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第33話:触れるための条件

力とは、与えられるものではない。

教えられることはあっても、それを使えるかどうかは別の話だ。

特に、“触れてはいけないもの”に関してはなおさらだ。

そこにあるのは技術ではなく、認識の問題。

どこまでを“自分”として扱うのか。

その境界を越えたとき、初めて手が届く。

「……“外側の触り方”だと?」

アッシュは眉をひそめたまま、ゼルを見る。

境界の向こう側。

さっきまで対峙していた“名前のない存在”は、ゼルの干渉で一時的に止まっている。

完全に消えたわけじゃない。

ただ、“触れられない位置に戻された”ような感覚があった。

空間は静かだ。

だがその静けさの奥で、何かが常に“こちらを見ている”。

リナは少し後ろに下がりながら、二人のやり取りを見ている。

「本当に……教えるんですか……?」

不安と期待が混ざった声。

ゼルは短く答える。

「全部は教えない」

アッシュが笑う。

「ケチだな」

「当然だ」

ゼルは一歩、アッシュに近づく。

距離が詰まる。

だが不思議と圧はない。

それどころか、周囲の歪みがわずかに安定する。

「お前はまだ“内側”の考え方で動いてる」

「だから届かない」

アッシュは腕を組む。

「じゃあどう違うんだよ」

ゼルは少しだけ間を置く。

そして、ゆっくりと手を上げた。

「見るな」

「は?」

「感じろでもない」

ゼルは続ける。

「“決めるな”」

アッシュの表情がわずかに歪む。

「……は?」

意味が分からない。

今まで逆だった。

見る。感じる。決める。

それで“触れる場所”を作ってきた。

それを――否定するのか?

ゼルは言う。

「お前は今まで、“そこにあるもの”に合わせてきた」

「ズレを見て、支点を見つけて、そこに合わせて殴る」

「それは正しい」

「だが、それは“内側のやり方”だ」

アッシュは黙る。

ゼルはさらに一歩踏み込む。

「外側には“合わせる基準”がない」

「だから決めた瞬間にズレる」

その言葉が、少しずつ理解に変わる。

(……決めるとズレる?)

アッシュは視線を前に向ける。

“名前のない存在”。

さっきは“ここが中心だ”と決めて殴った。

確かに当たった。

だが、その後すぐに通用しなくなった。

(あれは……)

「固定したから、か」

小さく呟く。

ゼルは頷かない。

だが否定もしない。

「じゃあどうすんだよ」

アッシュは聞く。

ゼルは一言。

「触れている状態でいろ」

「……それができねぇから聞いてんだろ」

少し苛立った声。

だがゼルは気にしない。

「できない理由は単純だ」

「お前が“自分を固定してる”からだ」

その瞬間、空気が変わる。

アッシュの目が細くなる。

「……どういう意味だ」

ゼルは言う。

「お前は“ここにいる自分”を前提にしてる」

「位置、形、時間、全部だ」

「だから“そこから手を伸ばす”」

「だが外側では、それが邪魔になる」

アッシュは考える。

確かに、自分は“ここに立っている”という前提で動いている。

それを基準に、殴る位置を決める。

だが――

「それがダメだってか」

ゼルは答える。

「邪魔になるだけだ」

リナが小さく呟く。

「じゃあ……どうやって……」

ゼルは静かに言う。

「“自分がどこにいるか”をやめろ」

沈黙。

アッシュは数秒、何も言わない。

そして――笑う。

「……無茶言うな」

だがその笑いは、少しだけ楽しそうだった。

「けど、分かる気もする」

目を閉じる。

意識を内側に向ける。

“自分の位置”。

“立っている場所”。

“体の形”。

全部を一度、意識する。

そして――

それを、外す。

「……っ」

一瞬、感覚が消える。

立っているのか、浮いているのか分からない。

前後も左右も曖昧になる。

リナが不安そうに声を出す。

「アッシュさん……?」

だがアッシュは反応しない。

集中している。

(ここからだ)

さっきと同じ。

だが違う。

“決めない”。

ただ、“触れている状態”を保つ。

その瞬間――

“それ”が動く。

だが今度は違う。

近づいているのか、離れているのか分からない。

だが――

(触れてる)

確信がある。

どこかに“触れている”。

アッシュは目を開く。

拳を振る。

ズンッ――

当たる。

確実に。

今度は“狙っていない”。

それでも当たる。

ゼルの目がわずかに細くなる。

「……入ったな」

“それ”が揺れる。

今までよりも大きく。

だが同時に――

アッシュの体も揺れる。

「っ……!」

バランスが崩れる。

“自分の位置”を戻そうとする。

その瞬間、接触が切れる。

「チッ……」

舌打ち。

ゼルは言う。

「今のが“入口”だ」

アッシュは息を整える。

「安定しねぇな」

「当たり前だ」

ゼルは続ける。

「お前はまだ“内側に戻る癖”がある」

「それを消せ」

アッシュは笑う。

「簡単に言うなよ」

だがその目は、明らかに変わっていた。

さっきまでよりも――“理解している”。

リナが小さく言う。

「でも……さっきより、確実に……」

「ああ」

アッシュは頷く。

「触れてる」

拳を握る。

今までとは違う感覚。

“殴った”んじゃない。

“そこにあった”。

ゼルは静かに言う。

「それを維持できれば、お前は外側に届く」

アッシュは前を見る。

“名前のない存在”。

まだそこにいる。

だがもう、さっきほど遠くない。

「……いいじゃねぇか」

小さく笑う。

「やっと面白くなってきた」

ゼルは一言。

「ここからが本番だ」

空間が静かに歪む。

“外側”との距離が、少しずつ縮まっていく。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

今回は“外側への干渉”における基本概念として、「自分の位置や形を固定しない」という新たな認識を提示しました。

主人公はこれまでの戦闘とは異なり、“狙って当てる”のではなく、“触れている状態を維持する”という新しい段階に踏み込んでいます。

まだ安定には至っていませんが、確実に外側への干渉が可能になりつつあり、物語としても大きな成長段階に入っています。

次回はこの状態を戦闘の中で維持できるかどうか、そしてさらに上位の存在との関係が描かれる予定です。

引き続きお楽しみいただければ幸いです。

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