『琉さん事件です』 序
~前回までのあらすじ~
ロッサの記憶を戻すべく、アルカリア領にあるソディア島に向かった琉。そこで発掘したペンダントから、ロッサといつも一緒にいた人物、リベールの存在が明らかになる。そこで琉はロッサの水中での能力に着目し、彼女の記憶を確かに蘇らせるためにもう一度エリアδに向かって二人で探索して回ることにした。しかしその途中で謎の無人小型艇に襲われ、更にその小型艇はメンシェ教の差し金であったことが判明した……。
カレッタ号船内・船長室。明かりの中、カレッタ号のキャプテン・琉は一人PCに向かって航海日誌を付けていた。
『……まさかメンシェ教があのような武器を持ち合わせていたとは。もはや海の中も安全ではない。ロッサのためにも、明日は一旦ハイドロへ帰るとしよう』
『……例の小型艇は警察に引き渡すことにした。この島のメンシェ勢力が沈静化したら、私は再びソディアの地に足を踏み入れることとする』
一通り書き終わると、琉はシャワー室に向かった。壁の向こうからも水音がする。どうやら、ロッサもシャワーを浴びてるらしい。
「ロッサ……ハッ!? イカンイカン、何考えてるんだ俺は」
琉とて男である。壁の向こうで、グラマラスな美女がシャワー中と分かれば特定のモノを想像するのはもはや当然といっても良いだろう。
(やっぱ慣れて来たんだな、俺……。ちょっと前なら鼻血出して卒倒だぜ)
自らもシャワーを浴びつつ、琉は思っていた。彼の暮らしていたハイドロ島には田舎で同年代の女の子がおらず、18歳で入ったラング基地も男ばかりであった。女性と言ったら色気も減ったくれもないオバサンばかり。同年代の、若い女性と喋る機会はほとんどなく、あったらあったで緊張して何も喋れなかったのである。
「あれ、琉も水を飲みに来たの?」
「ふぇ? あ、いや、その、シャワーを浴びに来たんだ」
壁の向こうから不意に、ロッサの声がした。驚いた琉はありのまま、自分の本来の目的を壁に向かって言った。直後、琉はとある事実に気が付いた。
「ちょい待て。ロッサ、まさかシャワーから水を飲んでたのか?」
「うん、温かくて飲みやすいよ。水もたっぷり出るし」
説明せねばなるまい。ロッサはシャワーで浴びることで死んだ細胞を洗い流す他に、放たれた水を全身で“飲んで”いたのだ。いや、むしろ水を飲むことが彼女にとってシャワーを浴びる一番の目的とも言えるだろう。
「……まぁ、良いか。実際、いつもキレイにしてるみたいだし。腹、壊すなよ?」
シャワーから上がり、琉は近くにかかっていたふんどしを締めると、上から青い浴衣を軽く羽織った。彼のリラックスする時の部屋着はいつもこれである。サッシュを帯代わりに締めると、そのまま布団に横たわる。枕元にあった携帯電話を取ると、琉はおもむろにある番号を打ちこんだ。
「ハイサイ(よぉ)! 琉、どうしたんだ急に!?」
「ハイサイ、カズ。達者にしてたか? いきなりだが明日アルカリアを出ることとなった。3日後にはハイドロに着くと思うぜ」
琉が電話をかけたのは、ハイドロに住んでいる和雅であった。
「メンシェ教の奴ら、ついに海にまで追ってきやがってな。それで、メンシェ取り締まりがきっちりしている所で一旦身を潜めよう、と思ってさ」
「そうか……。そういや、ロッサ様は元気かい?」
「あぁ、元気だ。今隣の部屋でシャワー浴びてるぜ」
この後和雅が興奮し、暴走した挙句に鼻血を出して卒倒したのは言うまでもない。琉は久々の帰郷を楽しみにしつつ、目を閉じたのであった。
翌朝。突如琉の携帯が、いつものアラームとは違うけたたましい音を立てた。真っ白な布団から、浅黒い腕が携帯に伸びる。眠い目をこすりつつ、琉は携帯の液晶画面を見た。
「あぁん? 臨時ニュース受信? こんな時間に? おいおい俺はまだしも、一般家庭だったらまだ寝ている時間だぞ……。まぁ良いや、何々……!?」
ニュースを見た琉の目が一気に覚める。同時に引いてゆく琉の血の気。携帯の画面にあったモノ、それは……
『監獄襲撃! オルガネシア刑務所崩壊! 屋根にメンシェフラッグ!』
衝撃的な見出しとともに凄惨な映像がそこには映し出されていた。絶海の孤島、ガレキの山と化した刑務所、その屋根に立てられた旗、そこにデカデカと描かれたメンシェマーク。記事にはさらにこう書かれていた。
『オルガネシア刑務所は○月▽日未明に何者かの襲撃を受けた。刑務所には火が放たれ、看守や一部の囚人のうち約40人が死亡、約30人が行方不明となっている。屋根にはメンシェ教のマークを記した旗が立てられており、警察当局は指定テロリスト集団“メンシェ教”の仕業ではないかとして捜査を続けている……』
携帯の画面に齧りつく琉。すると画面が突然変わり、またしても鳴り始めた。電話の着信である。
「ん、カズ? 早いな……ハイサイ!」
「ハイサイ、琉!? ニュース見たか!? ハイドロには来るな、デージナッテル(大変なことになっているぞ)!」
「何、むしろ危険だと!? カズ、一体どういうことだ!!」
電話をかけて来たのは和雅であった。朝っぱらから緊迫した声である。肌蹴た浴衣を脱ぎ捨て、布団を畳みながら琉は携帯に向かって半ば叫ぶように聞いた。
「良いか琉、落ち着いて聞いてくれ。例の襲撃事件のニュースは見たよな? ……やっぱ見たか、その時に何人か行方不明が出ただろ? そいつらにはほぼ共通点があるんだよ……」
「共通点? 奴らが刑務所を襲うこと自体が俺には不可解だが……」
「簡単な話さ。こっちの情報じゃあ“教団員を取り戻すため”なんだそうだ。実はな、囚人のうちヒト族だけが見事に全員行方不明なんだそうだぜ。それだけじゃない、ハイドロ島内でも今朝交番で暴行事件が……」
布団を部屋の隅にやると、琉は携帯を片手に持ったままシャツを着始めた。
「チッ、どこに行っても危険ってワケか。そして脱獄早々御礼参りとは……」
「とにかく、今のオルガネシアは荒れている! 今帰るのは危険だ、良いね!?」
「分かった……。他にも何か、分かったら連絡してくれ。こっちは何か、対策を考えないとな……。マタヤーサイ(またな)!」
琉は携帯を切って机に置いた。ふんどしを締め直し、ズボンを履き、ベストを着こみ、上着を羽織って携帯を内ポケットに仕舞い、サッシュを締めると机に置かれたパルトネールを持ち、結び目に差した。洗面台に向かい、短めの髪を少し整えると琉は部屋を出た。
「全く、故郷に帰っても危険とは、物騒な世の中になったモンだぜ! ……いかん落ちつかねぇ、ちょっと“アレ”をやるかな……」
そう言うなり琉は、操舵室に向かいそのまま甲板に出て行ったのであった。
まさかの大事件。琉は帰れなくなってしまいました。さてどうなるか!?




