『硬いことは良いことか』 急
ロッサの棺の秘密。それは、葬るためのモノではなく再び目覚めるためのモノであった……。
洪水、戦争、封印。かつてロッサを襲ったと考えられる史実。迫害、忘却、使命。現在彼女が向きあわねばならない事実。現実とは非情なモノで、一難去ってまた一難とはまさにこのこと。何故彼女は、この純粋無垢な愛すべき存在はこれほどまでに苦しまねばならないのか。喜々として御馳走をむさぼるロッサを見ながら、琉は考えていた。
「せめて、彼女が今笑顔でいられる場所があること。……それが救いって奴か」
思わず琉の口から漏れた一言。それを聞いたロッサは、琉の方を向いて言った。
「どうしたの? 何で難しい顔をしてるの? せっかくの御馳走なんだからもっと食べようよ!」
はいはい、そう言いながらも琉の顔には自然と笑顔が戻っていた。
「そうだね、ロッサちゃんの言う通りだぁ。このことはまた明日だねぇ」
「ま、今は食べようか!」
アルとゲオの表情もほころび、四人は改めて食事に手を付け始めた。
「それにしてもロッサちゃん、飲むねぇ。1升あった泡盛がもう空になっちゃうよぉ!」
ロッサはこう見えてかなりの酒豪である。以前にもワインボトル(750mL)を一人で二本も空にしており、今回も琉達が話している間に次々と泡盛を飲んではおかわりしていたのだ。具体的には琉達が三杯飲む間に彼女は何と九杯も飲んでいた。
「仕方ない、ビール開けようか」
ゲオが冷蔵庫からビール瓶(小瓶)を取り出した。栓抜きを掛けるとたちまちプシュッと豪快な音がする。
「これ、何?」
「ビール。ソディアの酒でね、ここの料理によく合うんだ。……しかしロッサ、本当に大丈夫かい? というか、今日は泡盛だけで終わらす予定だったんだが……」
因みにこの世界でビールと言ったら砂豆で作ったモノである。
「やっぱサソリにはこっちだな。キンキンに冷えてやがるぜッ!」
琉達の話題は棺のことから次第に食べ物のことに移っていった。
「へぇ、やっぱり今でも自炊してるんだぁ!」
「んじゃさ、彼女にも御馳走しちゃったり?」
へへっ、と笑った後、琉は言った。
「もちろんに決まってるだろう? むしろやんなきゃ漢じゃねぇっての。実際彼女はよく食べるし、俺の料理を気に入ってくれたみたいだし!」
得意気に語りつつ、オオトカゲの身を頬張る琉。普通、この世界の探検家は料理人を雇って任せるか、外食で弁当を買い込む人がほとんどである。そのため琉のようなタイプはかなり珍しいといえるだろう。するとゲオが言った。
「しかし琉ちゃんよう、これだけ食欲旺盛なのに何で彼女は筋肉つかねぇんだ?」
確かにロッサは、いかにも女性らしいむっちりと丸みを帯びた体つきをしている。これがハルムに組みついて捕食するなんて考えられないほどに。
「筋肉? 十分付いてるだろ。でなきゃこの胸はありえないぜ」
するとゲオはいきなり立ち上がり、ロッサに近づいた。いきなりのことに驚くロッサ。ゲオはロッサをじろじろと見始めた。
「ゲオ? さては惚れたな?」
冗談を言いつつ酒を飲む琉。しかしゲオは、琉とロッサには想像のつかなかったある行動に出たのである。彼はスッと彼女に手をのばし、そして
むにゅうっ
「……え、何?」
何と、大胆にも彼女の胸を片手で掴んだのである! キョトンとするロッサ。それを見た琉は思わず酒を口から吹き出し、たじろぎながらこう言った。
「おい馬鹿やめろ、つか何やってんだ! 俺でもまだ触ってねぇンだぞ!!」
顔を真っ赤にし、あたふたする琉。半ばパニックに陥ってる彼にゲオは言った。
「なぁ琉ちゃん、おめぇこんなにぶよぶよとした胸が好きなの? これじゃあただの脂身じゃねーか」
説明せねばなるまい。トヴェルクという種族には、男女ともに鍛え上げられた筋肉隆々の肉体こそが至高という価値観がある。そのためヒトやアルヴァンからすれば魔性ともいえるロッサの体はむしろ“デブ”の範疇に入り、あまり好まれるモノとはいえないのだ。
「ありゃ残念、胸筋じゃなかったのぉ? だったらもっとカチカチにならなくちゃあ」
またもや解説せねばなるまい。ディアマンという種族の価値観は鱗と筋肉で出来たカッチリした肉体こそが美しいというモノで、トヴェルクのそれとかなり似通っている。因みにヒトとアルヴァンと同じように、トヴェルクとディアマンの間にも同様に混血が生まれるという特徴がある。
「あのなぁ、俺達からすりゃあこれくらいが良いんだよ! ……ってロッサ、どうしたんだ?」
ロッサは飲むのも食べるのもやめて自分の胸を触っていた。どうやらさっきのことを真に受けてしまったようである。
「ねぇ、琉……」
ロッサは琉の手を掴んで言った。
「ゴクリ……な、何だねロッサ……」
妙な緊張感を覚える琉。すると何を考えたか、ロッサは自分の胸を琉の手に触らせたのである!
「ひゃ、ひゃあっ!? ……ってあれ? 硬い……!?」
何ということだろう。ロッサの胸はあのふっくらした魅惑的なモノではなく、琉やゲオ達と同じ硬くてツルっとしたモノに変わっていたのである。
「ねぇ、どうかな? 硬い方が良い?」
「何、硬くなっただと!? ちょっと琉ちゃんどいて!」
茫然とする琉をどかし、ゲオがロッサの胸を撫でた。
「ヒューッ! 見ろよ彼女の胸筋を、まるでハガネみてぇだ!!」
「えぇ、変わったの!? やっぱり女も筋肉だよねぇ」
驚愕と感心の混ざったゲオの顔。その様子を見ながら放つロッサのドヤ顔。一方、一人酒を飲みつつゲンナリ顔の琉はこう言った。
「ロッサ、一々皆に好かれようとしなくて良いから……。少なくとも俺は柔らかい方が良かったぜ」
するとロッサはまたも琉の腕を掴むと、やはり自分の胸を触らせた。
「そうそうこうむっちりと、かつむにゅうっとしたこの柔らかい手触り……って、えぇッ!?」
琉はハタと気付いた。さっきから自分らがやっていること、それは……。
「あわわわわわ!! ちょ、ちょっとロッサ、さっきから何やってんのちょ、おい、て、てか俺さっきからむ、胸、ロッサの触っちまってる!? おろろろろろ!!」
「琉、何急に慌ててるの? ワケが分からないよ」
頬を赤らめ、意味不明なことを次々に口走る琉。元々照れ屋でシャイな性格だった彼に、これは少々刺激が強すぎたようである。
「む、胸、ロッサの胸……ブパアッ!!」
最終的に琉は大量の鼻血を出して引っくり返ってしまった。ロッサの胸を触ったその手は、卒倒してもなおビクン、ビクンと動いていた。
「ロッサだっけ? あんまり人に自分の胸を触らせちゃいけないよ。中にはこうなっちゃう奴もいるからね」
「特に琉ちゃんは本当はすごくシャイなんだよぉ。だからオイラ達と違って未だに独身なんだよぉ」
琉の顔を心配そうに覗き込むロッサ。と、こんなワケで琉の初めてのラッキースケベは血みどろな結果に終わったのであった。
琉ちゃん、ついに鼻血吹き出しちゃいました。では、次回予告です。
~次回予告~
「残念ながらこいつは“生きて”もらい受けるぜ!」
「琉、待ってて!」