あの夜の、その先で
月見橋交差点の喧騒を少し離れ、あの狭い路地を曲がった先に灯る赤いランプ。 この物語を書き始めた時、私自身もまた、タケさんの差し出す一杯の酒と、常連たちの毒気にあてられた笑い声を求めていた一人だったのかもしれません。
『今宵も Red Light Bar で何かが起こる』というタイトル通り、この店では毎晩のように何かが起こりました。それは決して世界を揺るがすような大事件ではありません。誰かの失恋だったり、身勝手な自論だったり、あるいは時代に取り残された男の強がりだったり。 けれど、カウンター八席という狭い宇宙の中で交わされる言葉たちは、時にどんな格言よりも鋭く、時にどんな薬よりも優しく、彼らの、そして私の心を震わせました。
店主のタケさんをはじめ、マゆ姐、ゴウちゃん、マウス、神様、ミルクちゃん……。 書き進めるうちに、彼らは私の筆を離れ、勝手に酒を飲み、勝手に喧嘩を始めました。著者の私が「今日は平和な夜にしよう」と思っても、マウスが理屈を並べ、工藤ちゃんがズレた歌を歌い出し、結局はいつもの騒がしい夜になってしまう。そんな彼らの「生きてる熱」に、私自身が一番助けられていたように思います。
最終話で、店は一つの大きな節目を迎えました。 「場所」としてのバーは形を変えるかもしれません。けれど、タケさんが最後に気づいたように、店とは単なる箱ではなく、そこに集う人々の「思い出の集積」そのものです。 誰かが自分の役割を脱ぎ捨て、素の自分に戻れる場所。みっともない自分を笑い飛ばしてもらえる場所。そんな「赤い灯り」は、私たちが生きるこの騒がしい現実の中にも、きっとどこかに灯っているはずだと信じています。
全二十話という長い道のりを、最後まで
一緒にカウンターに座り、彼らを見守ってくださった
読者の皆様に、心からの感謝を捧げます。
もし、あなたが夜の道でふと赤いランプを見かけたら、
思い出してください。そこにはきっと、面倒で、
わがままで、どうしようもなく愛おしい「共犯者たち」が、
今夜もグラスを傾けているはずです。
それでは。またどこかの夜に
別のカウンターでお会いしましょう。
「いらっしゃい、セクシー。 OK、ダンディー。」
二〇二六年 某日 著者 西 崎 小 春




