【競演】Snow Globe
【競演】に参加させて頂きました。
お題は「クリスマス」です。
キミが好きだよ。
公園のぼんやりと灯る街灯の下で黒い髪をふわりとなびかせて踊るキミが。
ボクの心の欠片がひらひらと舞い落ちてキミの白い肌の上ですうっと溶けていく。長い睫毛の上に降り積もったボクの心は、キミの世界をキラキラと色付かせているのだろうか。小さく微笑むキミの横顔はまるで地上に舞い降りた天使のようで、ボクはうっとりと見惚れる。
キミは見えないメロディーに乗ってステップを踏む。白い息が軌跡をたどっては消えていく。もしも、ボクの奏でるメロディーがキミに届いているならどんなに嬉しいことだろう。
艶やかな長い髪が真っ白な世界で際立って、世界中にはキミとボクだけしかいないような錯覚を覚えた。冬がいつまでも続いて、冷たかったボクの心をキミが少しずつ溶かしていく。そうしたらいつの日か、キミの横に並べるだろうか。
それが出来ないなら、せめてボクを見つけて。
けれどそんな願いは叶うはずはない。だからボクはこうしてただキミを見つめることしかできないんだ。
降り積もっていくボクの想いなんてキミは少しも気が付かずに、相変わらず薄明かりの中で楽しげに踊っている。
ボクはスノードームの中の小さな町をのぞき込む。
いつもは雪が降るたびに嬉しそうに踊るキミは、悲しそうに公園の噴水に腰を下ろしていた。
「どうしたの?」
問いかけるけれどボクの声など届くわけもなく、キミはただ今にも溢れそうな涙を瞳にたたえている。
「泣かないで」
言ったところで言葉は虚しく宙を舞うだけ。
ああ、キミの涙を拭えたならどんなにいいか。
そう思ってはたと気が付く。スノードームを持つボクの手は凍えるように冷え切っている。これではキミに触れることすら出来ない。
ボクは温もりを持った心に痛みを感じて、たまらずに胸を押さえた。ズキズキと痛むのはキミが悲しんでいる証拠。
「お願いだ、もう泣かないで。いつものように笑っていて」
けれど、キミは泣き続ける。一人、雪の降る公園で。だから、ボクは自分の心を切り刻んでキミに届ける。独りじゃないって伝えるために。
傷口から温かな想いが溢れ出てきて、スノードームを白く染めた。
心から欠片がはがれ落ちて、日に日に小さくなっていく。このまま消えてしまったらボクはどうなるんだろう。
キミに出逢うことすら叶わずに、きっと消えてしまうに違いない。
痛む心を抱えながらスノードームをのぞき込んでいると、不意に声が聞こえた。
「それほどまでに望むのなら、ひとつだけ願いを叶えてあげよう」
声の主を見上げる。赤いローブを纏った見たこともない老人が立っていた。
「本当に?」
疑うことなくボクは問う。
「だがひとつ約束がある。キミの心には鍵を掛けさせてもらおう。そのままではキミはここに帰ってくることが出来なくなる」
その言葉にボクは深くうなずいた。
* * *
雪の降り積もる公園で、黒髪の少女が泣いている。真っ白な世界で切り取られたキミの黒がボクには眩しく見えた。ボクは自分の柔らかな心の欠片を踏みつけながら、そっとキミに近づく。
「泣かないで」
ひとりぼっちで泣き続けるキミにボクは声をかけた。
キミはボクの声にびくりと肩を震わせて、ちらりと視線を投げた。泣き腫らした赤い目が前髪の向こうからボクを窺っている。
ボクの声がキミに届いている!
キミを目の前にして、ボクの小さくなってしまった心は急速に温もりを持って暴れ出す。錠前がカシャカシャと音を立てた。手を伸ばせば触れられる距離。けれど、ボクの冷たい手で触れてはいけない。はやる心を押さえつけて手をコートのポケットの中で堅く握りしめた。
「何が悲しいの?」
ボクはそっとキミの横に腰を下ろす。するとキミは駄々をこねる子供のように首を振った。そのたびに揺れる黒髪が踊っているように舞う。
何も聞くなということなのだろうか。キミは激しく首を振ったあと、再び声をひそめて泣き出した。
「ここにいても良いかな?」
恐る恐る聞くと、キミは小さくうなずいてくれる。
ボクはほうっと息をついて、じっとキミが泣きやむのを待った。
どれくらいの時間が経っただろう? 五分? それとも三時間?
降りしきる雪の中で、キミが凍えてしまうんじゃないかと不安になりだしたとき、小さな声が聞こえた。
「わたしはここにいても良いのかな?」
鈴の音に似た声は静かな世界にくっきりと跡を残す。初めて聞いたキミの声はボクの耳の中でいつまでも響いた。
「どうしてそんなことを思うの? キミはいつもここで楽しそうに踊っていたじゃない」
そう言うとキミはますます悲しそうな瞳でうつむいた。
「ときどき、すごく悲しくなるの。わたしはここにいても良いのかなって思ってしまうの。答えなんて誰にも出せないって事を知っているはずなのに、わたしは誰かにここにいても良いんだよって言って欲しくて、でも誰も言ってはくれなくて。悲しくなる。そんなもの欲しがっちゃいけないはずなのに」
「どうして欲しがってはいけないの?」
「だって、気持ちを押しつけるのは良いことではないでしょう?」
そう言うと、キミは大きな涙をこぼした。きっと、心の中にある不安な感情が暴れ出しているんだろう。キミはその痛みに耐えきれなくて悲しみに涙を流す。
「そんなことないよ。キミが気持ちを見せてくれるのを待ってる人だってきっといる」
それは、例えばボクとか。
そう思ったけれど、言葉には出さなかった。だってボクたちは今日初めて会ったばかり。だからボクが急にそんなことを言ったら、きっとキミは困ってしまうだろうから。
けれど、キミは消え入りそうな声で囁いた。
「そんな人、いるわけないよ」
悲痛なその声音はボクの心をきつく締め付ける。鍵を掛けたはずの心がはがれ落ちそうで痛い。
お願いだからそんなことを言わないで。
ボクはたまらずにそっとキミの髪を撫でた。滑らかな手触りと、温かな体温を確かに感じる。それがボクにとって毒になると分かっていても、手を伸ばさずにはいられなかった。
髪を撫でる手がヒリヒリと痛み出す。キミに触れた証がボクの身体に刻みつけられる。痛みはやがてほのかな幸福へとつながっていく。
「あなたの手、とても温かいのね」
キミの言葉にボクは「え?」と問い返す。ボクの手が温かいなんてあり得ない。だってボクは……。
キミは赤い目を恥じらいながらボクに向けると、ぎこちない笑みを浮かべた。
「あなたは、とても温かい手をしているわ。きっと心も温かいんでしょうね」
向けられた微笑みにボクの心は大きく揺れる。すると、カチリと心に掛けていた鍵が外れた。小さくなった心から、温かな感情が次から次へと溢れてくる。途端に、冷たいはずのボクの身体に温かな血が通い始めた。
これでボクは、もうボクのいるべき場所へは帰れない。
それでもキミの隣に並ぶことが出来たのなら、これ以上に幸福なことはない。
ボクはキミの白い頬に指先で触れた。柔らかな感触が身体を包み混んでいくような錯覚。ボクはたまらずに呟いた。
「キミが好きだよ」
けれど、言葉は喉を通る前に消えてしまった。
わずかに残っていた心が繋ぎ止めていたはずの身体を消し去ってしまったから。
キミは突然消えたボクを探して、ふと空を見上げた。暗い空からは白い雪が静かに降っている。
ボクはその場にかすかに残った意思で、キミに口付けた。
白い心の欠片がキミの唇に触れてそっと溶ける。
スノードームの街には今日も雪が降る。
その雪は、ボクの心の欠片。
ただただキミを想っている心の断片。
その全てをキミにあげるよ。
* * *
スノードームをのぞき込んでいたニコラオスは深いため息をついた。
「雪の精は人に触れれば溶けて消えてしまう。だがやはり彼は禁を破ってしまったか」
ことりと棚に戻されたスノードームの中で、黒髪の少女が楽しそうに踊っていた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
サンタクロースが雪の精の願いを叶えるお話が書きたかったのですが、上手くいきませんでした。
次回はちゃんとお題に添えるように頑張りたいです。