『リトルシップ・オブ・ホラーズ』 破
カレッタ号の二人に平和な日常が訪れた。琉はロッサに空手を教えてやることに。だが、この平和な時間がいかに脆いモノかということを、二人はまだ知らなかった……。
「ハァッ! ハァッ!!」
「肩の力を抜いて……そうそうそう。うん、やっぱり覚えが良いね」
カレッタ号甲板。ロッサは普段のドレスから胴着に着替え、琉の指導を受けていた。長い髪を後ろで縛り、キリっとした目つきで拳を振るう姿はいつものイメージとは全く異なるモノであった。なお、彼女の胴着は琉のそれを元に変身能力を使ってドレスを変形させたモノである。
「ロッサ、帯の色は白だ。黒にするにはまだ早い。あと、サラシは腹だけでなく胸にも巻いといてくれ……目のやり場に困る」
……もちろん、琉のモノをそのまま再現したためにこういう間違いもあったのだが。特に琉と同じ格好だと、胸元が極めてきわどいモノとなる。そしてサラシを巻いても、その豊満な胸が押さえ切れてるとは言い難かった。
(う~ん、どうしても胸に目が……。しかしロッサ、こないだより背が縮んだか?)
琉はロッサに関して、ある疑問を抱いていた。というのも、オアシスへ向かう途中でイグピオンを捕食して以来、ロッサの背は琉と並ぶくらいに伸びていたのである。地下聖殿潜入中に彼は気付いていたが特に気にしていなかった。が、その背に比例して胸も大きく、更に髪がひざ裏まで伸びていたのである。……それもこの前日までは。
(やっぱり目の錯覚だったのかな……)
今のロッサは身長も胸も髪も初めて会った時のサイズに戻っている。自分なりに納得いく答えを出し、琉はこのことに関して考えるのをやめた。
「よし、基本はここまでにして、と。ロッサ、君の場合は指先を変形させるのが基本スタイルだったね?」
「えぇと、これ?」
ロッサは片手を変形させて見せた。彼女の指先は長い鉤爪状となり、鋭く尖っている。この指はロッサ自身の酵素による溶解作用と相まって、恐るべき切れ味を生み出す仕掛けとなっているのだ。琉はその指を見ると言った。
「君の場合は拳で突くよりこの指で突く、即ち“貫手”をメインで使った方が良いと思うんだ。ってなワケで、ちょっと見てくれ」
ロッサの前に出て、琉は姿勢を正すと呼吸を整えた。腰だめに構えた拳をそっと開き、指をそろえて伸ばす。そのまま腕を伸ばし、琉はその指で真っ直ぐに宙を突いた。
「……こんな感じ。君の場合は正拳突きの代わりにこれをメインで使うと良いかな」
「え、琉は使わないの?」
「使わないワケじゃないんだが……あいにくヒト族の指は脆い。硬い部分にこれをやると逆にこっちが突き指して病院行きさ。さ、続けようか」
琉のマネをして、宙を突くロッサ。徐々にその動きにもキレが出始める。
「良いぞ、その調子だ! ……おっと、もうこんな時間か。ロッサ、そろそろお昼にしよう。シャワー浴びておいで」
二人はそれぞれの部屋に戻り、胴着から普段着に替えるとシャワーを浴びた。琉は早々に着替えとシャワーを済ますと、一足先に食堂に向かった。
「さぁて、と。今日は結構運動したしな、スタミナの付くモノが良いだろうな。とりあえずオオトカゲの缶詰と……あとは野菜か」
琉は棚から缶詰を取り出し、更に冷蔵庫を開けようとした、その時だった。
パリ……シャリ……
冷蔵庫から妙な音がする。それも何かを齧るような……そう、虫が葉っぱを齧るような音がするのである。
「ん!? ……嫌な予感しかしねぇ、まさかとは思うが……」
琉は近くにあるスプレーを片手に、恐る恐る冷蔵庫を開けた。そして、カレッタ号中に琉の叫び声が響いたのである。
「アキサミヨー(げぇッ)! 何だこのでっかいナメクジはぁッ!! いつの間に侵入しやがった!?」
そこにいたのは琉の予想を遥かに上回る大きさの、真っ赤でかつベッチャリとした生命体であった。冷蔵庫を急に開けられたにも関わらず、この生物はまだムシャムシャとキャベツを齧っている。琉はそれを見るなり、生物の付いたキャベツを掴んで引きずり出し、スプレーを噴射した。が、相手はナメクジとは思えぬ身のこなしでキャベツから跳び下り、床を這って逃れようとしている。
「待ちやがれ! 汚物は消毒するように、ナメクジは駆除せねばならん! タックルス(ぶっ殺してやる)、食らえッ!! 」
琉は半ばキャラ崩壊を起こしつつ、スプレーを構えて生物の後を追った。食堂中を駆け回り、殺虫成分を大量に含んだ白い煙が辺りを飛び回る。
因みにこの世界において、ナメクジという生物は我々が現実世界において目にするナメクジより遥かに大きく、海水に順応しているため塩をかけても死なないというタフさと旺盛な食欲を持ち合わせている。そのため一端食糧庫に入ると、特に海の上では貴重なビタミン源となる野菜や果物を食い荒らすという、許すまじき害虫となるのである。そのため琉に限らず船乗りからは目の敵にされているのだ。
なおナメクジというのは俗称で、正確にはイソアワモチの類である。ただこの環境の厳しい世界で生き残るには、それだけの進化をする必要があったのだ。
「さぁ、追い詰めたぞ……。しかしまさかこの、ナメクジ564を使う日が来ようとはな……」
それは殺虫スプレーというにはあまりにも大き過ぎた。大きく、分厚く、重く、そして精巧過ぎた。それはまさに拳銃だった。角に追い詰め、半ば狂気に染まった顔に自らは気付かず、琉はそのトリガーノズルに指をかけた。
ブシャァァァーーッ!
拳銃型特大スプレーの先端から、今までにない量の殺虫剤が発射される。これだけの殺虫剤を浴びて生き延びられるナメクジなどいないだろう、そう思われるほどの量を琉は相手に浴びせかけた。
したり顔の琉。口元がニヤリと笑みを浮かべる。しかしその眼は依然鋭く、煙が晴れるのを待って睨んでいた。死骸を確認せねば安心出来ないからである。が、次の瞬間であった。
ビシィッ!
「アガッ(痛ぇッ)!?」
誰が想像出来たであろうか。殺虫剤の煙を貫き、なんとあの生物が飛び出して琉の顔に突進してきたのである。思いきり殴られたような衝撃を頬に感じ、琉はその場で倒れ込んだ。
(何なんだアイツは!? 本当にナメクジか? まさか突然変異でも起こしたのか!?)
琉を張り倒し、ナメクジと思われる謎の生物はすぐさま食堂の扉に向かった。しかし扉は閉まっている。逃げ道などこの生物には用意されていなかった。
「パルトネール・サーベル……」
サッシュベルトからパルトネールを颯爽と取り出し、サーベルの刃を展開すると、琉は遂に無言となった。堪忍袋がブチ切れた証拠である。普段のあどけない南国の少年風の顔つきが一変し、世にも恐ろしい鬼の形相と成り果てていた。流石にヤバいと思ったのか、生物の方も逃げるのをやめて琉に向かい始める。琉の眼光が生物に突き刺さり、遂に2体は対峙した!
振り下ろされる琉の刃。颯爽とかわし、再び琉に突っ込む生物の体。軟体状の体が矢の如き形を成し、琉に向かって来る。それを受け止めるサーベルの刃。しかし生物はその刀身に張り付くと、なんとジワジワと溶かし始めたではないか! 驚いて生物を振り払う琉。
(恐ろしいヤツだ……。だったら尚更生きて帰すワケにはいかん!)
再び構成されてゆくサーベルの刀身。トライデントの変形部は、特殊な磁場で金属イオンを吸着しており、溶かされたり欠けたりしてもすぐに再生することが出来る。
「パルトヴァニッシュ……」
処刑宣告とばかりに重々しい声でコードを入れる琉。エネルギーが充填され、パルトネールの刃が光り始める。この状態なら、刃は欠けたり溶かされたりすることはない。琉はじっと生物を見据え、剣を構えた。対する生物も壁を伝い、こちらに狙いを定めている。そして次の瞬間!
ズバァッ! ドゴォッ!
食堂内で交差する琉と生物。琉が着地した瞬間、生物は真っ二つに裂けて床に落ちた。破壊エネルギーを入れられたためか、断面が光を放っている。
「ざまぁねぇな……うぐッ!?」
刃の光が収まった瞬間、琉の脇腹を焼けるような痛みが襲った。押さえた手を見ると血が滴っており、服の一部が溶かされている。
「チッ、悪あがきかよ……って何!?」
生物の方を振り向いた琉は信じられぬモノを見た。なんと相手は斬られた断面を自切し、再び体をくっつけていたのである!
「ば、馬鹿な……!? ひぃぃっ!!」
すぐに再生した生物に対し、溶けた部分がすぐには収まらない琉。ほとんど一方的にやられたといっても過言ではなかった。脇腹を押さえつつ、震える手で再び剣を構える琉。
ガチャ
と、そこに扉が開き、空気を読まずに入って来る者がいた。
「遅くなってごめん、ごはん出来た? ……って琉!?」
扉が開いたことに気付くなり、生物はすぐさま廊下に向かって凄まじい速さで這って行き、入って来た者――ロッサとすれ違って出て行った。それを見たロッサの表情が一変する。
「あれは……まさか!?」
「アギジャベェ(くそぅ)……逃がして……たまるか……」
琉は片手でサーベルを、もう片手で脇腹を押さえつつ後を追い始めた。
「ダメ、そんな体じゃムリよ! それにあれは……」
琉負傷! そして謎の生物の正体は!? そして今回、ネタが結構仕込んでありますw




