『リトルシップ・オブ・ホラーズ』 急
食堂内で邂逅した侵入者。ナメクジだと判断した琉は激闘の末に敗れ、ロッサが扉を開けた瞬間に相手は逃げ出してしまった。そしてそれを見たロッサは……。
「あれって……。おい、知ってるのか!?」
琉は床に崩れつつロッサに聞いた。
「間違いない、あれはわたし!」
「な、何だってー!?」
衝撃のカミングアウト。ナメクジだと思われた謎の生物の正体は、ロッサの体の一部が分離したモノだったのである。
「最近、特にイグピオンを食べてから体が急に大きくなって、重くなって邪魔になったから、今朝一部を分離して部屋に置いて来て、そしたら軽くなってスッキリして、でもあんなことになるなんて……」
つまり、琉が前々から感じていた違和感は決して目の錯覚などではなかったのである。
「待ってて! もう1度取りこんで来る!!」
それだけ言うと、ロッサ自身も液化して後を追い始めた。
「おい、待て!」
床に血痕を残しつつ、琉はロッサの後を追った。壁を伝い、ガタガタと走る琉。サッシュベルトをほどいて傷口に当てて押さえつけ、なんとか血を止めようとしていた。だが、ある程度進んだ所で琉はある重大な事実に気付いたのである。
(しまった! このまま行けばエンジンルーム、このままじゃエンジンもロッサも……!!)
稼働中のエンジンルームはあちこちに電流が走っており、ロッサが侵入すればあっという間に消滅することとなる。更にロッサの消化酵素は強力で、エンジンを溶かされたらカレッタ号は止まってしまう。琉は壁に張り付いて緊急スイッチを探し、カバーを外すと音声コードを入れた。
「エンジンルーム・シャットアウト!」
ガタン、という音が奥から響く。琉がその場に向かうと、案の定エンジンルームの障壁の前でロッサとその一部が対峙していた。
「間に会ったか!」
安堵の表情を見せる琉。一方のロッサも自身の一部を捕まえ、取り込もうとしていた。だが、思いもよらぬ結果が彼女を襲ったのである。
「うそ……。わたしが、わたしに拒否された……?」
「拒否ぃ? てことはまさか……」
ロッサの手から逃れた一部は、壁の隅で小さく震えている。それもまるで、怯えた小動物のように。
「ロッサ。コイツはすでに君自身ではない。君の体から生まれて、独立した意思を持った全く新しい個体。即ち、君の“子供”とでも言うべき存在だ。……ん? 子供……?」
琉は痛みをこらえつつロッサに言った。そして言った直後、琉はあることに気付いた。そう、これは即ち……。
「ロッサは“母”になれた……ってことなのか!?」
唖然としつつ、琉は言った。ロッサもイマイチ自覚が出来ない。こんな偶然に、命とは誕生するモノなのか。
「わたしが“母”に? でも、いきなりそんなこと……」
「自覚はないかもしれない、でも君が新しい命を生みだしたのは事実なんだ。そして生み出した以上、君はその子の“母”となる……はずなんだが」
ロッサはかつての自分の一部――即ち“子供”の方を向いた。
「ロッサ。何度も言うが、あれは君の子だ。それも生まれたばかりの……ってロッサ!?」
琉はすぐに気が付いた。ロッサの手は先端から赤黒く染まり、あの戦いや狩りに使う形へと変貌を遂げていたのである。それだけではない、彼女の眉間が裂け、あの第3の目が開いていたのである。
「ロッサ、一体何をする気だ!? 相手は同族、それも自分の子供だぞ!!」
琉の脳裏に浮かんだモノ。それは、今までハルムやメンシェ教徒と対峙した時のロッサの様子であった。本来の捕食者としての狩猟本能、そして身の危機を感じた時の防衛本能。どちらを発現した時も彼女の腕は染まり、目を取り戻して以来は額が開いていたのである。
(初めて子を産んだ動物は、子供を我が子と認識出来ずに殺してしまうことがあるという。ましてやロッサからしてみれば、あの細胞片は本体と共存することを拒んだ、いわばガン細胞とでも言うべき存在……そういうことか!)
琉は考えた。ロッサは異物と化した自分の一部を殺すつもりなのだと。自分の体に馴染まなくなったこの細胞片は、彼女自身を脅かすと考えたのだと。
「ロッサ、バカな真似はよせ! ……しまった!?」
時すでに遅し。琉が言うよりも早く、ロッサの指は我が子の体を貫いていた。
「そんな……」
愕然とする琉。さっきまで殺す気だった相手に、今は同情を覚えていた。だが、ロッサの一部には思いもよらぬ変化が起き始めたのである。
通常、ロッサの指で刺されたモノは、彼女の持つ消化酵素によって内部から溶かされてしまう。そのため、今回も刺された細胞片はそのまま委縮してしまうかと思われた。だがどうだろう、かつてロッサの一部だったこの生命体は委縮するどころか急激に大きくなり始めたのである。
「え……?」
その場から動けぬまま、琉は声を漏らした。彼にとって、さっきから起きている事象は想定の範囲外のオンパレード。脳内は既にパニック状態にあった。
そんな琉を差し置いて、ロッサの“子”は見る見るうちにヒトの姿を成し始めた。ロッサが指を抜くと、大きくなった“子”の体に色が着いてゆく。やがてただの細胞片だった“それ”は、ロッサをそのまま幼くしたような4~5歳の女の子へと姿を変えたのである。
「ロッサ、一体何が起こったんだ?」
「取り込めなかったから、新しくあげることにした。何だか、そうしたくなったから」
なんと、ロッサは自分の子供に体の一部を分け与えたのである。ロッサのドレスに似た赤いワンピースを着ており、ブルネットの髪は前で切りそろえた形となっている。ヒトの姿をもらったロッサの娘は、おぼつかない足取りで琉に近付いて来た。そのつぶらな赤い瞳に、琉の青い目が映っている。“子”は琉に向かって、そっと手を差し出した。
「仲直り、かな? ……さっきはゴメン」
琉はその場でしゃがんで目線を合わせ、同じように手を差し出した。が、次の瞬間である。
デュクシ!
「アッガァーッ(痛ぇーッ)!?」
無防備に差し出された琉の右手。それを見た“子”はその指を鋭く尖らせ、琉の手の平を貫いたのである。琉はすぐに手を引き、見ると手の平には見事な穴が空いていた。それを見たロッサ、自分の娘の背後からそっと手を伸ばすと、
デュクシ!!
「こら、ダメでしょ!」
「って、ロッサ! 何やってんだ!? DVにも程があるぞ!!」
何を考えたのか、ロッサは娘の後頭部に指を伸ばし、刺し貫いたのである! 思わず痛みを忘れて叫ぶ琉。だがロッサの指が引き抜かれると、娘はハッとした様子
で琉の方に向かった。そして、
「いたいことをして、ごめんなさい」
「あ、いや、その……。こっちこそゴメン」
ロッサは、娘にゲル分を与えることで直接言葉を教えたのであった。しかしそれを見慣れぬ琉にはあまりに衝撃的な光景である。
「とりあえずロッサ、それ人前でやるなよ? まぁとにかく、飯にしようぜ……っつぅ!?」
食堂に引き返そうとした琉。だが今までショックによって忘れていた痛みが、ホッとした瞬間に襲い掛かって来た。ガックリと崩れ落ちる琉。
「琉! 大丈夫!?」
「悪ぃ、作れそうにないぜ……。そうだ、今日はロッサが作ってくれないかい? 大丈夫、やり方なら教えるから……」
ロッサの肩を借りて食堂に向かった琉。包帯を巻きつつ、琉はロッサに包丁の使い方やフライパンでの炒め方を教えた。ロッサのモノ覚えが良いのか琉のレシピがシンプルだからなのか、料理は案外あっさりと出来上がることとなった。
「やはり親の手料理ってモノを、子供には食べさせないとな。……そう、食べさせられるうちにな……」
こうしてカレッタ号に内における事件は幕を閉じたのであった。
『航海日誌×月▽日。今日はこのカレッタ号に新たな船員が加わった』
その晩、琉は航海日誌を付けていた。隣の部屋では、ロッサが我が子を抱いて眠っている。そして琉のケガだが、晩になるころには血が止まっており、時折消毒をしながら包帯を取り換えている。しかし脇腹をやられたためか、寝がえりを打つとたちまち痛みが走った。
『……紆余曲折あったが、ロッサの子は何とかコミュニケーションがとれるようになった。しかしヴァリアブールが単為生殖をする生物だったとは予想外である。これまで男のヴァリアブールを探して棺を漁っていたが、これはどうも間違いだったようだ』
片手でキーを打つため、いつもより記録に時間がかかる。それでも彼は打ち続けた。
『……問題は島に着いた後である。幸い私は両利きだ、左手でも武器を扱うことは可能だが、脇腹のダメージがどうにも気になる。やはりバジュラムを頼んでおいて正解だったかもしれない』
『……さて、ロッサの娘だが、ロッサは“名前”を付けたことがない。そこで私が名付け親となることに決まった。一応ロッサの名前のパターンに則り、古代語で付けることに私は決めた』
生まれた子には、名前を付けねばならない。いつまでも“子”では正直呼称し辛いモノがある。
『……候補は3つ上がった。そこで私はそれぞれ名前の元になったモノを生まれたばかりの子に見せ、選んだモノの名前にすることにした。用意したのは一輪の花、遺跡で拾った宝石、そして夜空に輝く星である』
部屋に戻る前、琉は二人を甲板に呼び出した。そして部屋に飾ってあった花と売りモノのルビー、そして甲板から見える星空を子供に見せたのである。
『彼女が選んだのは花であった。選んで早速花を食ってたため、単純に食物だと判断したのかもしれない。実際彼女は食いしん坊だった。しかし花を選んだという事実には変わらないだろう。そこで私は花を意味する言葉からとって、この子に“フローラ”という名を付けることに決めたのであった……』
新キャラ登場! そしてロッサが子持ちになってしまいました!w 新しく誕生したフローラ、果たしてそれからどう活躍するのでしょうか?
~次回予告~
「カズ、コレを使えッ!」
「ハイドロが、沈む!?」




