗はないだろう)
少し不安だったが、沙耶に朝食の準備を任せて尚吾は風呂にはいった。
「さーて、やりますよー」
尚吾が風呂に入ってすぐ、沙耶は調理を開始した。
「洗濯では失敗してしまいましたが料理なら」
そう、沙耶は料理の腕に自信があった。
まあ、レパートリーはとてつもなく少ないが、朝食ぐらいなら問題ない。
数分後。
食卓には、張り切りすぎた沙耶が作りすぎた大量の料理が並んでいたのだった。
沙耶の作った大量の料理(味はとても美味しかった)をなんとか全部食べて、重い身体を引きずって学校へ向かう途中。
尚吾を呼び止める人物がいた。
「おはようございます。村上尚吾さんですね?」
朝日を浴びて輝く銀髪に、知的な光を宿した深緑の瞳を持った青年だ。
年は尚吾より少し上だろうか。
無視するものさすがにどうかと思い、とりあえず答える。
「はい、そうですけど」
「やはりそうでしたか。実はそちらにKD-23βがお世話になっているそうで」
「KD-23β?」
「おっとこれは失礼しました、今は沙耶と呼ばれているんでしたね」
「!?」
(なぜだ、どうしてこいつがそんなことを知っている?)
尚吾は、沙耶のことを学校の友達はおろか、親にさえも知らせていない。
では、なぜ今はじめてあったはずの青年がその事を知っている?
こちらの疑問ももっともだ、といわんばかりの表情でうなずきつつ、青年はまだなにも尋ねていないのに勝手に答える。
「申し遅れました、私はKD-23α、現在はカイトと呼ばれています。つまり、沙耶さんと一緒に作られたアンドロイドの試作機のもう一機です」
「あんたが」
カイトと名乗った青年は、わざとらしく驚く。
「おや、ご存じなのですか?」
「ああ、少しだが沙耶に聞いたことがある」
「おかしいですね、『あれ』の記憶処理は完璧だったはずですが」
「おい、今お前なんつった」
「ですから、『あれ』の記憶処理は完璧だったはずだと」
「『あれ』?それは沙耶のことか」
「はい、そうですが」
平然としているカイトの様子に、普段は基本的に温厚な尚吾が思わずつかみかかりそうになるほど頭にきたが、なんとか押さえてもう一つの気になったことを聞く。
「まあいい、それじゃあ記憶処理ってのはなんだ?」
「それは、お教えできません。機密事項ですので」
「じゃあ、お前はなにしに来たんだよ」
「はい、私はあなたに会いに来たのです」
「は?俺に?」
「はい、あなたにです」
「なんのために?」
「あなたが王の器たるかを見定めに」
「は?」
「今は、まだわからないでしょう、しかし、時が来ればわかります」
それだけ言うとカイトは立ち去ってしまう。
尚吾も追いかけたかったが、学校に遅刻するわけにはいかないので、今は諦めることにしたのだった。