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苦手な方はご注意ください。

勇者一行

エルフのお前が

作者: 松谷 真良

 ボロボロになりながらもなんとか魔王を倒した。

その後からだ。なんでか、アイツが必要以上に周囲を気にするようになったのは。

アイツの様子がおかしいのには、気付いていた。だけど、いつものことだろう、と。そう思って理由を考えることをしなかった。

魔王城から戻って、また4人で旅をし始めてからもアイツはキョロキョロとどこかおびえた様子で気をとがらせていた。

比較的大きな街へ滞在した後だ、と思う。

アイツの態度をおかしい、とはっきりと感じるようになったのは。

少し、問い詰めようとしたら有耶無耶にされて、バカインのせいでそのまま逃げられた。だから、きっと聞いては欲しくない話だったのだろうと、もう一度問い詰めることはしなかった。




「だから、あのね?ごめん、ね皆!私、里に戻らないと。戻って、それで…それ、で。戻ら、ないと」


ひたすら里へ戻る、と連呼するリーシェ。理由も話さないで。


「なんでだよ」

「それはっ、皆には言えないけど!だけど、戻らないと…戻らないと、いけないの。ねぇ、楽しかったよ?すごく。初めてしたこと、たくさんあったし、いろんな場所に行けたし…出会えて、良かった。だけど、だけど、さ。もう、戻らないといけないんだ」


今は、それを後悔している。

アイツの様子がおかしいことには気づいていたのに。きちんと、聞いておけばよかった。そしたら、こんなことには、一方的に別れを切り出されるようなことには、ならなかったのに。


なんだか泣き出しそうな、諦めが混じった笑顔を見せて、アイツは走って行ってしまった。


「リーシェ!」


名前を呼んでも、振り返らないで。


「どこへ、むかったんだろうな?」


そんなこと、俺が知りたい。

ハイエルフ自慢の脚力を見せて、無駄な速さでリーシェは視界から消えて行った。俺だけなら追いかけることも不可能ではないが…俺だけが、追いかけても説得し切れる自信が、ない。おそらく、悔しいがカインがいたほうがアイツは戻ってきてくれる。


「追いかけたら、ダメなのカイン」

「だって、ついてきてほしくないみたいだっただろ。俺らに、来てほしくなかった、みたい」

「…俺は行く」


アイツが、なんと思っていようが、俺は行きたいんだ。お前が、何を俺から隠そうとしたのか、暴いてやる。


「フォルス?いや、行かないなんて言ってないけど、さ」

「ならいいだろう。もともと目的なんてない旅なんだ」


どこへ向かおうが、自由。自由気ままに気の向くまま、気の向いたところへ行って大暴れする。それが俺たちだ。それはこれまでもこれからも変わらない。


「リーシェがいないと、新しい陣が正しいか、わからないよ」

「ミュー。それはいささかリーシェに頼り過ぎだと思うんだけど?」

「だってぇー。フォルスも陣には詳しいみたいだけど相手してくれないし。いいんだよ別に失敗して爆発しても。カインが謝るだけだから!」

「ゴメン、俺が悪かった。だから思い直してくださいお願いします」

「漫才なんかしていないで急ぐぞ。アイツは、速いから」


速い、から手伝おうと思っても気づいたら終わっている。それでなんどか悔しい思いをしたことも、ある。


「ハイエルフだもんね。案外、里ではさもてはやされてんじゃねーの?」

「バカイン」


これだからバカインは。

鼻で笑う。


「んだよフォルス!笑うなっ」

「アイツの謝り癖は、確実に里でついた癖だ」

「はぁ?わかんねーじゃん。奴隷にされてたとか」

「もてはやされてるのに、奴隷になるのか。そもそも、ハイエルフのくせに一人で里から出てきていたことに疑問があるし、あんなところで倒れているなんて不自然極まりないだろう」

「それも…そっか」


帰りたくない、と漏らしたリーシェを俺は知っている。ずっとこの時が続けばいいのに、とも漏らしたことも。








3人で、なんとなくリーシェが漏らした無用心な言葉の欠片を集めて、アイツがいるエルフの里をあぶりだす。

どうやらこの近くにある大きな森の中、のようだ。

エルフの里は、見つからないように機密されているのに。アイツときたら…漏らし過ぎ、なんじゃないか?まぁ、助かったけど。

急いで向かう。

だけど、森へ着いてもリーシェの姿はとらえられなかった。

どこへ、行ったんだろう。何をそんなに焦っていたのだろう?








森の中を探索すること3日。3日も全力を挙げて捜索しているのに、リーシェも、エルフの里も見つからない。…だからか。位置する森は分かっても里は、見つからない。だから、あんなにボソボソ漏らしていたのか。クソが。


「オイフォルス、そっちに行ったぞ」

「《燃えろ》不愉快だ」


そのニタニタと張り付いた仮面のような笑顔が。のっぺらとした顔つきの巨大な粘土人形のようなものを壊すのはこれで何度目になるのだろう。幾度となく出会えば襲い掛かってくる奴らだが、脅威にはならない。


この森には、外部者を退治する《人形》がいるようだ。これは、人形なのかどうかわからないが、そう称するのがしっくりくる、と意見がまとまった。


「フォルス」

「気づいている」

「え、何?」


よくわかっていないミューを黙らせる。

息を殺して、段々と近づいてくる足音の主を待ちかまえる。


「リーシェ!?…あ、ちがう」


リーシェがいるのかと一瞬錯覚した。カインなんかは叫んでいた。バカめ。《人形》が寄ってくるだろうが。

足音の主は、銀髪に、紫の眼。リーシェにそっくりな少女が生い茂る葉の間から飛び出してきた。


「姉様がっ、姉様、が!このままじゃ、死んじゃうよぉ…」


俺たちを見るなり、安堵したようにヒクヒクと泣き出した少女に慌ててカインが詳細を聞く。

嗚咽が混じっていたことと知らない単語が混じっていたことで詳しくは分からなかったが、なんとなく理解できたことをまとめる。ついでにうまくカインが誘導して、名前も言わせていた。リリーというらしい。


「つまり、リーシェがハイエルフしか襲わない《守護者》とやらに追いかけられているんだな」

「姉様、が私のことかばってっ」

「で、リーシェはどこなんだ」


そんな御託はいいからさっさと吐け。

リーシェよりも少し低い位置にくるリリーの顔を見おろす。


「わからないっ!この森の、どこかだけど、わからないのっ!!姉様、走るの速い、から!」

「ああ。リーシェは、速い」


追いかけても追いかけても、置いて行かれてしまう。

さて、どうしたものか…。罠でも、かけようか?


「リーシェええええええええええ!!」


バカが、とつぜんリーシェの名前を叫びだした。


「…バカイン?」


何をしているんだ、と問う自分の声は思っていたより低かった。

どうやら、自分で考えている以上にイラついているようだ。客観的に、考える。


「うぐっ、いやだって。追いかけられてるんなら、叫んだら気づくかなぁって」

「《人形》…いや、《守護者》か。が、くるだろう!?どうやってリリーを守りながら戦うつもりだ!?」

「知らねえよ!とりあえずこっちに《守護者》集めたらリーシェが逃げやすくなるだろ!?」

「エルフどもに見つかったら面倒だろうがっ!!」

「あのさ、もう遅いし…2人とも、うるさいよ」


何?


「うわ…」

「《守護者》は目が退化してるから、音に敏感で…。そうすると、精霊魔法使うとたくさん呼び寄せちゃうことになって…」


まだ小さくしゃくりあげながらリリーが言ってきた。


「いい加減、うぜぇ。《焔よ俺の意志に沿いて俺の敵を燃やし尽くせ。その業火で愚民どもを灰とするのだ》!!」


ワラワラワラワラとよってきやがって。よってきた《守護者》たちは一気に固土くれとなって地面へ崩れ落ちた。清々する。


「…だいぶ、悪役なんだけどフォルス?」

「知るか」


まだ来た。ワラワラと大量に。

今度は、ぼろ雑巾みたいなのをくわえて…ぼろ雑巾?なんだ、あれ。


「またか!」

「待て、バカイン」


カインが張りし出して切り捨てようとするのを止めて、先頭の《守護者》をよく見る。

少なくとも、人の形はしている。


「人だっ」


カインと気づいたのは同時。


「行け、カイン。俺はこういうのに向いていない」


一緒になって消しクズとしてしまうから。


カインは走り出して、その《守護者》を切り刻む。放り出されたぼろ雑巾みたいなヒトは、力なくぐったりとしている。

とりあえずこれで…


「《燃やせ》」


燃やす。土塊となった《守護者》はボロボロと崩れ落ちていく。


「オイフォルスっ!!」

「なんだ?」


ぼろ雑巾にしか見えないソイツを見ていたカインが、焦った様子で俺を呼ぶ。


「これ…これ、リーシェ!」

「リー、シェ?」


弱々しい呼吸をする、その物体は。確かにリーシェ、だった。

嘘、だ。

嘘だろう?

嫌だ。やめろ。

…。

何度見ても、それはリーシェにしか見えなくて。見れば見るほど、リーシェで。

事実を認めさせられるだけだった。


「リーシェ!逝くな。やめてくれ、冗談だろう?」


なんでこんなにボロボロなんだよ。なんで死にそうなんだよ。なぁリーシェ!

声は、届かない。

ぐったりとリーシェは瞳を閉じている。

何で、俺は治癒魔法が使えないのだろうか。俺が、魔族だから?俺が、魔族だから治癒魔法は使えないのか?


「フォルス、落ち着いて。すぐに、治癒魔法書くからっ」


どうして、ミューも、俺もカインも。誰一人として治癒魔法を使えないんだろう?ミューは、使えるけれど。治療師で無いミューでは気休めにしか、ならないんじゃないか?


「フォ、ルス…?」

「リーシェ!?」


意識が、あるのか!?それはそれで酷だ。だって、こんなにひどい傷を負っているのに気絶できないなんて。激痛の中にいなければならないなんて。


「笑っ、て」

「リーシェ…」

「ね、ぇ」


ごめんね。


だって。そんなことを俺は聞きたいわけじゃない。どうして、そんなことを言うんだ。

リーシェは、何処を見ているのかわからない目をしたまま、手を持ち上げる。

俺の頬へ触れる直前で力を失い、アイツの手は地面へと放り出された。


「リー、シェ?リーシェ!おい、リーシェっ」


血塗れのリーシェを、抱きかかえる。

嘘だ。ウソだろ?なぁ、お前まで俺のそばからいなくならないでくれよ。一緒だって、約束したのに。どうしてっ、お前がこんな目に!


「姉様っ!!」

「フォルス…」

「もう、少しだけ…逝かないで」


祈るようにつぶやいてミューは魔方陣を書く手を速める。

リリーはすがりつき、カインはゴロリと転がる怪獣だったものを忌々しげに睨みつける。


「どう、して…」


あんなに大事だって、どんなに過酷な状況でも手入れを欠かさなかった見事な銀髪は、肩に届かない長さで引きちぎられた無残な姿になって。利発そうな光と悪戯っぽい光が浮かんでいた紫の眼は、虚ろで。真っ白な手足は血で真赤に染まりあがっていて。伝統的な衣装はただの布きれも同然。そして、何よりも特徴的なエルフの尖った耳からは、俺が贈ったピアスがなくなっていた。


「…あれを、つけてくれてたら」

「え?あれってなんだよ」


つぶやきを聞きとめたのかカインが聞き返す。


「あのピアスには、防御魔法がかかっていたからこんな、こんなことにはならなかったのに。妹に渡すなんて。バカな、奴…」

「ね、さま!姉様っ。なんで、私なんか、にそんな大事な、モノっ」


とうとうこらえきれずに泣き出したリリーの声が、届いたのかリーシェの眼に光が戻る。


リーシェ!?よか、った。まだ、まだ生きて…。


「りりー…無事、で」


うごかない腕を無理やり動かすようにしてリーシェは妹へ触る。


「姉さま!?」

「よか、た。幸せ、だ」


フワリ、と満足そうに笑ったリーシェの体から力が抜けおちた。


「リーシェ!?」

「できたよっ!《治療陣》!!」


リーシェの体を金色の光が取り巻いて、傷をいやしていく。


「よかった…。流石、ミュー。本当にギリギリのところで間に合わせる達人」


その様子を見て、もう大丈夫だと悟ったカインが軽口をたたく。


「なによそれっ!カインったら酷い」

「っ、リーシェ」


よかった。良かった、間に合って。お前がいなくなったら、俺は、俺は。



本能のままに、エルフというエルフの里を燃やし尽くしてしまっていたかもしれない。


「なぁ、フォルス?…すごく物騒なことを、考えてないか?」

「考えてないぞ。とりあえず、腹が立ったから里は燃やしてこよう。何、高慢ちきな種族の里が一つ減ったくらいで騒ぐ奴はいないだろう」


フフフ…。リーシェにこんなことをして、ただで済むと…。リーシェが逃げるさまを見て、嘲笑っているお前たちに安寧が訪れると、思うなよ。恐怖の中へ突き落してやる。


「ね、ねぇフォルス。リーシェはそんなこと、望んでないんじゃないかなぁ、なんて思うんだけど」

「ならリーシェが眠っている今がチャンスだな。お前らは心配しなくていいぞ。俺一人でやるから」


そっとリーシェを地面へ置く。ツィと頬をなぞってみるが、ピクリとも反応しなかった。…それはそれで面白くない。


「いやいやいやいやいや!!」

「フォ、フォルス!早まらないで待ってお願いダメだよっ」


両側から抑え込まれた。邪魔するな。


「早まってなどいない」

「落ち着いてくれっ!!」

「落ち着いているぞ?」


なんなんださっきから。


「燃やしたら面白くないだろフォルス!!もっと怯えてる様子を、だな」

「ああ…」


もっと、こう…エルフが逃げ惑うようなこと、か。楽しそうだな。


「だ、ダメだよ2人ともっ!特にカイン!!勇者だよね!?その笑みは思いっきし魔王なんだけど!!」

「ピーピーうるさいよミュー」

「ねぇ、2人とも…。蛙にしてほしい!?」


ドンドンッと駄々っ子のようにミューは地団駄を踏んで魔方陣を書いた紙を懐から取り出した。あ、コイツ本気だ。


「それは困る。リーシェを宿まで運べない」

「ならやめてっ!!」

「…仕方ないな」


まだ顔色が悪いリーシェをそっと抱え上げる。…軽い。前から細いとは思っていたけれど会えなかった数日でまた痩せたんじゃないだろうか?またいなくなってしまいそうで怖い。今度から無理矢理でもいいから食わせよう。


「カインもほら!また後で、ギルドに通報してじわじわといたぶればいいんだからさ。今日はやめようよ。リリーちゃんも驚いてる」


リリー?そういえばそんなのもいたな。


「…そうだなミュー」

「悪い、どうかしてた」

「で、リリーちゃんはどうするの?」


少し離れたところで俯いて肩を震わせていたリリーへミューが話しを振った。


「私、は…強く、なりたいです。姉さまに守られてばっかじゃなくて」

「そっか」


困ったような視線を向けられても俺は何もしないぞ。


「ねぇ、フォルスの知り合いにハイエルフはいないの?」

「は?…いるがそれが何か」


古い知り合いだから生きてるかは知らんが。…そういえば最近連絡を取っていなかったな。


「その人にリリーちゃん預けられる?」


血塗れの人間を足で踏みつけてヤハハと笑うハイエルフを思い浮かべる。アイツに?ヒトを預ける?…危険、か?イイか別に。


「まぁ、大丈夫じゃないか?」

「じゃあ、その人の所で修業すればいいよリリーちゃん。強くなったら合流すればいいしね」

「はいっ!」

「そこに《跳ぶ》か」


転移魔法を組み立てる。こんな不愉快な森、さっさと出て行きたい。


「いきなり!?いやいいけど…早ッ」



グニャリと風景がゆがんで、次の瞬間別の所に出る。


「ここ、は?」


いつの間にかリーシェの力なく垂れ下がる手をつかんでいたリリーが、首をかしげて見上げてきた。…リーシェにそっくりな動作だな。姉妹、と言ったところか。


「エルフの秘里だ」


クルリ、と周りを見渡すと転移してきたのを察したエルフの衛兵たちが槍を持って俺たちを取り囲んでいる。ご苦労なことだ。


「何者だ!?…ハイエルフ、様?」


リーシェとリリーを見た兵たちは、戸惑ったように互いの顔を見合わせる。

騒ぎを聞きつけたのか奥からアイツが出てくる。癪なことにアイツもリーシェと眼と髪の色がおなじだ。分けろ。


「うるせぇぞてめぇら何事だっ…?よぉフォルス元気にしてたか最近連絡くれないなんて酷いんじゃないかそのハイエルフはどうした俺の同胞じゃねぇかどこで見つけたよ」


「一息で言い切るな。答える気が失せる」


なんでコイツは毎回聞きたいことを一気に…。何回かに分けろ。


「おうおうそりゃワリィな。んで?お前がここに来るなんて珍しい。その嬢ちゃんは…豪くまた衰弱してることで」

「きたら迷惑だったかハイロ」

「いんや別に?なんっか積もる話がありそうだな。…こっちだ。ついて来い。あと、そう、近衛兵。コイツは俺の古い友人だから槍を突きつけておく心配はない」

「ハッ」


実に統率のとれた動きで、兵たちは去って行った。これだからエルフは嫌なんだ。ハイエルフに忠実過ぎてウザい。


「なぁフォルス。もしかしなくれもお前の友人ってさ、ここの里の長か?」

「ここの里、というよりかはエルフ全体での長だから…国王陛下って所だな」

「うええ!?なんでそんなヒトと知り合いなんだ!」

「なんでって…なんでだろうな?」


そういえばなんでだったかな。


「オイオイ忘れたのかよフォルス」

「きれいさっぱり忘れたが」


絡んでくるなリーシェが落ちるだろう。


「ミュー、キョロキョロしないで前を見て歩け。ぶつかるぞ」

「ご、ごめんフォルス。魔法がいっぱいあってついつい」

「後で気の向くままに見ればいい。しばらく滞在する。構わないだろう?」

「…スルーすんなよ。構わないけど。さ、ここにその嬢ちゃん寝かせ。俺が治療してやるから」

「頼んだ。…じゃあ、カインとミューはちょっと出てけ」


シッシッと2人を部屋から追い出す。


「わっ、私、は?」


…忘れてた。


「ハイロ、コイツを預かってくれるか」

「うん?わけありか?」

「わけありだ」


部屋の椅子に座って、さすがに疲れていたのだろうコックリと舟をこぎ出したリリーを片目に、ハイロはリーシェへ治療をしていく。コイツ、癪なことに治療魔法が上手いんだよな。…分けろ。







リーシェの治療も一通り終わり、あとは自然に完治するのを待った方がいいとのこと。

完全にリリーが寝入ったのを確かめる。


「ハイエルフが、こんなに衰弱するなんて何があった?」


《自己再生》のあるハイエルフが、な。俺もびっくりした。


「《守護者》って知っているか」

「あー…一部の里で、なんか導入され出した、化けもんか?」

「それだ。知ってるなら話が早い。導入された里のハイエルフだ2人とも」


スッとにやけた笑みがハイロの顔から消えた。同胞の安全が脅かされているとなると、真剣な顔の一つや二つ出てくるのだろう。普段からそうしていればなめられないのに。


「なんだ、その…《守護者》ってヤバいのか?」

「ハイエルフに襲い掛かる」

「…初耳だ。となると…どうすっかね」

「さぁ?《守護者》を消すか、ハイエルフを移動させるかのどちらかだな」

「だよな」


しばらく沈黙が落ちる。


「さて、俺はまだやらなきゃいけないことがあるから戻る。夕食、は…うん、呼びに行くわ」

「わざわざお前が?」

「おう俺が。やっさしーだろ」

「…ハイハイ」

「流すなよ、ったく。かわんねーなフォルス」

「おまえも、だ」







すっかり暗くなり、窓の外から部屋を照らしてくる月を見上げながら昼のことを思い出す。

5日経ってもリーシェは起きなかった。今日こそは起きているのではないかと期待して、リーシェの眠る部屋を開けた。

リーシェは起きていた。が、なぜか枕を持って床に蹲っていた。焦る。ついついきつい口調になってしまったのではなかったかと反省中だが、リーシェに心配した、と伝えた。少し困ったような顔をされ、テンパったのか、俺は…、とんでもないことを口走ってしまった。仕方ないので開き直ってみたのだが…失敗、だったか?まぁいい。リーシェの唇は、柔らかかった。なかなか…うん。覗き見をしていたカインにはしっかりとお仕置きをしておいたから大丈夫だろう。

今、懲りずに俺はリーシェの元へと向かっている。色々と聞きたいことがある。




もし、リーシェが寝ていたら起こしてしまうのはかわいそうなのでそっとドアを開ける。


起きていた。ベッドに座って窓枠に肘をついている。

窓を開けて、外を見ているリーシェは、月光に照らされていて幻想的な姿だった。

ハッと、こちらの姿に気づいたリーシェは柔らかい笑みを浮かべる。どこか、無理をしているようなそんな笑みを。気づかないふりをして、その隣へ腰かける。


「起きていたのか。体調は?」

「あ、フォルス。うん、大丈夫だよ」


ポン、と軽くリーシェの頭に手を乗せる。そのまま下へ降ろしていき、リーシェの髪を弄る。


「…髪、短いの新鮮だな」


クルリクルリと髪を弄る。リーシェの髪は手触りが良い。毛先が、ばらばらだな。明日、整えてやるか。

髪を弄っていた手を、いきなり握られた。…なんだ?


「そう?フフ、短いのも…いい、よね」


沈んだ感じのリーシェに、なんと言ったらいいのかわからない。


「リーシェ?」

「え?あっ、なんでもないよ。フォルスが気にすることじゃないの」

「俺が、気にしたら迷惑か?」


どうして笑って誤魔化そうとする。俺じゃ、力になれないのか?

困らせるだけだとわかっているから、口には出さないが。


「そういう訳じゃなくて。ただね、足手まといになっちゃうなって思ってただけだから」

「足手まとい?なぜ」

「だって、髪が短いと精霊魔法が使えないの」


握られていた手が、離れてしまった。残念だ。リーシェは短くなってしまった髪を触りだした。

不安そうに、紫の瞳が揺れる。


「…そう、か」


知らなかった。しかし、ハイロの髪はみじか…くないなそういえば。奴は後ろの方の髪だけ長く伸ばしていた気がする。


「べ、別にフォルスが、そんな悩むことなんかじゃないんだけど?えと、どうしたの?今日、ちょっと変じゃない?」

「変か?」


変、だろうか?お前の様子の方が、変なように俺は感じるが。なんて思っても言わない。言っては、いけない。


「聞かれても、聞いてるのは私だし…。それで、何か用?」

「いや、特に。リーシェがどうしているのか気になったから」


用があったわけではない。リーシェに、会いたかった。それだけだ。


「そっか…。そ、か」


グイッとリーシェに引っ張られた。何をする気なのかとされるがままにしておいたら、リーシェは俺の胸に顔をうずめてきた。背中へ手を回して抱きしめる。ビクリと怯えたように肩がはねた。ポンポンと軽く背中を擦ってやる。


「…リーシェ?」


こんなことをしてくるなんて珍しい。さっきの様子といい…なにか、あったのか?


「っく、大事に、してたのに。フォルスが、…褒めてくれたからっ。千切られた!笑いながら、アイツら、私の髪を、笑いながら!!大事だったの!精霊の対価にするためだけに伸ばしてたわけじゃないの!!それをっ、それ、を…《守護者》に追いかけられてて、精霊なんて呼ぶ余裕があるわけないのに!!自分たちが楽しいからってっ、私の、髪切った!千切られた!抵抗したのに!押さえつけられて、笑いながら引きちぎられて痛かった!悲しかった!目の前で燃やされ、てっ」




へぇ…。そうか、そうだったのか。里のエルフが、お前の髪を…。それは知らなかった。


それで、沈んだ表情をしていたのか。

リーシェの見事な銀髪を…。千切って、燃やした。成程。やっぱり、燃やされたいようじゃないか。


「《守護者》に、やられて短くなったんじゃなかったのか」


自然と声が低くなる。イライラする。俺のリーシェにそんなことしてタダで済むと…ただで済ますと思うなよ。


「《守護者》じゃない!!エルフの、女の子たちが!!コイツにはもったいないって、切りやがった!!私っ、わた、し」


そこまで言って、涙腺が崩壊したのかリーシェは声を立てて泣き出した。

相当、悔しかったみたいだな。

気が済むまで、頭をなでる。

30分くらい泣き続けてようやくリーシェは落ち着いてきた。


「グスッ、大事だったんだよ。すごく、大事だったんだよ。自分たちが、努力してないから、綺麗じゃないのに、男の子たちの目線が、釘づけだったからって!!酷い、ひどいよっ」


小さくしゃくりあげながら、それでも叫ぶ。


「そうだな。大丈夫、明日整えてやるから」

「ありがとぉフォルス」


不意に、リーシェの重さが増した。寝た、か…?



泣いたまま寝ると次の日、ひどいんだろう?まぁ、魔法を使えば平気か。


「フォルス、泣かしてんのか」


ヒョコっと顔を出したハイロになぜか無性にイラついた。


「泣かしてなどいない」

「いやぁ、すっげ泣いてたな。どしたんだよ?」


ああ、窓を開け放ったままだったか。それは少し悪かったな。


「髪を、な。切られて目の前で燃やされたんだと」

「エルフに?」

「ああ。エルフに。ちょっと、コイツ預かっててくれないか」


部屋に入ってきたハイロへリーシェを渡す。


「いいけど、いや待てどこへ行くつもりだ、こんな時間から」

「少し、な」


やっぱり里を燃やしてこよう。それがいい。


「少しな、じゃないぞフォルス。目が物騒だ。物騒なこと考えてんだろ」

「燃やしてくる」



「え、何を」


「なにって、そんなのコイツの髪を切った奴らに決まっているだろうが」


それ以外に誰がいる。


「いや、気持ちはよくわかる。よーくわかる。だけど落ち着いてくれ。お前がそれをやったら問題になる」


そっとリーシェをベッドに置いたハイロに引き止められる。邪魔を、するな。


「なぜ?」


ばれないように幻術で姿をごまかすから、犯人の特定はされないぞ。


「なぜって、お前は魔族だろうが!!こんなとこにいんのばれたら魔王扱いされて殺されるぞ!?」


人間どもに、か。


「いや、勇者もつれていけば大丈夫だろう」

「それはそれで問題になるから!勇者が可哀そうだろ!?」


バカインが可哀そう?どうだろうか。

とりあえず。


「うるさいリーシェが起きる」

「っく」


睨み付けられるが全く怖くない。ああ、リーシェかわいい。リーシェ。


「う、んん…フォル、スどこ行くの?」


ハイロが騒ぎ過ぎたせいで、リーシェが起きてしまった。せっかく寝ていたのに。


「ほら見ろ起きちゃったじゃないか」

「うっ…すまない嬢ちゃん」


グシグシと目をこすって起きたリーシェにハイロは頭を下げて謝る。


「っ!?だ、誰?フォルスの知り合い?」


突然謝られてリーシェは、ハイロに怯えた目をむける。ザマァミロ。


「そうだ。ハイロ………と言って、一応エルフの国王だな」


コイツの名前なんだったか。確か、なんたらネクスだったような気が。


「待て、俺の名前忘れてるな!?おい、フォルス!?」

「そんなことはない。ハイロ……えーと、ハイロネクス?」

「ちげぇ!誰だソイツっ!」

「じゃあ、あれだ。ハイキガス」

「もっと違う!遠ざかった!」

「忘れた。とにかく、ハイロだ。ハイロって呼んでおけば間違いない」

「ハイロ、様?」


「待って。おねがいだから、嬢ちゃん待って。俺の名前は、アンドレア・ハイ・ロネスクだから。そんな、ハイロとか呼んでくるのはコイツだけだから」

「ロネ、スク様?」


そうだ、ロネスク。聞き間違いからハイロと呼んでいたんだったか。どうでもいいが。


「そう、だからフォルス落ち着け!燃やすとかそういうの勘弁な!ただでさえエルフ少ないんだから…」

「っ」


リーシェが息を飲んで体を硬直させた。

そんなに、怖いのか?


「嬢ちゃん。ここはハイエルフが収める国。嬢ちゃんが怖がってるようなことは起こらない。俺があんたの妹も強くするからさ」

「リリー?リリーがいるの?フォルスはそんなこと言ってな」

「聞かれなかったからな。リリーがいるところと別の所とは言っていない」

「ひどい!」

「相変わらずだなフォルス」


聞かなかったリーシェが悪い。大体、妹とかがいたらそちらにかかりきりになってしまうだろうどうせ。


「そんなかわいい顔で睨まれても怖くない」

「フォルス!」

「そうだ。顔でも洗ってきたらどうだ。泣いたまま寝ると次の日大変ではないか?」

「そうだけど」

「大丈夫、俺はここからいなくならない」

「…うん」


リーシェの背中を押して、顔を洗いに行かせる。


「それで。いつまでいるつもりだハイロ」

「へぁ?あ、っと悪いな。じゃおやすみ」

「ああ、おやすみ。悪夢でもみろよ」


さっさと行けバカ。


「…相変わらずひん曲がってるな。いいさ。いい夢見て寝るから。手ぇ出すなよ」

「まだ出せないだろ」


そう。まだ、な。

まだ早い。もう少し警戒を解いてもらわないと。逃げられてしまう。






俺のかわいいリーシェ。大丈夫、俺が守ってやるから。

だから、俺の前からいなくならないでほしい。

誰かが死ぬのを見るのはもう嫌だ。

なんて。

大したことのない幸せをかみしめられる日がいつか来ることを祈る。


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