『メンシェの予言が当たる時』 序
~前回までのあらすじ~
アルカリアから帰還した琉とロッサ。途中で誕生したロッサの娘フローラと共にハイドロ島に着いた一行を待ち受けていたのはメンシェ教徒と、それに追われるカズであった。何とかメンシェ教徒を退けた一行であったが、去り際に“この島は明日の夜、大地の叫びと共に海の底に沈む”という不吉な予言を放ったのであった……。
「へぇ、島民を拉致して兵器作りとは……。メンシェもバカにならんことをやるんだねぇ……」
「しかも毒ガス実験のオマケ付きさ。下手すれば得意先の職人達が全員あの世行きになってた所だぜ」
ハイドロに帰還したその日の昼下がり、琉はカレッタ号の船内にてアルカリアでの出来事を話していた。
「しかしまぁ、無事に帰れたからまだしも……。しかしそのリベールってヤツがロッサの記憶の鍵になるのか」
「あぁ、恐らくな。しかし肝心な史料が出て来ない。流石に、遺跡から一個人を特定するのは難しいぜ……」
ロッサの記憶に関わる重要人物、リベール・ドラゴニア。彼がいかにしてロッサと出会い、関わることとなったのか。それは未だに深海の闇に隠されたままであった。
「それより何より今思い出したんだが……。琉、お前いつの間に“仕込み”やがった?」
「はい? “仕込む”って、味噌か?」
琉には分からなかった。いや、いきなりこう言われて分かる人はそうそういないだろう。
「とぼけんじゃねー! さっき会ったぜ、ロッサ様の“御子”にな!!」
「“御子”!? ……フローラのことか!!」
やっと理解出来た琉。しかしカズの表情は“妬み”によってどんどんねじ曲がりつつあった。
「良いよな、お前は! ぬけがけして、ロッサ様に初めての相手をしてもらって、あの豊満な体を堪能しまくりながら……」
「そこまでだ。カズ、昼間っから“ノクターン”な発言をしすぎだぜ、ちょっとは自重しろ! つかお前、何か勘違いしてないか?」
琉はカズの勘違いをすぐに見抜いた。恐らく琉とカズが立場が逆でも、同じ勘違いをしていたであろう。
「良いかよく聞け。彼女らは単為生殖、フローラは彼女の余った細胞から生まれた子だ。どうもヴァリアブールに“男”はいないらしいことが分かった」
「ご、御冗談を!?」
カズからすれば極めて残念な話である。いや、そもそもヒトとヴァリアブールは別種の生物であり、間に子供が生まれる方がおかしいのだが。
「残念だったな、色んな意味で。そしてカズが、ロッサと何がしたいのかがよく分かったぜ」
「うっ……」
カズの顔がたちまち真っ赤に染まってゆく。今にも耳から湯気が、顔から火が出そうな勢いであった。
「琉、連れて来たよ~」
そこにフローラを連れたロッサが入って来た。
「おお! 子持ちになってもそのボディを維持し続けるなんて……ロッサ様素晴らしいです!! そしてフローラたんもママに似て可愛い……」
「おい、仮にも子供の前だ、少しは自重しろよカズ……!?」
琉がまたツッコもうとした時、突如船が揺れ始めた。
「っとと、これで4回目だぜ!? ここは真下にマグマが流れているとはいえ、いくらなんでも多くないか?」
「なぁ琉、やっぱヤツらの言ったことは本当なのかなぁ?」
カズが弱気な声を上げる。メンシェ教徒を追い返したこの日、ハイドロでは不審な地震が頻発していた。そしてその度に、メンシェ教徒の捨てゼリフである“大地の叫びとともに海の底に沈む”という言葉が脳内で響くのである。
「ねぇ琉、あの4人はどうしたの? もう一回聞きだそうよ!」
「ロッサ、アイツらならさっきの連中が回収していったぜ。こうなりゃ……」
琉はある案を思いついた。
「今からこの湾に潜る。遅かれ早かれ乗りこむつもりだったからな、ヤツらの持ってた追跡コインを、ちゃっかりこちらのヤツにすりかえておいた。これで基地の場所が特定出来るぜ」
琉は得意げに携帯電話を取り出し、レーダーを表示した。それをカズとロッサ、そしてフローラが興味津々に覗きこむ。
「この水面にあるのがカレッタ号。そしてこのポインターがヤツらなんだが……」
「とりあえず追いかけようぜ! 島が沈んでからじゃ遅い!!」
舵を切ろうとする琉。しかし彼はその手を止め、言った。
「ロッサ、ちょっとこっちへ」
琉はロッサを呼んだ。
「ロッサは行くだろうが……フローラはどうする? カズに預けようと思うんだが」
海の中はプロの世界。生まれたばかりのフローラと素人のカズを海底に連れて行くのは、これからやることの危険性を熟知している琉にとって許されぬことであった。
「……うん、そうする。カズなら、安心して任せられるから」
「ありがとう、ロッサ」
生まれたばかりの子を母親と引き離すことに、琉は抵抗を感じていた。しかしロッサはそれを承諾したため、琉は決心が付いたのである。
「カズ、島に残ってくれないか?」
琉は思い切ってカズに言った。
「何だって!? オレだってハイドロの人間だ、なのにアンタ一人に任せてオレは島で待機だぁ? ふざけてんじゃねぇぞ、オレも行く!!」
案の定、カズは琉に突っ掛かった。島民として、故郷を救いたいのはカズも同じであり、それは琉にもよく分かっていることだった。
「このフリムンがッ!!」
それでも琉はカズを一喝した。メンシェ教徒相手に放つような剣幕が、船内に反響する。あまりの迫力に、流石のカズも黙りこくり、ロッサとフローラは抱き合って引いていた。
「……すまん、つい大声出しちまった。あのな、こういうことに素人さんを巻き添えにするのは、俺のプライドが許さないんだ。それに……」
琉はフローラの方をチラと見た後、続けた。
「フローラを、預かってほしいんだ。アンタだからこそ安心して預けられる、だから島で待機して欲しかったんだ」
「……だったら仕方ない。この子のためだ、オレは島に残るぜ!!」
カズとフローラをハイドロの港に残し、カレッタ号は湾の海底に潜って行く。確信は持てなくとも、琉は遅かれ早かれ突入するつもりであった。
「ヤツらが向かったのは水深250m。つまり、この湾の最深部ってことか」
レーダーを確認しつつ、琉は呟いた。追跡コインの軌跡を辿り、潜水形態となったカレッタ号がその地点へと向かって行く。と、その時だった。
ガタン!
サーチライトの向こうの闇の中から、カレッタ号目がけて一筋の光が放たれたのである。不意撃ちによる衝撃が、琉とロッサを襲った。
「うわッ!? やりやがったなこの……ん?」
すぐに迎撃の準備をしようとした琉。だがその時、琉の手元から呼び出し音が鳴り始めたのである。
「大体の想像は付くが……こちらカレッタ号!」
「飛んで火にいる夏の虫とはまさに貴様のことだな、彩田琉之助」
相手からの第一声。琉はそれを挑発ととった。いや、挑発としかとれなかったと言った方が良いだろう。すぐにツインレーザーのレバーに手をかけて、琉は答えた。
「あいにく、火を吹くのはこっちだぜ。基地ごと吹っ飛ばされたくなければ、大人しくハイドロ島から撤退することをお勧めしようか!」
「貴様がこの基地を撃てば、貴様の船も吹き飛ぶこととなるぞ? それでも良いかな?」
「何ィ!? どういうことだ、まさか爆弾でも詰めてんじゃなかろうな!」
相手は、何処か余裕ともとれる口調で話した。一方の琉は動揺を隠せない。
「彩田琉之助。貴様の船は既に包囲されている、大人しく武装を解除せよ」
「包囲? ふざけるな、レーダーにもサーチライトにも引っかからない船なんているワケ……」
ガタン!!
二度目の衝撃。言葉の途中でよろける琉とロッサ。
「琉、気を付けて! 周りに他の船が一つ二つ……六つはいる! それも急に出て来た!!」
「何、それは本当か!? ……アギジャベッ(くそッ)!!」
悔しさを吐く琉。やむなくツインレーザーを仕舞い込んだ。
「それで良い、そのままこちらの船と共に来てもらおう。我々メンシェ教の開発した高性能擬態戦艦“ハリバット”の能力、思い知ったか!」
ハリバット。高性能なステルス装置を搭載した、メンシェ教側の新たな戦力である。流石の琉とロッサも、これを察知することは出来なかった。何故なら本来この世界では完全に戦闘向けの船など作られておらず、ましてやステルス装置など作られているワケがないためである。しかも相手は6隻、本来探索用であり戦闘に特化したワケではないカレッタ号に、勝ち目は全くと言って良い程なかった。
連行されるカレッタ号。六つのビーム砲に囲まれ、ヘタに動けばたちまち新たな遺跡に変えられてしまう。通信を切り、琉は痛感していた。自分は罠にハメられた、相手は最初から自分達をおびき出すのが目的だったのだと。
「琉、どうするの!?」
ロッサの不安そうな声。琉がそっと彼女の肩を抱くと、かすかに震えているのが分かる。琉は少し目を閉じ、言った。
「とりあえず、話は基地に入り込んでからだ。ロッサは身を隠しておいてくれ。とにかく、今のうちに案を練らなきゃな……」
今回登場したメンシェのメカニック“ハリバット”。名前の元はヒラメの英名となっております。さて、罠にハマった琉とロッサはどう対処するのでしょうか!?




