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百円の彼女  作者: 上村俊貴
はじめての家事
12/23

その5

 さっきの話の後、急にフレンドリーになった沙耶に

「洗濯の話に戻るんだけど、洗濯板は結局いつ使うの?」

と質問された尚吾が、もう沙耶に現代の洗濯では洗濯板が必用とされていないことを伝えるのは無理なのではないか、と諦めモードで再び洗濯の説明をしている頃。

「KD-23α、例のプロジェクトの進捗状況は?」

 尚吾と沙耶の暮らす、千葉県の隣。東京都。

 その中心にそびえ立つ他のビルをしたに眺める超高層ビルの最上階にその男はいた。

 見るからに高そうなスーツに身を包み、白髪の混じり始めている髪を、オールバックにした、中々な美丈夫だが、その表情は無邪気な子供のようだ。

 工藤神治。

 今、社長室のデスクに組んだ足を上げ、職務中にも関わらずワイングラスを片手に、優雅に眼下の雲海を眺めている彼こそ、現工藤財閥のトップにして、尚吾のクラスメイト、工藤綾香の実父である。

 一代で、町工場レベルの企業を日本最大の企業にした先代工藤源十郎の後を継ぎ、日本最大の企業を世界有数の大企業にした人物である。

 そして、社長室にはもう一人、いや一機のアンドロイドがいた。

 神治にKD-23αと呼ばれた銀髪の青年だ。

「社長、私の名前はカイトです。いい加減製造番号で呼ぶのはお止めになっていただけませんか」

 そんなことを言った彼―カイトにおどけた調子で「すまなかったよ」と言ってから、神治は再度カイトに問う。

「例のプロジェクトはどうなってるんだ」

 カイトはやれやれといった様子ながら、神治の指示に従う。

「記憶処理の後、一般の物流ラインに流したKD-23βは、無事に一般家庭に到着、現所有者はただの試作品で不良品なだけだと認識しています」

 その報告に、神治はふうむとうなずく。

「現在計画はフェーズ2へと移行しています」

 淡々とカイトは続ける。

「後五日で計画は完了する予定です」

 予定通りの進捗状況に神治は満足げにうなずき、「ご苦労」と一言カイトに言ってカイトに部屋から出るように促す。

 まだなにか言いたそうな様子のカイトがドアに手をかけた瞬間、神治の声に呼び止められる。

「カイト、今KD-23βはなんと呼ばれているんだい?」

「沙耶、というそうです」

 端的にそれだけ答えてカイトは社長室を後にする。

「沙耶、ね」

 そういって、神治は新しいおもちゃを買って貰った子供の様な、それでいて冷徹で利己的な経営者の様でもある表情で呟いた。

「彼女はこの計画の要だからね」

 そう言った神治の手から机に投げ出された書類には『人類削減計画―――プロジェクト名:ラグナロク』と大きくかかれていた。

 これから未曾有の大災害を起こそうとしているこの男は、ただただ嬉しそうに冷たい微笑みを浮かべるのだった。

 晴天の上空の遥か下、雲の下では、ポツリポツリと雨が降りだし、大通りの大画面に気象庁からの梅雨入り宣言が発表された。


 やっとの思いで洗濯の方法を沙耶に教えた尚吾は、念のため沙耶に、実際に洗濯をしているところを見せていた。

「洗濯が終了したら、洗濯物を取り出してタンスにしまう」

「はいはい、洗濯が終わったら出してタンスにしまう。っと」

 沙耶は先ほどから尚吾の言葉を細かくメモにとっている。

 何でも、尚吾が沙耶のマスターじゃなくても、家に住まわせてもらっている、いわば居候である沙耶としては、なにか尚吾の役に立ちたい、ということらしい。

「それで、洗濯物のなかには今の技術でも乾燥機で乾燥するとダメになっちゃうものもある、だからそういったものは、外に干すしかない」

 しまうために洗った冬物のセーターを持ってベランダに向かう尚吾に沙耶がメモをとりながらついてくる。

 しかし、尚吾は窓を開けてうんざりする。

 外は、雨が降っていた。

 時期的にこの雨は…………。

 嫌な予感がしてテレビをつけて、尚吾は大きくため息とついた。

 梅雨入りだ。

 仕方なくセーターを室内干しにして、沙耶への洗濯のレクチャーを終了した。

 その日、梅雨特有の憂鬱感を抱いたまま、ベッドに入った。       


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