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百円の彼女  作者: 上村俊貴
はじめての家事
11/23

その4

 尚吾がまな板が無いことを嘆いて叫んでから、三時間ほど経過していた。

 ちなみに、まな板については、2100年に開発され、資源削減という名目で国民一人に一つ国から支給された、あらゆるものを入れるだけで修理できる箱のような機械『オールリペア』で沙耶が洗濯板に改造したものをもとに戻した。

 今は、洗濯機の使い方を沙耶に教えているところだ。

 とはいえ、さすがはアンドロイド、一度言ったことは正確に理解してくれる。

 おかげで、沙耶に正しい洗濯機の使い方を教えるのにそれほど時間はかからなかった。

 一通り説明を終えてた尚吾は、午前中から気になっていたこと聞いてみることにした。

「昼間のあれはなんだったんだ?」

 沙耶は、首をかしげながら、

「あれ、とはなんのことですか?」

 どうやら沙耶はなんのことわからないらしい。

「あれだよ、あれ。何て言うか、念話?みたいなの」

「ああ、あれですか」

 ようやく理解した様子で沙耶うなずいて説明を始める。

「あれは、『ペアリンク』という私の世代のアンドロイドから搭載された新機能です」

「ペアリンク?」

 聞き慣れない言葉に思わずおうむ返しに聞き返してしまう。

「はい、『ペアリンク』です」

 尚吾の問いを肯定してから、沙耶はその『ペアリンク』とやらの説明に入る。

「『ペアリンク』とは、簡単に言えばテレパシーのようなものです。しかし、従来の仮想デバイスを仲介させて行う念話機能と大きな違いはありません」

「じゃあ、何で仮想デバイスが必要ないんだ?それに、『ペアリンク』なんて機能聞いたことないぞ」

 どうやら、尚吾のこの反応は沙耶の予想通りだったらしく、すぐさま尚吾の疑問に答えてくれる。

「『ペアリンク』は基本的に一機のアンドロイドとそのマスター一人の間でのみ使用可能な機能です。そのため、アンドロイド、つまり私はマスターとしか『ペアリンク』による会話ができません。しかし、一対一だからこそ仮想デバイスが必要ないのです。仮想デバイスによる念話は相手に発信する際に、相手の仮想デバイスの識別番号を検索し、一度仮想デバイスにアクセスしてから、そこを通して相手の脳に念話を発信します。しかし『ペアリンク』は一人分の脳波パターンをアンドロイド一機の記憶容量の半分を消費してすべて記録し、そのデータを使って一般回線から直接脳波検索し、発信します。そうすることで仮想デバイスなしで念話することが可能なのです」

「なるほど………」

 何やら複雑な話だった。

 さっきまで、洗濯機に洗濯板をいれることが正しい洗濯だと思っていた沙耶の発言とは思えない。

 だが、尚吾とてバカではないので、辛うじて沙耶の言うことは理解できた。

 しかし、そうなってくると、よりこの技術が世間に知れわたっていないことが疑問でならない。

 尚吾の訝しげな様子に気づいたのか沙耶が続けて説明する。

「『ペアリンク』機能が世間に知られていない理由についてですが、知られていなくて当然です。私は次世代アンドロイドの試作機ですから」

「試作機?」

「はい、現在最新型のH-21型の二つ先H-23型の試作2号機です」

「じゃあ、何で百均で売ってたんだよ」

「試作機ですから、欠陥が多く処分しようとしたようですが、アンドロイドの処分には多額のコストがかかるため、適当に売り払ったのでしょう」

「そ、そうか」

 さらりと答えた沙耶に驚きを隠せないが、それより気になることがあった。

「じゃあ、さっき言ってた前のマスターってのは………」

「それは、私の開発者です。一機で十分な試作機をわざわざ二機つくって一機を、つまり私を自分用したのです。しかし、あまりの欠陥の多さに、私を捨てたのです」

 まったく感情のこもっていない、声と表情で淡々と話す沙耶に尚吾はかける言葉が見つからない。

 やはりいうべきだろう。

 今の沙耶の表情をみて尚吾はあることを沙耶に話そうを決意した。

 それは、尚吾が沙耶を買った理由の一つでもある。

 そしてそれは、尚吾の沙耶に対する思いであり、しかしその全てではない、そんなことを。

 少し表情を明るくして、ですがと前置きしてから、

「マスターは、私のことを捨てないと言ってくれましたから今は大丈夫ですよ」

と、すがるような目でこちらをみながら言った。

 そんな沙耶に尚吾は、

「マスターじゃない」

「え?」

「俺は沙耶のマスターじゃない」

 戸惑っている沙耶にもう一度はっきりと言った。

 沙耶の顔がみるみる絶望に染まっていく。今にも泣き出してしまいそうだ。

 それに構わず尚吾は続ける。

「俺は、沙耶のマスターじゃないし、沙耶も俺のアンドロイドじゃない」

 そこまで聞いて沙耶は、どうやら尚吾がいわんとしていることは、自分を捨てるということではないということに気づた。

 しかし、ではなにが言いたいのか?

 先ほどまで絶望に染まっていた顔に今度は疑問を浮かべながら沙耶は尚吾の話を聞く。

「沙耶は、沙耶だ。俺にアンドロイドなんかじゃなくて一人の人間として沙耶に接したいと思ってる。だから沙耶も俺をマスターだと思わなくていい。俺のことは尚吾って読んでくれ。それから、自分のことを一機とかいうような、自分がアンドロイドだと認めるような発言もやめてくれ」

 そう、これこそが尚吾が沙耶に使えたかったこと。

 沙耶と仲良くなるための第一歩。

 尚吾の沙耶に対する思いのほんの一部。

 その言葉を聞いて沙耶は、正直言って尚吾のことをバカだな、と思った。

 けれど同時にこの人なら、所詮はアンドロイドである私にここまでいってくれるこの人なら信じてもいいかな、とも思った。

 結果として沙耶は尚吾の申し出を受け入れることにした。

 人間として生きるのも悪くないかなと、そんなことを考えながら、

「わかりました………ううん、わかったよ、尚吾。改めてよろしくね!」

と元気一杯にそう言ったのだった。                               

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