元魔王の生活。
チュンチュンと可愛らしく鳴く小鳥のさえずりと、ガタガタと窓と窓の間に吹く風で鳴る騒音によって、俺は浅い眠りから目を覚ました。
現在の時刻を確認しようにも、時計と言えば高級家具の一種となってしまっている今の世の中、年中畑仕事をこなしてはそのほとんどが納税によって徴収されてしまっている我が家に貯蓄などある訳もなく、それ故に時計など買えた物じゃない。俺は窓の外の日の高さを見て、何時もよりもかなり下の方にある太陽を確認すると、普段よりもかなり早くに目覚めてしまったことに気づいた。
ふと隣を見ると、ベットに体重をかけている俺の右手の直ぐ横にとても安心しきった表情でぐっすり眠る妻の顔があった。いつも俺よりも早く起きて朝食を作ってくれる我が妻アクシアが寝ているということは、俺は本当に早く起きてしまったんだと実感した。俺よりも遅く寝て早く起きてしまうアクシアだから、普段からはその寝顔を拝むことはなかなかできない。俺は今日だけで半年分のアクシアの寝顔を見ておこうと心の中で決心した。体制が悪かったのか、一度寝返りを打ったアクシアの白い髪が顔にかかり、俺は体重をかけていない左手の方でそーっと髪をかき分けてあげだ。
もう一度、窓の外を眺める。まだ太陽が登ったばかりの空は薄暗く、若干モヤモヤが掛かっているように見え霧が出ているのだと思った。だが、よくよく確認して見るとただ窓が曇っているだけで、窓を開けて外を確認したら青空のように景色は透き通って見えた。
まだ寝起きということもあり、ちゃんとした思考が働いていないのであろう。二度寝をしようと考えたものの、完全に覚め切りつつある思考はもう二度寝を受け付けないレベルにまで達していた。
「………しゃあね、起きるか」
思考は覚めつつあるものの、体の方はまだ睡眠から目覚め切れていないようで、思うように動かない重い体を何とかベットの外に放り出すことに成功した。隣で寝ているアクシアを起こさないようにゆっくり歩きながら、俺は寝室の部屋の木のドアを開ける。
この部屋を出ると直ぐにリビングに繋がっている。というか、リビングに入ればどの部屋にも行けてしまう構造になっていて、逆に言うと部屋を出ると必ずリビングに出てしまうのだ。俺もアクシアもこの構図で困ったことは一度もないので、何不自由なく生活できている。
俺は眠気を吹き飛ばすために、外にある井戸の冷水で顔を洗おうと外に出る。リビングと一緒にキッチンがあり、そのキッチンの先には木のドアがある。そのドアを開けると家の外の裏側に出れるようになっていて、そこに井戸があるのだ。
外に出た俺は早速井戸の水を汲み上げ、勢いよく顔を洗う。今の季節はサクラの月、程よい暑さに気候が保たれている過ごしやすい季節のひとつである。だが、朝が早すぎたのか風が吹くととても寒い冷気を運んできてくれて、半そでの俺は何度も体全身に鳥肌が立った。ついでに井戸水の温度は非常に冷たく、顔を洗った瞬間に頭に氷水を浴びせられたかのような感覚と頭痛に襲われ、直ぐさまタオルで拭き取ろうとしたら持ってくるのも忘れていて一人で絶望の気分を味わっていた。
今度からはちゃんとタオルを持ってこよう、ついでに上着も持ってこようっ!と心の中で自分と誓いを交わすという経緯を生じながら俺は再び家の中へと入る。たが、これから雨の月、海の月となるにつれて温度が上昇していくので上着は必要ない、という事実に俺が気づいたのはこれから何ヶ月も先のお話である。
「さて、どうしたものか………」
一通りのやることを終えた俺は、リビングにある椅子に腰をかけて、腕を組み、足も組み、ただボケーと座っていた。これから農業の作業をする気分にはとてもなれないし、ましてや朝食を食べていない俺が動けるはずがない。俺自身が作ろうにも、料理は大の苦手分野の一つで、作っている最中全ての食材を暗黒物質に変換してしまい、とても食べられた物など作れない。かといって、ぐっすり寝てるアクシアを無理矢理叩き起こせるほど俺はデリカシーの無い奴じゃない。よって俺は、アクシアが自力で目覚めるまでの時間をどのようにして潰すのかをひたすら考えることに集中する他無いのだ。
十分くらい経過しただろうが。時計がないこの部屋で正確な時間を計る術はなく、大体自分自身の感覚時計で計ったら十分くらいということだ。もしかしたら、まだ五分しか経過していないのかもしれない。何分、俺はせっかちな奴だから、全く可能性のない話では無いと思う。それはそうと、いくら考えようにも全く暇つぶし案が思いつかない俺は、何のアテもなく部屋を見渡すことにした。
木造建築の一階建てで、大きさはそれほどでもない。大人二人が暮らしていてチョット広いと感じる、その程度の広さだ。元々この場所に建てられていたのを、持ち主不明ということで無断で借りて住んでいる。今は多少なりとも綺麗にはなったが、当初は一体何十年放ったらかしにしていたのかわからないほどの有様で、虫や雑草のオンパレードだったのを、俺とアクシアが二年かけてようやく住めるレベルにまで修繕したのだ。あまりにも腐っていた木は新しい物に取り替えて、まだ使えそうな骨組みはそのままにしておいた。なので、あちこちに古い木が見あたるのはそういった経緯があることを理解して欲しい。
この家にはリビング、キッチン、寝室の他に風呂場とトイレと空き部屋がある。水道やガス、電気と言った精霊の力を借りて生み出す生活に必要な三代要素の設備は一切なく、水は井戸水を、火は自分で起こし、明かりはランプで賄うなど、かなり原始的な生活を行っている。最初は苦労したものの、慣れてくるとこれが意外と楽しい楽しい。今では自ら火を起こしたり、みずを汲んだり、明かりを灯したりしている。
「そう言えば、そんな時期もあったよなぁ………」
家を見渡しながら過去のことを振り返ると、とても懐かしい気持ちでいっぱいなった。こんな生活を続けてはや五十年が経過しようとするのを思うと、とても長い日々を過ごしたような気がする。
「だからか………こんなに朝早くに目覚めたのは」
俺は何故、今日早起きしてしまったのか。その答えは、本当は起きた瞬間に気づいていた。気づいてはいたが、あまり思い出したくなかった内容だったので、今まで伏せていた。だが、これ以上考えても暇を潰せるようなネタを思いつけるわけもなく、俺は仕方が無いと妥協のような気持ちで考え始めた。
俺は夢を見たのだ。五十年前、十二人の勇者によって『殺されたはず』だったのあのシーンをの夢を………。