『リトルシップ・オブ・ホラーズ』 序
~前回までのあらすじ~
砂の国アルカリア。その主要な島であるソディア島を訪れた琉とロッサ。二人は海底遺跡で重要な手掛かりを発見するが、メンシェ教の妨害により探索は続行不可能に、そして世話になっている職人の家族がメンシェ教徒いよる拉致事件に巻き込まれてしまう。二人は職人であるアルとゲオと共にオアシスに向かい、ハルムの襲撃やビショップ・ワインダーの攻撃をかいくぐって遂にメンシェ教地下聖殿を発見、壊滅させたのであった! さて、今回のお話は?
メンシェ教による島民拉致事件から二週間が経った。地下聖殿に残っていたメンシェ教徒のほとんどがアルカリア政府によって拘束され、地下聖殿自体もその実態を暴かれることとなった。
「ふーん……。地下聖殿は今日から取り壊しか。まぁ、壁を崩したり床を裂いたり、挙句の果てには司祭自らが天井をブチ壊したりしたしな。あれを改修出来るとは到底思えないぜ。まぁ、拾えるモノは全部拾っただろうけど」
地下聖殿の裏工房で作られていた無人艇やその材料は、新型のラングアーマーやトライデントの材料になるという。ソディア島の中心で解体に、琉も参加していた。元々技術者の多いこの島なので、作業自体はわずか一週間で終わりを告げた。そしてその後も、琉とロッサは引き続き海底遺跡の調査を続けていた。だが、エリアδ全域を調査したにも関わらず、これ以上の手掛かりは何も得られなかったのである。
「琉、これからどうするの? もうエリアδには何もないみたいだよ」
この日も作業を終え、琉とロッサは発掘品の仕分けをしていた。金目のモノはちょくちょく見つかるモノの、肝心なロッサ関連のモノは全くと言って良いほど出てこない。
「そうだな、一端ハイドロまで帰るか。ここよりか、エリアβを漁った方が何かと出てきそうだぜ。ひょっとすれば、既に何か掘り出されてるかもしれないし。そうすれば、わざわざ潜らなくとも見せてもらえば……。しかしあそこは今、メンシェ教徒が暴れ回ってると言うしな……」
そう言った時だった。突如琉の携帯電話が鳴り始めたのである。
「おや、カズ? どうしたんだろ……ハイサイ!」
電話に出る琉。
「ハイサイ琉? 今話せるか?」
「どうした。金の貸し借りと宗教の勧誘ならお断りだぜ」
少しおどけてみせる琉。しかしカズの口調はいつもに増してシリアスだった。
「違う。なぁ、ソディアのメンシェ教の勢力のことだけどさ。……やったの、アンタだろ?」
カズの様子に気づき、琉の表情までもが厳しくなった。
「鋭いな……誰から聞いたんだ」
「ネットの掲示板に上がってたのさ。『砂漠の青き英雄!』だの『トライデントを駆使して戦う若獅子』とか。とにかく、目撃証言を整理したらどう考えてもアンタしか浮かばなかったのさ。……だけじゃない。『自由へいざなう赤き瞳の聖女!』だの『白き翼の砂漠の天使』といった目撃談まであってな。……これ絶対ロッサ様だろ?」
「……あぁ、その通りだ。そんなに騒がれてたのか」
琉は肯定した。と同時に驚愕していた。確かに自分は地下聖殿に潜り込み、大暴れした挙句に囚人達を解放した。ネット上とはいえ、まさかここまで大きく騒がれるとは思いもよらなかったのである。
「……あんまり目立ちとうない。俺の事、他人に言いふらすなよ?」
「分かってる! しかしその腕を見込んでのお願いがあるんだ!!」
カズの声は必死だった。
「何だ、言ってみろ」
「なるべくすぐに、ハイドロまで帰って来てくれないか? もう我慢の限界なんだ! これ以上ヤツらに……メンシェの連中に好き勝手されたくないんだよ!」
刑務所襲撃事件の後、メンシェ教徒達は再びオルガネシア中に広がり始めたのである。そして今まで以上に過激な行為に及び始めたのであった。メンシェ教の信仰を強要、警察署襲撃、ヒト族以外の種族への表立った迫害行為など、カズが話した状況はそれはそれは散々なモノであった。
「分かった、明日にはここを出よう。良いか、あと5日は我慢してくれ! 良いな!?」
「ありがてぇ! 着いたら、いや近くに来たら連絡をくれ!」
そう言って、カズは電話を切った。
「ロッサ、明日はここを出るぞ。ここよりエリアβの方があるかもしれないし、何よりメンシェの連中に俺の故郷を荒らされるのはガマンならないからな」
ロッサは力強く頷いた。ロッサにとって、ハイドロは目覚めてから初めて脚を踏み入れた島である。琉と同様、この島への愛着は深かった。
「そうだ、確かアルに頼んでおいたモノがあったはず……」
琉は携帯電話の電話帳を探ると、再び耳に当てた。
「もしもしぃ~? あ、琉ちゃん!」
何処かのんびりした声が受話器から響いてくる。
「ハイサイ、アル! 例のモノ、出来た?」
「もちろんだよぉ! 取りにおいでぇ~」
その日の夕方、琉とロッサはアードラーに跨り、裏通りへと向かった。
「ねぇ、琉。“例のアレ”って何?」
「あぁ、そんなモン見りゃ分かるさ。お、着くぜ」
アードラーを玄関の前に停め、琉は早速インターホンを鳴らした。
「お、来たね。早速だけど上がってよ!」
出迎えに来たアルに言われ、琉とロッサは工房に入って行った。
「おぉ! 二人とも来たね! 見ろよ、この工房も随分キレイになっただろ?」
中でパイルバンカーの整備をしていたゲオが言った。彼の言う通り、工房内の銃弾や壊れた機械は撤去してあった。
「それで、これが頼まれてたバジュラムね」
「バジュラム? これ、トライデントじゃないの?」
ロッサは首を傾げた。アルが琉に渡したモノ、それは琉の腰に差してあるモノとそっくりな黒い棒であった。
「バジュラム。トライデントの元になったモノだ。でも本来工具のトライデントと違い、コイツは立派な武器なんだけどね」
バジュラム。トライデントの原型となった変形武器で、遺跡時代にはすでに使われていたとされている。変形部(サーベルの刃やチェインの鎖が飛び出る部分のこと)が棒の片方しかないトライデントに対し、このバジュラムは両端に変形部があり左右対称となっている。
「一応テストはしてあるよぉ。後は音声データを入力するだけだねぇ」
「分かった、ありがとう! ……そうだ。明日、帰ることとなった」
琉はバジュラムを仕舞うと、アルとゲオに言った。
「帰る? そっか、そういやもう、エリアδは全部回ったんだったな」
「それもあるが……今ハイドロがヤバい」
「ヤバい?」
アルとゲオが同時に声を上げる。
「ハイドロは俺の故郷なのは以前話したよね? やっぱりというか、最近メンシェ教の暴れっぷりがまたひどくなったそうだ。それで、遂に友人から助けを求められちまった……」
琉はある程度予想はしていた。オルガネシアの刑務所が襲撃された後、ハイドロ島の警察署がメンシェ教徒によって襲撃を受けていたのである。その後のカズの情報で、襲撃をかけたメンシェ教徒は捕まったということだったのだが、その程度でヘコ垂れるような連中でないことを琉は熟知していた。
「だからこないだ注文してきたのかぁ。まぁ、バジュラムなら3日で作れるから良いんだけどさ。……でも、無茶はするなよぉ?」
翌日。朝早くから、アルとゲオが港に来ていた。
「じゃあなぁ~! また来てくれよぉ~!」
「今度来たなら、また一杯やろうぜ! それまで元気でな~!」
二人はカレッタ号が見えなくなるまで、手を振り続けていた。ロッサも後部甲板で手を振っている。
「港まで来てくれてありがとう、アル、ゲオ。今度来るときは、ハイドロの旨いモノ持って行くからな!」
琉の別れ際の挨拶。彼は必ず、再会を約束して出航する。船乗りの性なのか、はたまた今回の船出が再び戦いに身を投ずるモノだからか。
「お、ロッサ、戻って来たか。じゃあそろそろ、自動操縦に切り替えるとするかね」
目的地をハイドロ島に設定し、琉はコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
「ねぇ、琉。この間やってたその……えぇーと……」
ロッサは琉に何かを伝えようとしている。しかし、言葉が出てこない。仕方なく、彼女はある動きをし始めた。拳を握り、腰だめに構え、そのまま真っ直ぐに腕を伸ばす。それを見た琉はすぐに分かった。
「あぁ、“空手”か。 あれはね……」
説明せねばならない。この世界の空手はオルガネシアの格闘技として知られており、特に琉の出身地であるハイドロ島はその本場として知られている。主に身体訓練と健康体操、そしてハルムに対する護身術として、琉はこの術を小さいころから習ってきたのだ。
「まぁ、遊び場といったら近所の道場か裏山の入り口だったしな。知らず知らずのうちに習慣になっていたんだ。自慢じゃないけど、島の中では強い方だったよ。よく裏山の岩や木を蹴って、変な技編み出して遊んだなぁ……。しかしそれが今役に立ってるなんてな」
はぁ、と溜息をつく琉。
「技って……飛石粉砕蹴りとか旋風螺旋蹴りとか?」
「そうそう、よう覚えてたね。……そうだ! ロッサも一つやってみるかい?」
「うん!」
ロッサは元気良くうなずいた。一方琉にはある考えが浮かんでいたのである。
(ロッサは、俺より力はあるが戦いそのものに慣れていない。ここで少し技を教え、身のこなしを覚えてくれればこちらとしても少しは安心出来る。そして何より、本人が興味津々だしな)
早速二人は甲板に出たのであった。
急展開を見せていた話も一段落し、久々のパロディタイトルですw さて、現在平和なこの船で、一体何が起こるのでしょうか!?