『赤き瞳に映るモノ』 序
~前回まであらすじ~
アルカリアより帰還し、ハイドロに着いた琉を待っていたのはメンシェ教徒による襲撃であった。旧友との再会も束の間、メンシェ教徒を蹴散らした琉は予言の真意を確かめるべく海底基地を叩きに行った。ハイドロ島の危機を救った琉達であったが、同時にメンシェの実力と内部事情を知ることになった。そして一時の平和が訪れたハイドロに、再び朝日が昇ろうとしている……。
「ロッサ、朝だぜ。飯にするぞ!」
「ん……」
深い海の底から目覚めて、何度めかの朝を迎えた。わたしは眠い目をこすり、いつものように部屋を出る。
毎朝のことだが、琉は食堂に立っていた。何だかホクホクとした表情である。手には大きな青い果実を抱えていた。
「さっき近所に住んでたオバサンに会ってさ、パパイヤを分けてもらえたよ。今日は久々にハイドロ料理と行くか!」
そう言いつつパパイヤを剥く琉。彼の料理は美味しい。もしハルムを料理出来たなら、いかに美味しいモノが食べられるだろうか。しかしハルムは死ぬと、骨も残らず消滅してしまう。なので食べるには、生きたまま溶かして吸うしかない。
「しかしハルムは何で死ぬと消えちまうんだろうねぇ。もし料理出来るなら、ここぞとばかりに旨いモノを作れるっていうのにさ」
どうやら、琉も同じことを考えていたようだ。彼は美味しいモノに目がなく、島を回るたびにそこの名物を食べて来たらしい。今の時代に目覚めてすでに2カ月が過ぎようとしているが、お陰で今の時代における“食べ物”には詳しくなった。
「遺跡時代の料理ってどんなのがあったんだろうねぇ。きっと今じゃ想像もつかないような方法で作られたモノが、たっくさんあったんだろうなぁ」
琉の手が止むことなく動く。皮を剥いたパパイヤを細切りにし、火にかけた中華鍋に油をしくとそのまま炒め始めた。よく見ると、彼の手はゴツゴツとしている。指の付け根の辺りには出っ張りがあり、これは空手ダコというモノらしい。
「よし出来た! ロッサ、皿運び手伝って~」
テーブルに並ぶのはさっき作った料理の皿と、白いご飯の入った茶碗、そして大き目のどんぶりに入ったスープ。中には半分に割った魚の頭が入っている。これはうしお汁と言って、海水を煮て作った魚のスープだ。因みにこの魚、わたしが昨日仕留めた魚である。
「いただきま~す!」
二人の声が食堂に響く。お箸の使い方にも、最近は随分と慣れて来た。手で掴んだ方が早いような気もするが、これが風習らしい。
「ロッサ、今日はこの後エンジンルームの整備とハリバットの転送をすることになっている。それが終わったらカズの家まで行ってフローラを迎えに行こう。後、せっかく島に帰ったから墓参りにも行っておきたいかな」
琉には元々、“お父さん”と“お母さん”がいたらしい。しかし二人とも死んじゃって、今はお墓の下で眠っている。わたしと違い、コールドスリープなんかではなく2度と目を覚まさないのだそうだ。特にお母さんは、彼を生んですぐに死んでしまったために顔を見たことも話をしたこともないらしい。
「……ぶっちゃけるとさ、俺はフローラがうらやましいよ。君みたいなお母さんがいてさ」
今、わたしはフローラの“お母さん”となっている。だったら、あの子の“お父さん”は琉なのかな? でも何より気になること――わたしのお父さんとお母さんはどんな人だったんだろう。会ってみたいなぁ……会えないんだけどさ。
「フローラを大切にしてやれよ。母さんになったからには良い母さんになるんだ。俺には御袋の思い出が何一つない。御袋が残してくれたのは、この俺自身とこのスカーフだけさ……」
「スカーフ? そういえばいつも着けてたけど……それ、お母さんのなんだ」
初めて知った。あのスカーフ、お母さんのモノだったんだ。琉の首には常に少し色あせた赤いスカーフが巻かれている。それまでただのお気に入りと思っていたんだけど、そんな深い意味があったんだ……。
「……なんかスマン、辛気臭い話になっちまったな。食い終わったらいつも通りに洗い機に入れといてくれ、ついでにスイッチも頼む。ちょっと、エンジン見て来るわ」
ご飯の時間が終わり、わたしは部屋に戻った。エンジンルームは危険らしく、わたしは入れてもらったことがない。以前にフローラを追い回した時も、エンジンルームの手前でいきなりシャッターを降ろされたくらいだ。
(でも、お陰でフローラを捕まえることは出来たんだけどね)
わたしは部屋の中を改めて見まわした。琉の話だと、ここは今まで予備の部屋としていたという。しかし使う機会が全くなく、わたしが入るまで触ったことすらなかったらしい。とは言っても、わたしが入ったからといって特に変わった所はなく、せいぜい本棚に本が増えたくらいだった。
しかしヒマである。いつもなら部屋にある本を読んでいる所だが、今まで滞在していたソディア島には本屋が少なく、あるとしても琉が時折読んでいる専門的な難しいモノばかりなのである。唯一アルカリア料理の本があったのだが、一冊だけではモノ足りない。何をしようかな……。
「……そうだ。良いこと思いついた!」
しばらくして、扉のインターフォンが鳴り出した。
「ロッサー! エンジン整備終わったから島に上がるよー!」
琉の仕事が終わったようだ。わたしは扉に駆け寄ると、ロックを外した。
「待たせたなロッサ……ってえぇッ!?」
琉は部屋を見るなり驚きの声を上げた。彼の目に映った光景、それは部屋中を駆け回るたくさんの“わたし”の姿だったからだ。わたしの体は背も胸も小さくなり、皆それぞれフローラ程の大きさとなっていた。
「わー! ようし、つかまえた!」
「あーん、つかまっちゃったー! じゃあこんどはわたしが“おに”ねー!」
小さなわたしは部屋の中で追いかけ合っていた。カン高いを声を上げつつ、捕まった者は今度は追う側へと変わる。追う側となった者はケープを受け取り、肩に羽織った。
「あー! “えきか”はずるいよー!!」
ワーワーキャーキャー言いながら走り回る小さなわたし達。一方でその光景を見た琉は唖然した表情を浮かべ、“おに”となったわたしを呼んだ。
「おいおい、一体何が起こっているんだね? ていうか何をやってるんだい!?」
「なにって、あそんでたの。たくさんになって、こないだおしえてもらった“おにごっこ”をやってたのー!」
オルガネシア全土に伝わる遊び、“おにごっこ”。以前にこの島で追いかけ合いをやっていた子供を見た時、琉に教えてもらったのだ。本は読み飽きたし何をしようか……そう思った折に思い出したのがこの遊びであった。しかしこれは一人で出来る遊びじゃない。そこで思いついたのが……
「なるほど、それがやりたくて分裂したのか。全くびっくりしたぜ、また子供が生まれたんかと思ったぞ。ところで楽しかったかい?」
「うん、たのしかったー!」
「……そうかい。まぁでも程々にね。作業室に行こうか」
わたしは5つに分かれた体を戻し、琉と共に作業室に向かった。階段を降り、エンジンルームとは別の方向に進むとその部屋はある。
作業室。わたしにとっては琉と初めて会った場所であり、同時に第2の誕生の地でもある。この中に運び込まれた棺の中から、わたしは目覚めた。その後その棺は、アルカリアに住む技術者に送られ、分析されることになったのだ。
「そういや、転送装置って見せたことがあったっけ?」
「え、何それ?」
「……よろしい、付いて来なさい」
琉に連れられ作業室の扉を開く。そこに置かれているのは、昨日まで怖い存在だったハリバット。ただでさえ撃沈されたモノが、琉によってバラバラにされたため今はすっかり無残な姿となっていた。
「水分と塩分は取り除き、生きてる部分を抜き出しておいた。あとは送るだけだ」
琉は抜き出したそれを持ち、作業室の奥にある装置に持って行く。奥には巨大な金庫のような装置があり、扉をこじ開けると琉はハリバットの残骸を入れた。扉を締め、何やらダイヤルのようなモノを回し始める。
「一体何が始まるの?」
「転送装置。今のヤツをアルとゲオの工房に送るのさ。こないだの棺もそうやって送ったよ」
「え、どうやって? こんなに大きいのに!?」
更に琉は装置にPCと携帯電話を繋ぎ、番号を入力した。しばらくして、近くにあったモニターにアルの顔が映り始める。
『はいはい、こちらデュランダル工房、要件をどうぞぉ!』
モニターの向こうから、アルの元気な声が聞こえて来る。
「こちらカレッタ、昨日連絡した、メンシェの“落としモノ”を送信いたします」
『了解、送信して下さぁい!』
アルの指示に従い、琉がスイッチを入れる。すると目の前の機械のあちこちが光り出し、とても大きな音が響き始めた。更に更に、部屋全体がガタガタと揺れている。
しばらくして、パシューンという音と共に機械は大人しくなった。琉は機械のスイッチを切ってPCを外し、扉のダイヤルを回して扉を開ける。すると……
「ない! さっきまであったのに!」
『こちらデュランダル工房、落としモノは無事に届きましたぁ~! 何か分かり次第連絡するよぉ~!! じゃ、切りまぁ~す』
PCのモニターを見ると、さっきまでこの船にあったハリバットの残骸がアルの工房に置かれていた。なんと、本当に送れてしまったのである!
「すごぉい!」
琉はPCの電源を落とし、仕舞い込んだ。
「よし、今日の作業はここまでだ。フローラの所に行くよ!」
「は~い!!」
気付いた方もおられると思いますが、今回は全編ロッサの視点で書かれています。しかし1人称で書くのは斬新ではありましたが中々難しいですねぇ……。