携帯電話
携帯が鳴った。ディスプレイには非通知の文字が出ている。俺は眉をひそめて携帯のボタンを押す。携帯を耳元にあて、ぶっきらぼうに話す。
「もしもし」
携帯から女の声が聞こえてきた。
『あ、もしもし、若菜ちゃん?』
声はどちらかと言うと、女の子という感じだ。俺の携帯はなぜか間違い電話が多い。今回も間違いだろう。
「すいませんが、そちらはどなたでしょう?」
『え?若菜ちゃんふざけてるの~?愛だよ、あい』
「あの、間違い電話じゃないですか?」
『もー、そんなの騙されないよ。若菜ちゃんさ、知ってるの?』
「いや、だからまちが『ねぇ、どこで知ったの?あたしが自殺するって』
俺の言葉を遮ってくる。しかも聞き捨てならぬ事を言い出した。返す言葉に詰まって沈黙が訪れる、と思ったが向こうはぺらぺらと話す。
『本当は、今から死のうと思ってる。だけど、何で若菜ちゃんが知ってるのか気になってたから、今こうやって電話してるの』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
『ねぇ?なんで知ってるの?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
『答えてよ』
「・・・・・・・。あのさ・・・、あんたは死にたいの?」
『えっ?』
電話の向こうで明らかに動揺している。何か音楽を聴いているのか、後ろの方から音楽がかすかに聞こえてくる。
『死ぬよ』
「嘘だな。あんたは死ねないよ」
『・・・・・・・・・。なんで?』
「だってさ、今怖いんでしょう?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・。』
今度は向こうが無言になる。別に適当にあんたは死ねないとか言ったわけじゃない。そこには俺の確信があるから。
「死を怖がってる奴が死ねるわけが無い。世の中そんなに優しくないから。死にたい奴は、未練がましく友達に電話なんかしない。知りたいとか言ってるけど、それはただ死ぬ時間を引き延ばすための理由だよ」
一気に喋りすぎて酸欠になりかける。それでも深呼吸して話を続ける。
「だから、あんたは死ねない」
断言して、携帯を耳につけたまま黙る。向こうの反応がないから、死んだかと勘繰ると反応があった。
『若菜ちゃん、じゃないね。あなた誰?』
「間違いだって言っただろ。俺は、あれだよ、あれ。・・・・・・、神様?」
『何で疑問系なのよ』
笑い声が聞こえる。どうやら笑いのつぼに入ったらしい。携帯電話からは女の子の笑い声が響く。少し待つと、やっと笑いがおさまったのか苦しそうな声が聞こえてくる。
『あぁ、もう。お腹痛くなっちゃったよ』
「知らねーよ」
『あなたって自殺しようとしたことある?』
「ねーよ」
『なのに、あたしにあんな事言うの?』
「言っちゃいけなかったか?」
『まさか!事実ばっか言われちゃって、涙腺がやばい』
声がゆっくりと鼻声になる。きっと本当に泣きそうなんだろう。
「そうか。それはよかったな。もう電話切るぞ」
『えっ!?こんなに人のこと揺さぶって切るの!?』
「俺には関係ないし。じゃあね」
『ちょっと!!あ・・・・』
何か言いかけていたがお構いなしで切った。これで電話の女が死んだら、俺のせいになるだろうか。いや、自殺する本人が悪いよな。そう考えて携帯をベットに放り投げた。俺が携帯の女を気にする理由はないはずなのに、何でか苛立ちを感じた。
気分転換にコンビニ行って、アイスでも買ってこよう。
寝る前に携帯を確認すると、Cメールが一件だけ来てた。友達にCメールしてくる奴はいない。メールを確認すると、しらないアドレスからだった。内容は短かった。
『ありがとう。あたし、あんたと仲良くなりたい。連絡下さい。』
俺はメールの電話番号を着信拒否にした。着信履歴に残っていた、今さっきの電話番号は消した。
その作業を終えたとき、なぜか安堵の息を吐いた。その理由を考えて、頬が熱くなる。
安堵したのは、さっきの女が生きているからだろう。
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