『ハイドロよ、琉は帰って来た』 破
ハイドロに帰った琉を待っていたのは、メンシェ教徒に追われる旧友の姿だった。そこで琉はカズを救出し、同時にメンシェ教徒を捕えることに成功する。
琉がカズと外に出てる間、ロッサはメンシェ教徒達に“脅し”をかけていた。
「ひぃっ、やだ、死ぬなんてやだ……!」
「ふふふ、本音が出ちゃってるわね。今まで食べて来た子達はもっと強情だったわよぉ? でも良いわぁ、もっと怯えてちょうだい……」
ついつい演技に熱の入るロッサ。誰も知らない第三者から見れば、まさしく悪魔としか言いようがないだろう。だが、メンシェ教徒は思わぬ方法に出た。一人があることに気が付き、ひそひそと話始めたのである。
「あらぁ、内緒話? そんな隠しごとなんてしてないでわたしにも聞かせてよぉ」
それに気付いたロッサは高圧的に問い詰めた。しかし相手の反応は、ロッサが今まで見た者の誰よりも異端なモノであった。
「おい貴様、何であの男を食わないんだ? 我々よりかはずっと旨いと思うんだが」
ロッサの顔が一瞬歪む。この男、何を考えているのだろうか。ロッサには分からなかった。
「変なこと聞くわねぇ? あの人は食べないわよぉ、だって拾ってくれた……」
「拾ってくれた恩があるから食わない? おかしいぞ、悪魔だったら目覚めて早々にあの男を食らってもおかしくないはずだ。……そもそもあの男に守られてる時点で、悪魔は実はヒトを食えないんじゃないか?」
微妙に曲解されてるとはいえ、彼らの言うことはあながち間違っていなかった。ロッサはメンシェ教徒の多用するスタンガン、即ち電撃に弱い。そして例え相手がメンシェ教徒でも命を奪うことまでは琉によって止められている。ハルムを見つけた時のように攻撃することはほぼ不可能なのだ。
「ロッサ、白状するヤツはいたか?」
何とも良いタイミングで、琉とカズが扉を開けて入って来た。
「おい貴様! こんなことしてタダで済むと思うなよ!」
「そう言えば、何で貴様は一緒にいるにも関わらず食われないんだ!?」
ここぞとばかりに噛み付くメンシェ教徒達。ロッサは目を潤ませた状態で琉に言った。
「うぅ、相手がいきなり強くなったよぉ! しかも大したことないって言われたよぉ……」
「そうか。だが安心してくれ、ひそひそひそ……」
琉はロッサに何かを吹きこんだ。そしてメンシェ教徒に向かうとこう言ったのだ。
「アンタ達、ロッサをカン違いしてたみたいだな。だったら目にモノくれてやるぜ。ロッサ、オードブルだ。カズを食え」
琉がそういってカズに目を向けると、ロッサはたちまち液化してカズに飛び掛かった。
「お、おい琉! 何を考えてるんだ、早く彼女を止めて……」
「ふふふ、逃げちゃダメよぉ……」
カズは素早くロッサを振り払い、部屋から出て行った。だがロッサの追撃は止むことがなく、ロッサが廊下に出てわずか十数秒。悲鳴が上がった。
「ロ、ロッサ様どうかお許しを……みぎゃあああああああ!?」
「ゆっくり、溶かしてあげる……」
声を聞き、震え上がるメンシェ教徒達。琉はそれを半分笑いをこらえつつ眺めていた。
(ロッサがすごいのは分かっていたが、カズがかなりの演技派だったとはな。こりゃホラー映画かなんかの被害者役で一儲け出来るぞ)
琉が心の中で呟いている、そんな中でも二人の演技は続いた。
「どう? 呂律が回らなくなってきちゃったでしょう?」
「あひぃっ!? らめぇ溶けちゃうのぉぉッ!!」
思わずため息をつく琉。カズによる迫真の演技は、カレッタ号中に響き渡っていた。
(流石にやりすぎだろ常識的に考えて……。まぁ、コイツらが本気でビビってるからアリとしようか)
やがてカズの声は徐々に小さくなってゆき、遂には聞こえなくなった。この加減の仕方も、まさに役者とでも言いたくなるモノであった。
「ふふふ……ごちそうさま。美味しかったわよ、カズ」
ロッサは遂にカズを食らい尽した、そうメンシェ教徒達は思いこんで戦慄した。
「狂ってる! 貴様は友人をも悪魔にささげるのかッ!?」
「……だとすれば、ましてや敵対しているアンタ達は尚更、ねぇ?」
毒々しくセリフを吐く琉。ギロリ、と彼の目が4人を一瞥した。
「わ、分かった言う! 言うからこの私は助けてくれ!!」
「貴様! 裏切る気か!? だったら私が言ってやる!!」
揉め始めた4人。さっきまでカズを追い詰めていたチームワークは何処へやら、今度は自分が助かりたいために言い始めた。
「まさに極限状態ってヤツだな。良いだろう、早い者勝ちだぜ。今から3数えるからな、数え終わったらさっさと吐けよ!!」
ゴクリ、と唾を呑む4人。琉はメンシェ教徒を睨みつけたまま、口を開いた。
「3、2、1、ハイ!!」
「ハイドロ湾の海底だ! そこに我々の基地がある!!」
多少の時間差はあったモノの、4人はそろって“ハイドロ湾内の海底”と答えた。それを聞いた琉は驚愕し、同時に強い猜疑心を抱いて更に問い質した。
「海底だと!? ふざけるなコラ、ラング装者を敵に回したアンタ達に、そんな技術があってたまるか!!」
一方その頃廊下では、見事な演技を見せた役者二人がひそひそと話していた。
「うぷぷ! アイツらすっかり引っかかっただろうな!!」
「そうね。じゃあ作戦の続き、わたしの部屋に隠れよっか」
カズはロッサの部屋に入った。琉の部屋と比べてあまりモノを置いておらず、中はスッキリしている。そんな部屋でも、カズは有頂天だった。
「ヒャッハー、ロッサ様の部屋だー! 何だか良い匂いがするぞー!!」
小声ながらも歓喜の声を上げるカズ。女性の部屋に入ったことがなく、ましてや今いるのは憧れの巨乳美女の部屋である。ムリもない。
「あれー? おかあさん、このひとだれー?」
「あ、こらフローラ! 出てきちゃダメじゃない!!」
部屋の隅で壁に擬態していたフローラが、カズの声に気付いてひょっこりと現れた。すぐに注意を始めるロッサ。
「え? 今の声、誰? ……って、ええぇッ!?」
声に気付いて周りをきょろきょろするカズ。するとカズの目には、憧れの女性そっくりの幼女が映り込んだではないか! 当然のことながら、彼はびっくり仰天であった。
「あぁごめん、まだ話してなかったね。この子はフローラ、わたしの子なの」
「ロッサ様の子供、ってことは……」
ロッサの言ったことが、カズの脳内で反響する。そして彼の常識の範囲内で得られる結論はただ一つ。
「琉ゥーッ!! あの野郎、シャイボーイだと思いきや抜け駆けして“作り”やがったなぁッ!? あとで小1時間問い詰めてやるッ!!」
「……カズ、どうしたの? ワケが分からないよ」
地団太を踏むカズ。それを疑問の目で見つめるロッサとフローラ。単為生殖をする彼女らには分からぬ話である。
「さて、わたしはもう1回行って来る。今度は舐められないようにしないとね!」
「……完ッ全にアイツに毒されてる。このままじゃロッサ様が……わぁッ!?」
突如揺れ出した船。よろける3人。
「アギジャビヨー(どうなってんだ)!? ここは仮にも湾内だ、こんなに揺れるワケが……!?」
カズとロッサは扉を開いて廊下に出た。湾内でここまで揺れるなら、海はすでに大荒れであり、一刻も早く陸に上がらねばならない。だが予想をしていなかった事態が、ロッサとカズに遅いかかった!
バァーン!!
途端に響きだす銃声。カズは慌てて扉を締め直して、言った。
「やばッ!! 何でメンシェ教徒が入って来てんだ!?」
「フローラ、カズ、隠れて! やっつけてくる!!」
ロッサが指を鳴らすとその体はたちまち液化し、扉の隙間から流れ始めた。そして……
「ぎゃあああああ!?」
突如上がる悲鳴。ロッサの奇襲を食らったらしい。扉が開き、ロッサが顔を出した。
「やっつけて来た! でもまだいる!!」
「分かった、オレも行こう! これでも一応空手が出来る、ロッサ様一人に任せたら男が廃るしな!!」
カズはそう言うと、ロッサに着いて出て行った。そして倒れたメンシェ教徒を拾って盾に使い始める。これで銃弾は防げるはずである。
「ロッサ様に傷は付けさせん! この和雅が相手をしてやろう!!」
「それより早くこのことを琉に伝えないと! 先に行ってて!!」
「……はーい。やっぱオレは戦力外か……」
人質を抱えつつ見栄を切るカズに、冷静にツッコむロッサ。渋々承諾し、カズは琉が尋問を行っている部屋、作業室へと向かったのであった。
カズとフローラがばったり出くわしてしまいました。確かに、普通ならそうやって考えますねw しかし一難去ってまた一難、琉達はこの危機を脱することは出来るのでありましょうか!?