唐揚げがゆく(千文字お題小説)(その後編)
前回に引き続き、お借りしたお題は「幽霊」「就職」「唐揚げ」です。
松子はフリーターだったが、唐揚げ専門店に就職でき、今まで生きて来た中で一番頑張って働いた。
ところが、唐揚げがなくなるという事件が起こり、松子が疑われた。
誰かにそう言われた訳ではないが、アンケート調査をすればぶっちぎりで「容疑者X」にされる可能性があった。
濡れ衣を晴らすため、松子は真犯人を捕まえる決意をした。
その真犯人は十歳くらいの男の子で、この世の人間ではなかった。
今まで生きて来た中で一番驚いた松子はその場で気絶した。
翌日、松子は店長に真相を話した。
店の裏にある事務室は松子と店長だけで酸欠になりそうな規模だ。
普段から顎割れ芸人のような乗りの人物なので信じてもらえないと思ったのだが、
「それは間違いないか?」
深刻な表情で尋ねて来たので、松子はドッキリではないかと思ってカメラを探した。
「間違いないですよ。目の前でフウッと消えてしまったんですから」
松子は店長の意外なリアクションを訝しく思いながらもそう主張した。
店長はしばらく黙っていたが、
「多分それは私の弟だよ」
更に驚愕の事実だ。松子は椅子から転げ落ちそうになった。
昨日と今日で人生で一番驚いた事が記録更新されるとは夢にも思わなかった松子である。
「もしそうなら、行ってみたい所がある。君も一緒に来てくれないか」
店長の声は有無を言わさないものだった。
店を閉めてから松子は店長と共に路地裏を歩いた。
これほど入り組んだ所があるとは知らなかったので、店長とはぐれたら遭難してしまうと思った。
「まだ残っていたんだな」
店長が見上げたのは今にも崩れそうなあばら家だった。
「昔、家族で住んでいてね。父が事業で失敗して、一家心中した」
店長の重量級の話に松子は動揺した。
「私は助かったんだが、弟はダメだった。父は警察に連行され、母はそれからまもなく病気で死んでしまった」
助けて。こんな辛い話、堪えられない。松子は泣きそうだ。
店長は建てつけの悪そうな引き戸を強引に開け、中に入っていく。
頼りは携帯のライトだけだ。松子は慌てて追いかけた。
「やっぱり。あいつは唐揚げが大好きだったからなあ」
店長がしゃがみ込んで号泣した。松子が覗き込むと、子供部屋だったと思われる床の上に唐揚げが幾つも落ちていた。
「もう食べられないのに、それでも……」
幽霊には唐揚げは食べられない。それなのに店長の弟は唐揚げをここまで持って来て食べようとした。
その切なさに松子の涙腺が大決壊した。
という事でした。